2 社畜たちのよもやま話
「えー、改めましてこんばんは。僕は詠唱師のルスラン」
テーブルにつきながらルスランが言うと、リユラはぎょっとしたように目を見開いた。
「えええ、あなたが! うわ、恥ずかし……!」
リユラにしてみたら、プロの歌手の前で素人が歌を披露したような感覚である。ルスランは笑顔で片手を軽く上げた。
「いやいや、綺麗な詠唱だったよ! リユラだよね、来てくれてありがとう。一度話をしてみたかったんだ」
リユラも胸に手を当てて自分を落ち着かせるような仕草をしながら答えた。
「私もです。私の呪文譜を詠唱して下さった人と話すの、初めて」
「君の
たちまち打ち解けるルスランとリユラを見ながら、ザナトはジョッキを手に、ナジュアに話しかけた。
「ナジュアがリユラと仲がいいとか、意外だ。全然タイプ違うだろ」
「そう? 同じ編成師って職業を選んでる時点で、共通点があるってことじゃない。面白そうな子だなって思って、こっちから話しかけたんだけど、いい友達になれてると思うわ」
サバサバとしたしゃべり方の編成師ナジュアは微笑む。
リユラと話してみたいというルスランの要望で、飲み会をセッティングすることになったザナトだったが、ぽやぽやしていてもリユラは年頃の女性だ。女性一人では心細かろうと、リユラを誘う時に
「誰か友達でも連れて来いよ」
と言ってみると、彼女が名前を挙げたのがナジュアだった。中堅どころの編成師で、ザナトも何度か組んだことがある。
「ほらリユラ、これ食べなー」
面倒見のいいナジュアは、リユラの皿に料理を取り分けたり追加の注文をしたりと世話をやきながら、横目でザナトを見た。
「ザナトとルスランが仲いい方が意外よ。構築師と詠唱師、契約職員と正職員、不良と王子様」
ザナトも横目でナジュアを睨む。
その横で、ルスランがリユラに言った。
「君、詠唱師も向いてると思うなぁ」
「俺もそう思う」
横からザナトも加わる。
「あんた、編成にこだわりすぎて時間がかかるし。詠唱師の方が向いてるんじゃね?」
「どうかしら。詠唱についてもこだわっちゃいそうだけどね」
ナジュアが笑う。
「とにかく、この子ってこだわりが極限に達すると寝食忘れるから怖いわ。死んでないか、たまに作業小屋まで様子見に行っちゃう。詠唱師になったらアパートの方をのぞきに行かなくちゃ」
リユラはあわてたように両手を振る。
「ならない、ならないよ! 私の詠唱なんて、通じないから!」
「大丈夫だよ、光の精霊があんなにノッてくれたじゃないか」
ルスランは言ったが、ザナトは口をつぐんだ。
リユラは口元は笑っているものの、目は見開かれたまま笑っていない。いつもにこやかなのに珍しい反応だ。
ザナトは話を逸らした。
「でも、ルスランはあんたの編成した呪文譜をめっちゃ気に入ってたな」
ナジュアがナッツを摘みながら言う。
「ルスランがリユラの呪文譜を気に入るのはすごくわかるけど、リユラって構築師に恵まれないわよね」
「そりゃ悪かったな」
「ザナトのことじゃないわよ。部長。何でエルドス部長なんかがリユラを専属に。あの人の構築する主呪文、押しつけがましくて嫌い」
憤慨した様子のナジュアに、「同感」と相づちをうつザナト。
しかし、エルドスがリユラを専属にしている理由については黙っていた。あまり愛人のことを言いふらすと、情報の価値が下がる。
その代わりにこう言った。
「つーか、リユラに合う構築師ってどんな奴だよ。相当なマイペースじゃないか」
「僕は、ザナトは合うと思うけどね。表裏ない感じの主呪文だから、リユラの素直な編成がハマるよ。でも正職員じゃないからなぁ」
ルスランが言い、伺うように続ける。
「お前、やっぱり正職員にはならないの? 専属の編成師がつくのもそうだけど、任される仕事も変わってくるぞ」
