第2話

「10分間、休憩!!」

放課後、校舎裏にあるテニスコートから響く声。

声の主は、真治しんじのクラスの担任である石沼いしぬま智裕ともひろであった。

テニス部の顧問でもある石沼いしぬまの声に部員たちはそれぞれ休憩に入る。

真治しんじもコート脇のフェンスに寄りかかった。

そして、校舎端の教室へと視線を向けた。

視線を向けた先は図書室で、窓側の席にはいつも同じ人が座っている。

「また矢木やぎさん見てるし」

そう言いながらやってきた笙伍しょうごは、真治しんじの隣に立った。

「こんなときじゃないとずっと見てられないからさ」

「変質者みたい」

「うるせぇ」

笙伍しょうごが笑いながら言ってきた言葉に、真治しんじも笑いを含めて言い返す。

奈沙なずなが図書室にいないという日が今までなく、部活しながら彼女を眺めているのが陰ながら真治しんじの楽しみでもあった。

「ねぇ、前から聞きたかったんだけどさ、真治しんじ矢木やぎさんのどこに惹かれたの?」

――奈沙なずなのどこに惹かれたのか。

真治しんじ自身、奈沙なずなとは入学してから1度も話したことがない。

そのため、彼女がどんな人物なのか知らないに等しい。

真治しんじが知っていることと言えば、奈沙なずなは教室ではいつも1人で本を読んでいること。

放課後には図書室の窓側の席に座っていること。

そのぐらいしかない。

それでも、真治しんじは彼女のある表情が忘れることができなかった。

「……横顔、かな」

奈沙なずなが本を読んでいるときに時折見える笑顔、楽しそうに笑うその顔に惹かれていた。

自分にその笑顔を向けてくれたら、どんなに嬉しいだろうか。

彼女の特別に俺がなれたら、なんて思ってしまう。

矢木やぎさん、可愛いもんね。……でも、話しかけずらい雰囲気が出てるんだよね」

それがなければクラスでも打ち解けられるのに、と笙伍しょうごは言う。

確かに、彼女は人を寄せ付けようとしないオーラを放っていた。

そのこともあり、学校では誰かと一緒にいるところを見たことはない。

ただ、それも彼女らしさの1つだと真治しんじは思っていた。

「俺の話ばかり聞くけど、笙伍しょうごこそ誰か気になる人いないのかよ」

入学当時から仲がいいのだが、笙伍しょうごの恋愛については知らなかった。

真治しんじのことは色々と聞いてくるくせに、笙伍しょうご自身の話は一切してこない。

「別に、俺のことはいいでしょ」

そう言うと、笙伍しょうご真治しんじから目を逸らした。

毎回、こういった類の話は避けようとする。

笙伍しょうごにだって、好きな人ぐらい居るだろ?」

「まぁ、そうなんだけど……」

笙伍しょうごは言いにくそうに語尾を濁す。

「うちの学校の子?どんな子だよ」

真治しんじの好奇心は高まる一方だった。

「向こうは俺のこと、友人としか思ってないし」

「そんなの分からないじゃん。お前こそ、告白してみれば?」

「……その人に好きな人いるの知っているから」

だから、話したがらなかったのか。

真治しんじの好奇心は、罪悪感に似た感情へと変化していく。

「まぁ、友人のままが一番いいの分かってるからさ」

真治しんじの感情の変化を悟ったかのように、笙伍しょうごは言ってくる。

「休憩終わり!!練習再開するぞ」

いつの間にか10分経っていたようで、石沼いしぬまの声がテニスコートに響く。

「そんなわけで、お前は頑張れよ」

ぽん、と笙伍しょうごに肩を叩かれる。

そして、先にコートの中へと歩いて行った。

――頑張れと言われてもな。

真治しんじは、図書室にいる奈沙なずなの方へと目線を向ける。

「告白ねぇ」

そう呟いて、真治しんじも部員が集まっているところへ歩いて行った。

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