第21話 ハッキングニュース
スマホの光が地下室の奥まで蛍光灯のように明るく光った。さすが、22世紀のスマホだ。
と、その瞬間、
「タア!」という甲高い声が聞こえた。同時に僕はミゾウチに鈍い圧力を強く感じ、立ってられない状態になった。
「ふぎゃっ!」思わず変な声を出してしまった。誰かが踏んづけて通り過ぎていったのだ。顔はわからない。
1階から「キャー」という女性の悲鳴が聞こえた。すぐにガシャーンという音がなりった。ガラスが割れた音だ。
しずくさんが、駆け下りてきた。
「大五郎さん、大丈夫?」
「あ、ああ。お腹を殴られたけど、もう大丈夫。それより、しずくさんのほうこそ大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫」
心配そうな表情をしたしずくさんを見た。どこも怪我はなさそうだ。
「犯人、捕まえられなかったね」
「ああ! 何か盗られていないか確認しないと」
僕たちは当たりを見渡した。
ー鉛筆がない!
「ヤバイ、鉛筆が誰かに盗まれている」
「ええ、どうしよう」
「これは、早くみんなに知らせないといけない」
「わかった」
しずくさんは、30人のメンバーにメッセージを送る。
『明日は美味しいカレーがあります。なるべく早くお待ちしております』
ーこれは、緊急招集の合言葉だ。
用事をそのままメッセージに書けば、国に傍受されてしまう。だからといって鉛筆で手紙を書いていては、緊急時に間に合わない。そこで緊急招集の合言葉を予め作っておいたのである。
「盗まれたのは、鉛筆だけか。議事録ノートは無事そうだな」
ーしかし、犯人はなぜノートを盗まなかったんだ? 鉛筆なんて彼らにしたら全く意味のわからないものだろう。普通、ノートの情報が欲しいんじゃないのか。
あんまりいうと、しずくさんが不安がる。この疑問は自分の胸にしまっておこう。
「とにかく、犯人ももう逃げてしまったし、どうしようもない。明日に備えて寝よう」
「そうね。そうするしかないわね」
僕は、扉をカフェから外に出た。今の僕の部屋は書庫だ。リニューアルして書斎とベッドを置いている。彼女とは恋人関係でもない。一つ屋根の下にいるのははばかられる。お互いに信頼して暮らしていくには、適度な距離を保つこともまた大事なことなのだ。
「ブーン」「ブーン」「ブーン」
朝起きると、ケータイ電話がずっと鳴り続けていた。誰かから電話がかかってきたのではない。複数の緊急ニュースアプリがずっと鳴り続けているのだ。
「なんだなんだ」僕は寝ぼけまなこで、スマホの画面を見た。
「うわあー!!!!!」
今まで出したことのないような大声が、部屋に鳴り響いた。
パジャマのまま、カフェに向かって走った。
なんとしずくさんも書庫に向かって走ってきていた。
「大五郎さん、どうしよう!」
「とりあえず、美味しい珈琲でも淹れよう。落ち着こう」
ー本当は落ち着いてられるような状況ではない。もう心臓が飛び出そうとはまさにこのことだ。
「田中光生経済産業大臣 小学校建設で口利き、10億円の不正献金か」
「山谷定行参議院議員 キャバクラで美女を日替わりお持ち帰り」
「鈴木明宏横浜県議会議員 談合指示で200億円以上着服」
僕たちが調べてきた情報が、いきなり大手メディアから配信されているのだ。
「ねえ、会議でこんな話になっていなかったよね?」
「もちろんだよ。危険過ぎるよ。こんなことしたら。それにちょっとおかしい」
「おかしいって、もう全部おかしいけど」
「そうじゃなくて。検閲が入っているはずだからこんなニュースもみ消されるだろう」
「あ、本当だわ」
ー一体どういうことなんだ。
彼女はその時、おもむろにエプロンに手を入れた。
「あれ? なんか入ってる」
サッと取り出したもの。それはUSBメモリのようなカタチをしていた。
