第22話 ここに置いてください

その女の子は、ロングヘアーで高めのツインテールに、ギターをリュックのように背負い、短い丈のグリーンのワンピースを着て、僕の目の前に立っていた。


「え、いま求人なんて出していないけど…」

「ここ儲かってるんでしょう? 一人ぐらいどうにかなりませんか」

「い、いきなり何言ってるんだよっ」

僕があたふたとしていると、しずくさんが2階から降りてきた。


「おはよー。えっ何?」しずくさんが眉間にしわをよせた。

ーもしかしたら、変な誤解をされているかもしれない、これは…。


「ああ、僕も何がなんだか。突然この子、雇って欲しいってやってきたんだよ」

「へぇ」と言いながら、しずくさんが、ジッと彼女を全身なめまわすように見つめた。


「かわいいわね。アイドルみたい」

「でしょう。私、こう見えてアイドル志望なんで」とポーズをする。

「…」

僕は、完全にあっけにとられていた。


「ねぇ、これだけ可愛かったらカフェの集客になるわよ。雇ってあげましょうよ」

「やったー!」女の子がジャンプをした。

「あなた、名前はなんていうの?」

「水野萌美、19歳です」と、手でハートのカタチをつくってまたポーズをしている。

ーう、なんじゃこりゃあ…。


「じゃあ、アルバイト契約書に必要事項を記入してね」

しずくさんが、サッと契約書とペンを持ってきた。


「ふぅん、契約書はペンで書くのね」

そう言って、彼女はサラサラと必要事項を記入した。ある一点を除いて。


「ねぇ、住所も書くのよ」

「えっと…ここの住所教えてよ」

「は?」

「萌美は、住み込みを希望しまーすっ」と突然手をあげた。


「おい、何言ってるんだ。ダメに決まってるだろ。しずくさん、この子なんかやばいよ」

「ねえ、ちゃんと住所書いて」

「嫌だ」何度か、押し問答がずっと続いた。


突然、萌美は、低い声で言った。

「こっちが下手に出てりゃ、調子に乗りやがって」

ーえ、何なに?


また、彼女が低い声で言った。

「鉛筆」

「な、なんでそれを!」

僕は思わず叫んでしまった。なんでこいつが鉛筆のことを知っているんだ?


萌美は、さらに衝撃的なことを話し始めた。

「盗聴器を仕掛けたのは私よ。ハッキングしてニュースに流したのも私よ」

「なにー!」

僕としずくさんは思わずズザザザザと後ずさりをした。


「ねえ、バラされたくなければ、住み込みで働かせてよ」

「おい、脅しの対価が住み込みってマジかよ」

「本気よ。私も私で、やりたいことがあるの。話を聞いてくれる?」

萌美は、「お願い」と、上目遣いでぶりっ子ボーズをした。


―ああ、僕たちの命はいま彼女の行動にかかっている。

もう、言うことを聞くしかない。


「あなたたち、だいたいワキが甘いのよ。一般の客がいるのに、地下にカレーライスを毎月毎月運んでいたでしょう。あれ、お客の間で噂になってたのよ。『地下に一体何があるんだろう。僕たちは入ることができないのに』って。

 エプロンに盗聴器を入れても気がつかないのもマズイわ。あなたたちがマヌケなおかげで、私はたんまり情報収集できたってわけよ。オーッホッホッホ」


ーく、くやしい。何も言えねぇ…。クッ。


「ねえ、地下に住まわせて」

「地下!」

「貸してくれないなら、全部政府にバラすわよ」

「わかった」


仕方がない。僕たちは地下を萌美に貸すことになった。

「わーい、ありがとう」そう言って、萌美は僕の頬にチュッとキスをした。

「おい、何するんだっ」

「えへへ〜。実は、あなたみたいな人、私タイプなの、よろしくね」

そう言ってほっぺをつんと軽くつついてきた。


「大人をからかうな」

「えへへ〜」

ーもう、一体なんなんだっ。


「じゃあ、布団とか用意しないとね」

しずくさんは、さっさとスマホで注文を済ませていた。なんとなく、ムスッとしているようにも見えた。



それから1ヶ月。意外にも彼女は真面目に働いていた。人懐っこい性格で、他のスタッフからも愛され、テキパキと仕事をこなしていた。

男性を中心としたファンも増えて、売上増にもつながっている。


あれ以来、全く僕たちを脅すこともない。ハッキングすることもない。ただ一つ困ったことがあった。それは、彼女のギターがド下手で、さらに音痴なことだ。

地下は防音がきいているので、地下で演奏をしてくれれば問題はない。しかし萌美は僕たちに披露をしたがった。


「ぎゃー」しずくさんと僕は耳をふさぎながら、ライブが終わるまでの時間をなんとか過ごした。


そしてついに来るべき日が来た。

「ああ、ついにこの日が来てしまったね」

「そうね…」

そう、鉛筆会議の日である。


僕たちは、萌美のことをなんとなく、メンバーたちに伝えそびれていた。

とにかく1ヶ月彼女の様子を見て、それで紹介できるかどうかを判断しようということになったからだ。というよりも、嫌なことを先送りにしたと言っても否定出来ない。


「まずは、萌美にカレーライスを配らせよう」

「そうね…」


ということで、夜7時が圧倒言う間にやってきた。

「萌美、カレーを運んで」

「はい!」


萌美を同伴して歩く、下りの階段が果てしなく重たい。


「こんにちは! 萌美といいます。しずくさんの代わりにカレーを持ってきました」

と元気よく、彼女が挨拶をした。


その時、メンバーたちの顔色が急に変わった。

「ああ! こいつ! 大五郎さん、めっちゃヤバイやつだ!」

「ホントだ、危険だ! おまえ、何しに来たんだ」


みんな立ち上がってわーわーと騒ぎ始めた。

ーな、なんなんだ!?















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