15:深緑の魔法使い
明け方、ハーレンの屋敷に戻ったとき、セドは起きていた。
「マヤ! どこへ行ったかと思って、心配したんだぞ!」
セドの顔を見ると、あたしは我慢できなかった。
「セド……あたし、帰れない! 帰ることができないんだって!」
「どうした、落ち着けよ」
「ハーレン様に会ったの。でも、彼女から聞いた。あたしはもう、帰れない!」
あたしはセドの胸にすがりついた。まるで八つ当たりをするかのように、あたしは喚き散らした。
「帰りたかった! 元の世界へ。母さんのところへ! それができないんじゃ、あたしは一体何のために旅をしてきたの?」
「マヤ。俺の目を見ろ。確かに希望は失われたかもしれない。けれど、お前はまだ、生きてるんだ。これからも、生きていくんだ」
ハーレンと同じことを、セドは言った。それで余計に、あたしは泣きじゃくってしまった。
「帰して、ねえ、帰してよ! 帰りたいのよ!」
「わかった。いくらでも泣け。俺がついていてやるから」
真っ赤に目を腫らしたあたしは、ナナにハーレンと会ったこと、帰ることができないということを話した。
「そう、残念ね。ハーレン様に会えば、きっと上手くいくと思ったのに」
「これからどうすればいいのか……あたしには、分かりません」
「ゆっくり考えなさい。もう少し、ここに居てもいいから」
あたしはナナに髪を撫でられた。セドにつけてもらった髪飾りが揺れた。
「ハーレン様から、二つ名を頂きました」
「まあ、素晴らしいわ。何という名なの?」
「深緑の魔法使いです」
「素敵ね。その瞳にぴったり」
あたしは驚いて、鏡を見せてもらった。茶色だったはずの瞳の色が、濃い緑に染まっていた。まるで、ヤーデのような。
あたしとセドは、夕日の中、稲穂が揺れる小道を歩いていた。セドに、散歩に誘われたのだ。
「いい響きだな。深緑の魔法使い、か」
「うん。自分でも気に入った」
「その瞳もいいな」
「ありがとう」
あたしはそれ以上、セリフを用意していなかった。それはセドも同様だった。しばらくあたしたちは、無言で歩いていた。
子供たちを呼ぶ母親の声が、あちこちから聞こえてきた。あたしたちの隣を、数人の子供たちが駆けて行った。
村の外れまで来てしまい、あたしはどうするか悩んだが、セドが大きな切り株の上に腰掛けた。あたしはその隣に座った。
「こんなことを言ったら、マヤは怒ると思うけど」
「何?」
「ごめんな。俺、マヤが帰れないって聞いて、嬉しいと思ってしまったんだ」
あたしは怒らなかった。セドの言うことを、正しく理解しようとした。
「俺はずっと、マヤと一緒に居たいんだ。お前のこと、好きなんだ。例え生きる速度が違ったとしても、ずっと寄り添っていたいんだ」
セドはあたしの手を握った。ひどく冷たい手だった。
「あたしだって……あたしだって、セドと一緒に居たい。でも、恐いの。あなたが逝った後、あたしは独りになるのよ?」
「わかってる。だから、すぐに決めてくれとは言わない」
あたしたちは、手を繋いで、ナナの家に戻った。そんなあたしたちを、ナナは暖かく迎えてくれた。
あたしはその夜、ハーレンの屋敷へ向かった。
「ほほう、昨日の今日で、もうやって来るとはな」
ハーレンは苦笑いをした。
「迷いましたから」
「そうかい、まあ座りなされ」
昨夜と同じように、ハーレンは茶を淹れてくれた。あたしは思い切って、セドのことを打ち明けた。
「普通の人間から、慕われたか。それに思い悩む魔法使いは、少なくない」
「あたしはまだ、ナナ様のような決心をつけることができません。魔法使いとして、どう生きていくのかも、決めていないのに」
目標を失ったあたしには、いくら二つ名がついたとて、これから魔法使いとして生きていける自信がなかった。ハーレンは、考え込むような仕草をして、こう言い放った。
「そうじゃのう。しばらく、わしのところで修行でもするか?」
「いいんですか?」
「わしは弟子は取らんが、師の真似事くらいはできるわい。お前さんのような才能ある魔法使いを育ててみたかった。どうじゃ?」
「ぜひ、お願いします!」
そうしてあたしは、ハーレンの元で修行をすることになった。
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