「ねえ、しずくさん、これ何だかわかる?」
「え、わからないわ」
「USBメモリって知ってる?」
「ううん、そんなの聞いたこともない」
ーということは、これは…。僕は中身を開いた。
「これ、盗聴器だよ。ほら、ここにマイクがついている」
「えっ」
僕は、すぐに踏みつぶした。
「ねえ、このエプロンってずっと地下に置いていたよね」
「え、ええ…」
「まずい、誰かに全部会話を聞かれている!」
「わー! どうしよう!」僕たちの珈琲を持つ手はガタガタと震えた。
彼女は珈琲をそうっとテーブルに置いた。左手を胸にあてて深呼吸をした。
「このニュースは、その犯人がやったってことよね。しかも昨日地下にいた人よね…」
「まだ確証はない。でも、こんなにすぐに事件が起こるということは同一人物の可能性がかなり高いと思う」
その日は、カフェを臨時休業にした。30人が集まりくまなく他に盗聴器が仕掛けられていないかを探した。他には見つからなかった。
その後の会議は、紛糾した。これまでにないほどだ。
「エプロンには昨日の会議までは何も入っていなかったんだね」
「ええ、何も入れていなかったわ」
「ということは、昨日の会話だけ聞かれていたのか」
「そうだよな。だって、昨日話しをした情報しかニュース速報で流れていなかったし」
「それにしても、この中に犯人はいないだろうな」
「まさか!いたとしたら、なんでわざわざしずくさんのエプロンに盗聴器を淹れるんだよ。自分で持っていたほうが安全じゃないか」
「それもそうだな」
幸いなことに、ニュース速報はハッキングによって行われていた。つまり、メンバーたちが疑われるような事態にはならずに済んだ。政府は国防軍と警察を動かして、犯人を絶対に突き止めると宣言した。
もちろん、メディアのニュースは全てガセネタだと主張している。
「さすがに、全部ガセだと国が言い切るのは信ぴょう性がないよな」
「ネット民たちも不満に思っているみたいだ。真偽を明らかにしない国に対して批判を始めている」
そう言ってメンバーの一人がインターネットの掲示板2ちゃんねるを開いた。
ーこの掲示板、100年経っても生きていたのか…。
『もしかして、ハッカー乙?』
『ガセネタなら、ガセって証拠出せよね』
『それは無理じゃね? 言いがかりを証明するのは難しいだろう』
『たかがハッカーに警察だけじゃなくて国防軍が動くってマジやばくね?』
『なんか知られたくないことがあるから、大掛かりな捜査になってそう』
明らかに、ネット民たちは疑惑の目を国に向け始めている。
そう考えると、このハッカーはあながち自分たちの敵ではないようにも見える。
「しかし、情報がこちらでコントロール出来ないのはかなり危険だ。しばらくは鉛筆会議を一旦休みにして、それぞれの場所で情報を集めよう」
こうして、1年続いた鉛筆会議が休止状態に追い込まれてしまった。
あれから1ヶ月。僕たちは普通の日常を取り戻しつつあった。ハッカーはあれ以来ニュース速報を流すことはなかった。というか、国のセキュリティが強化されてハッキングできなくなったといったほうが正しいだろう。
僕は、いつものように珈琲を焙煎し、しずくさんが開店準備をしていたときのことだ。
ガチャッ。突然女の子が勢い良くドドドっとお店に入ってきた。
まだ女子高生ぐらいなのか。初音ミクというか月野うさぎというか、腰ぐらいまであるロングヘアを高めのツインテールにして、ギターを背負い、グリーンのワンピースを着ている。
「お客さん。開店は朝8時からなんで。あと30分待っていただけますか?」
「お願いです、ここで雇ってください」
この彼女との出会いが、とんでもない事態になることにこの時まだ僕は気がついていなかった。
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