第29話 手詰まりと打開策
萌美さんが得意げな顔をし、しずくさんの首元に巻いていたストールをスルッとほどいた。
「じゃじゃーん、これだよ〜!」
ストールを右手で持ち上げて、旗のようにハラハラとふっている。
僕たち鉛筆会議メンバーたちは目が点になった。
「なんなの、それ?」
「これはね、電磁波シールドストール。仮面と同じ原理よ。電磁波をカットすることで、生体反応検査をされないようにするの。今日みたいに万が一仮面が取れちゃった場合でもストールがあれば、大丈夫なのよ」
――なるほど、萌美さんは万が一を考えて保険をかけてくれていたんだ…。チャラチャラしているように見えるけど、腐っても、国防省職員だもんな。
パチパチパチパチ。みんな拍手をした。萌美さんはおどけて、ヤーヤーヤーと右手のこぶしをあげて満面の笑みを浮かべている。
「さあ、鉛筆会議、今日も始めましょう!」しずくさんが、パンパンと手をたたいた。二人の女性たちに圧倒されながらも、僕たちメンバーのテンションは目に見えてあがっている。
それから1年の月日が経った。カフェライブは月1回開催し続けている。会議では相変わらず、政府の不正が山ほど報告されていた。多くが収賄スキャンダルと暗殺だ。
暗殺はジャーナリスト、メディアの人間だけではなく、ブロガーやインスタグラマーまで波及していた。
皮肉にもハッキングニュースが原因だった。ハッキングニュースをもとに取材をしたり、調べたりをする人たちが大量に現れたことで、政府による暗殺の対象が広がってしまったのだ。
今まで他人事だった「暗殺」が一般人にまで及んでいる。国民にとって暗殺は身近なものになってしまった。これはもはや、テロリストの仕業ではない。政府が都合の悪い人間を殺しているのだと、さすがに国民も気づき始めていた。
「皮肉なものだな。テロリストをやっつけるために、我々は監視カメラがつけられることも、コンピュータや監視ペンで政府に傍受されることも許してきた。全ては憎いテロリストに報復するためだったんだ。なのに、自分たちががんじがらめになってしまうなんて」
そんな話をしながら、メンバーたちはため息をついた。
いつも元気な萌美さんも今日は浮かない顔をしていた。この1年でハッキングがだんだん難しくなってきているのだ。先月は全てのメディアで失敗をしてしまった。犯人がわかるようなヘマはやっていないが、それも時間の問題であるかのように思われる。
「ハッキングじゃない方法をそろそろ考えなければいけないわね」
「一番理想的なのは我々がニュースメディアを持つことなんだけれどなぁ」
「バカ、そんなことをしたら、全員コロッと暗殺されてしまうぞ」
僕はボーッと鉛筆を見つめていた。
――もっと役に立つと思ったんだけどな。そんなことを考えながら、ノートに落書きをしていた。汚職をしている政治家の似顔絵や、カフェライブの様子を描いていた。
それを、となりにいたしずくさんがのぞきこんだ。
「ちょっと、真剣に考えてよ」
「ごめんごめん、つい落書きしてしまって」
「なんで落書きなんてするの?」
「いや……なんか描きたくなっちゃって」
「描きたく…?」
しずくさんの目がグッと大きく開いた。
「ちょっと、それよ!」
「えっ」
しずくさんは、急に立ち上がった。
「ねえ、みんな。原点に戻りましょうよ」
「原点って?」
「これよ、鉛筆よ!」
右手に持っていた鉛筆を持ち上げた。
「鉛筆を大量に作るの。そしてそれをね、大量に配るの」
「えっ? そんなことしたら政府にバレてしまうじゃん」
「よく考えたらさ、これバレていいのよ。だって鉛筆で何かを書くのってさ、法律違反じゃないのよ。そもそもみんな鉛筆の存在を知らないわけだし。知らないものを処罰できないしね」
「言われてみればそうだな」
みんな、ふむふむと聞いている。しかし少し首をかしげるところもある。鉛筆を大量に配ることがなぜハッキングニュースの代わりになるのかということだ。
「鉛筆を手にしたら、みんなどうなると思う?」
「あ!」
「そう、書きたくなるわよね。今の大五郎さんのように」
「なるほど!」
そうだ、鉛筆は監視機能がついていない。手にすれば書きたくなるに違いない。
「まずは、マスコミ、ジャーナリストに大量に無償で配りましょう。紙鉛筆の作り方も同封して。それで、様子を見てみましょう。彼等は鉛筆に監視機能がないと知れば、黙っていられないはず」
「つまりは、ジャーナリストの本能を信じる、ということか」
「まさに、そうね」
しかし、問題はどうやって、鉛筆を配るのか。僕たちは頭を悩ませた。
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