「うーん」
そこは、ザナトの悩み所ではあった。始祖語研究の時間を確保するために、契約職員でいたい。しかし、正職員の方が重要な案件に触れられる可能性はある。
「まあ……今よりずっと、正職員の方がメリットがあると思ったら、試験を受けるかもな」
そう言った彼は、無意識に視線をリユラに投げた。
彼女は「ん?」と尋ねるように目を軽く開く。
その時、ルスランが言った。
「重要っていえば、今年はルクル案件の更新年だよね。誰が担当するのかな」
あちこちに水が湧き出る国イルダリアだが、どういうわけかアーナシナ近くのルクルという町だけは、夏のある時期に一度水が干上がってしまう。そこで毎年、その時期のルクルに水の精霊を呼ぶために、《ザ・ワンド》から呪文譜を携えた詠唱師が派遣されることになっていた。
「えっと」
リユラが右手をひらりと上げた。
「編成は、私」
ナジュアが彼女に目を向ける。
「今年、リユラが担当? 私もやったことあるんだ」
「わ、そうなんだ? 時間をかけて取り組めるから、とろい私に向いてるって、部長が」
「じゃあ、構築担当はエルドス部長か」
何となく面白くないザナトが言うと、リユラは首を横に振る。
「ううん。あの、毎年のことだから」
「そう。
ナジュアがうなずく。
毎年同じようにルクルに水を呼ぶので、主呪文は以前、国立魔法センターの先代センター長が構築したものを基本的に使い回しにしている。
ただし、呪文譜自体は数年おきに新しく編成していた。土地は時とともに変化するため、それに合わせた呪文譜が必要だからだ。今年がその、新しく編成する年にあたり、リユラが担当することになったらしい。
「リユラが編成するなら、僕が詠唱に立候補しようかな」
ルスランが言うので、リユラは嬉しそうににこにこと笑った。
「じゃあ、張り切って編成しますね!」
「しかし、どうしてルクルだけ水が干上がるのか、全然わからないのか? 今までずっと?」
ザナトは不思議に思う。
水が湧く土地には、何かしら水の精霊の好む要素がある。夏に水が干上がるのはともかくとして、春や秋冬に水が湧くなら、そこにはやはり水の精霊の好む何かがあるのだ。
「鉄が採れる土地だよね、あそこは。水の精霊は好むはずなのに、他と違ってあそこだけ、夏の一時期、水が枯れる……」
ルスランが顎を触りながら考え込む。
ナジュアがクスッと笑う。
「何だか、ついつい仕事の話になっちゃうね」
「社畜だ……」
全員が自虐の笑みになり、「飲むか」と仕切り直しになった。
「あ、そうだ、ルクルといえば」
飲んだり食べたりが一段落したとき、ルスランがふと言った。ナジュアが突っ込む。
「何、また仕事の話?」
「違う違う、プライベートの話。僕、夏のルクルに観光に行ったことがあるんだよね」
ルスランは笑う。
「あそこ、町のすぐ外に遺跡があって、観光の目玉になってるんだ。普段は立ち入り禁止の建物も、夏の一時期の夜だけ開放するんだよ」
リユラが尋ねる。
「夜に遺跡に入るんですか? あ、肝試し的な何か?」
「そうそう。結構本格的らしいよ」
うなずくルスランに、ザナトが突っ込む。
「らしいよって、せっかくその時期に行ったんだろ? お前はどうしたんだよ」
「繊細な僕がそういうのに参加するわけないじゃないか!」
真顔で主張するルスランに、他の三人が笑う。
「皆は、今年の夏の休暇はどうするの? 私は実家だけど」
ナジュアが聞くと、ルスランが「僕も」と答える。
そこへ、リユラがふと言った。
「私、メダラ山に行って水の精霊と会ってこようかな」
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