第28話 ポロリ、いかに…

 ジャーンとかっこ良くしずくさんがピアノの鍵盤を叩いた瞬間、吹っ飛んでしまった仮面。カウンターにいる僕は、何もできない。


 客席から監視機能つきのオペラグラスでのぞく中田さんは、すかさず、しずくさんの方を見た。カウンターにもたれかかる彼の体は確実にピクリと動いた。

――もう、終わりだ。あのオペラグラスには生体反応があるんだから。


 中田さんが唇を開く。しかし、それはとても意外なものだった。

「めっちゃ可愛いじゃん」ボソッと言った。

――え? 可愛いの前に何か言うことあるんじゃないのか。


 彼の隣にいる萌美さんは、「でしょ!」と満面の笑みを浮かべた。

――おいおい、これは一体どういうことなんだよ。


「なんで仮面する必要があるんだよ」

「可愛いからよ。ストーカー防止!」

 雑に萌美さんが中田さんに説明をしている。


 萌美さんは、その後、くるっと後ろの僕に向かってウィンクをした。

 そして口をパクパクとさせた。

「ま・あ・み・て・て」

 僕にはそう聞こえた。


 カフェ55のメンバーたちは、しずくさんの仮面が落ちたことにも気づかず必死で歌い、踊り続けている。

 「うーさーぎーおーいしっ、かーごーやーまー」

 ふるさとの曲を、ピアノオンリーでこんなに踊るアイドルは世界初だろう。




 ライブは大盛況で終わった。

 鉛筆会議メンバーたちは、音響機材やパソコンなどをパタパタと片付け始めた。


 僕は、いつもは会議が行われている地下の楽屋に向かった。メンバーたちがハイタッチをして、さっそくプシューッとビールで乾杯をしていた。ちなみに22世紀は18歳からお酒を飲んでいいのだという。


「本当に素晴らしいライブでしたね」中田さんは、満面の笑みだ。

「まあ、1年間必死で準備をしてきたので。これからまたメンバーにニュース配信をしてもらうので、さらに人気が出ると思います」

――本当は、目立ちたくないんだけどね。あんたのせいでこなったんだよ!



「あの、厚かましいお願いかもしれないですが、ピアニストを呼んでいただけますか?」

「え」

――おい、これめっちゃヤバいやつじゃないか。


僕のかわりに萌美がさっさと答えた。

「中田さん、わかったわ。呼んでくる」


 も、もしかして萌美は裏切り者なのか? しずくさんを捕まえる気なのか?

 萌美さんは、すぐにビールをみんなと飲んでいたしずくさんに声をかけている。


 しずくさんがやってきた。

――ああ、これまでか。


 しかし、その後の中田さんとしずくさんの会話は意外なものだった。

「いやぁ、本当に素敵なピアノ演奏でした」

「いえいえ、とんでもない」

「もしよかったら、連絡先を交換してもらえたら…その…可愛いなと思って」

「あ、ぜひ。よろしくお願いいたします」


 しずくさんはサクサクと連絡先を交換した。

――おい! 一体どういうことなんだ! 仮面がとれて、監視機能付きのオペラグラスのせいで、生体反応出たんじゃないのか。もうしずくさんは捕まるんじゃないのか。


「それじゃ、僕はそろそろ帰ります。また連絡します」

そう言って、中田さんは、地下の部屋から去っていった。


「店長もぼーっとしてないで、一緒にビール飲みましょうよぉ」

リーダーで32歳、5児の母のあかりさんはもう出来上がっていた。

「わかったわかった、今行くよ」


 僕は、深刻な事態を全く何も知らないカフェ55のメンバーたちの宴会に加わった。一体どうして、中田さんにしずくさんの正体がバレずに済んだのかが気になりすぎて酔うことは全くできない。



「お疲れ様でーす」

 宴会も終わり、カフェ55のメンバーが変える頃には、午後10時を過ぎていた。


 カフェには鉛筆会議メンバー10名のみが残った。

「もう、死ぬかと思ったぜ―!」

「今回思ったけど、やっぱり全員集合は危険だな。バレた瞬間、全員逮捕されるから、やはりリスク分散しておかないとな」

 僕だけじゃない。みんな神経が張り詰めていたようだ。これからまたおのおのメディアでカフェ55のコンテンツを書かなければいけない。ひっそりとしたいのに、目立つ活動をしなければならない。活動を支えるためにジャーナリストたちが準備をしてきたという体裁をとってしまったから。なんと悲劇なことだろう。


そのとき、メンバーの一人がぼやいた。

「ああ、しずくさんの仮面がとれたとき、一巻の終わりだと思ったぜ」


――そうだ! なんでだったんだ?


「萌美さん、仮面がとれたのにどうやら中田さんはしずくさんの正体に気づいていないよね。これ一体どういうことなの?」


 萌美さんとしずくさんは隣に座りながら、目を合わせてニヤッと笑った。

「ああ、それね。カラクリを教えてあげる」


 そのカラクリとは、とても意外なものだった。








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