素直な気持ちを伝えたくて

美咲

第1話

「今日はありがとう」

隣を歩いていた彼女が、照れくさそうにお礼を言った。

「楽しかった?」

聞き返す俺にコクリと彼女は頷き返す。

それを見て、俺は喜びを隠すことができなかった。

今日は彼女との初めてのデート。

彼女とは同じ学校のクラスメイトなのだが、学校では人と話すことが少なく1人で居るような静かな子だ。

俺自身、何処に行けば彼女が喜んでくれるか悩んだが、彼女も喜んでくれたようで良かった。

「……じゃあ、私はこっちだから」

俺の帰る方向とは別の道を彼女は指さす。

「また学校でね」

そう言って、彼女は立ち去ろうとする。

「……待って!!」

帰ろうとする彼女の手を掴み、俺の方へと体を向けさせた。

案の定、彼女は驚いた顔をして俺を見ていた。

「あのさ、き……キス、してもいいかな?」

最初のデートでキスは早いだろう。

だけど、去っていく彼女を見てしたいを思ってしまい行動をとってしまったのだ。

彼女は驚いていた顔を真っ赤にさせた。

それを見た俺自身も急に恥ずかしくなり、掴んでいた彼女の手を離した。

「ごめん!!やっぱり今のは無し……」

そういった時、彼女は俺の服の裾を握ってきた。

そして、何も言わずに瞼を閉じ、こちらに顔を向けてくる。

――これは、キスしていいって解釈していいんだよな?

俺は彼女の肩に手をまわし、ピンク色をした唇に触れようと……。




片岡かたおか、起きろ」

頭に痛みを感じ、片岡かたおか真治しんじは夢から現実へと引き戻された。

顔を上げると、先生が教科書を持って立っていた。

どうやら、その教科書で頭を叩かれたようだ。

「お前が授業中、寝ないで真面目に受けてる姿なんて見たことないわ」

ため息交じりに言った言葉と重なって、授業終了のチャイムが教室に鳴り響いた。

先生は「ノートはちゃんと書いとけよ」とだけ言い残し、教室から出て行く。

時計に目を向けると6時限目が終わったとことだった。

「また先生に怒られてやんの」

そう言って、笑いながら真治しんじの隣に来たのは友人である鈴木すずき笙伍しょうごであった。

「授業なんて5分で眠くなる」

欠伸交じりに言いながら、笙伍しょうごから差し出されたノートを受け取った。

真面目に授業を受けていたのなんて、入学したばかりの時だけだろうか。

その為、高校3年になった今では赤点の常習犯となり先生からは問題児扱いとなっている。

――まぁ、よくこんなんで留年とかにならなかったものだ。

それに比べ、笙伍しょうごは入学当時からムードメーカー的な存在だが、根は真面目で成績優秀、クラスの学級委員長をも務める奴だ。

「スッキリした顔してるけど、いい夢でも見れた?」

「別にそんなんじゃ……っ!!」

笙伍しょうごに顔を覗き込まれて顔を逸らすが、その視線の先に先程の夢にでき来た彼女――矢木やぎ奈沙なずなと目が合い、慌てて下を向く。

「へぇ、矢木やぎさんの夢か……」

分かりやすいと言わんばかりに、笙伍しょうごはニヤニヤと見てくる。

「そんなに好きなら告白してみればいいのに」

「簡単に告白できたら苦労しねぇよ」

教室の戸が開かれ、担任――石沼いしぬま智裕ともひろが入ってくる。

どうやら、帰りのHRホームルームの時間になったようだ。

「相変わらず、消極的なんだから」

それだけ言い残し、笙伍しょうごは自分の席に戻っていった。

(消極的、か……。)

告白なんてしようと思ったことがなかった。

先程の夢の記憶が脳裏によぎる。

告白したところで断られる、見ているだけで満足なのだ、とそう自分に言い聞かせていた。

もし、仮に付き合えたとしたらどんなに楽しい学校生活が送れるのだろうか。

夢の中のようにデートもできるし、キスだって……。

真治しんじは、奈沙なずなの方へ視線を向ける。

――あの唇、柔らかいんだろうな。

触れてみたいな。

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