第20話 鉛筆の限界

「はい、毎度毎度のカレーライスでーす」

「わー、いつもありがとね」「もう、お腹ペコペコ」

10人の男性たちが、大きなお盆で運ばれたカレーライスをバケツリレーのように配っていく。


しずくさんは、エプロンを脱いで。部屋のかたすみにたたんで置いた。

これが、後でとんでもないことになるなんてまだこの時は誰も知るよしもなかった。


20時になった。毎月恒例の鉛筆会議が始まった。

しずくさんがうちにやってきた2117年2月から始めたのでもう13回めとなる。


それぞれが、スクープ記事を書いたプリントを配る。全て鉛筆で書かれている。江戸時代の写本のように、鉛筆で同じものを30枚書かなければいけない。意外と骨の折れる作業だ。それをみんな力を合わせてやっている。


「うわ、なんだこれ」「ひどいな」毎度のことだが、騒然となる。

賄賂に、あっせんに、談合に、愛人騒動に、そして殺人のもみ消しまで多岐にわたる国の情報が書かれているからだ。


殺人のもみ消しの大部分は、ジャーナリスト、マスコミの人間の暗殺だ。政府に対して批判的な記事を書いた人たちは行方不明になったり、殺されたりする。1年前よりもさらに政府のメディアに対する監視の目が厳しくなっていることを誰もが感じていた。


「国民が知ったら、こんな政府、一瞬でひっくり返るのに」

「本当に…ニュースに掲載したくても、検閲されてしまうか、操作されてもみ消されてしまうからなぁ」

「ダメだ。こんな記事一度でも掲載したら、殺されてしまう。全員殺されてしまったらそれこそもう国は独裁体制に入ってしまう」


僕たちは、カレーライスを食べながらため息をつくしかない。

せっかく鉛筆を手に入れているが、この1年情報を集めるだけで、外に何も発信することができていない。


「そろそろ、僕たちも情報を集めるだけではなくて、発信していきたいなぁ」

「それも何度も話し合ったじゃないか。コピーも印刷もできない。鉛筆で写し書きをしていくだけでは、情報を広げていくことは難しいし」

「それに、鉛筆の存在を知られたら、国は黙っていないはずだ。鉛筆禁止法案を通すだろうしな」


はぁ。またみんなため息をついた。せっかく真実を取材しているのに、それを報道できないなんて。国を良くするために、情報を発信できないことにみんな歯がゆさと苛立ちを感じていた。


「とりあえず、情報をこれまでどおり、集めるだけ集めよう。それでは、一人ずつ、記事の詳細を説明していこう」

僕は、その場をリーダーとして仕切った。書いてあるものを読むだけでは、その情報を理解したことにはならない。やはり書いた本人が自分の言葉で説明をする。その補完が正確な認識を促してくれる。


今はまだ情報を自由に発信できないにしても、いつチャンスが訪れるかはわからない。だから、僕たちは愚直に情報を正確に理解し、共有しなければならないのだ。


「来月から、有名ブロガーにもICチップが埋め込められるらしい。『日本に影響力を与える人100人』という名誉ある選出の名のもとにね」

「なるほど…『VIPだから国が保護しなければいけないんだよ』というお墨付きのつもりか。国もよく考えたものだ」


ー国民全員にICチップが埋め込められる日も近いかもしれない。自分の居場所が24時間国家に監視される。これまで以上に恐ろしい時代に…。


会議が終えると、議事録を作る。みんなで一人3通ずつ写し書きをする。こうして会議に参加できなかったメンバーにドローン配送をするとためだ。

ついでに、1ヶ月分の紙鉛筆も同封する。鉛筆の在庫をそれぞれが切らさないようにするためだ。これも鉛筆会議のメンバーの大事な役目なのだ。


「本当に、ここまで誰も裏切り者が出ていないことが奇跡だよ」

「友情に拍手!」

こうして、今日の鉛筆会議を終えた。いつものことだが、すでに夜10時を回っていた。


「ありがとうございました」5人ほどの店員たちがメンバーたちを見送った。僕たちは、地元の人たちを積極的に正社員として雇用をしている。この町は過疎化が進んでいるため、働き口を見つけるのも大変だ。

 駐車場工事で温泉が出てきた時に、二人の手に負えないことが分かった。その時点でしっかりとお金を出して雇用をすることを決めた。


人件費はアルバイトに比べて3倍ほど膨れ上がる。しかし店員たちのプロ意識はとても高い。秘密を守るため、そして地元の人達に愛されて集客につなげるためには致し方なかった。おかげで、地下には絶対に足を踏み入れてはいけないこともしっかりと守ってくれている。


「みんなももう帰っていいわよ」

「あ、でもカレーのお皿が」

「大丈夫、大五郎さんと二人でするから」

「ありがとうございます。それでは、お疲れ様です」

こうして全員が帰宅していった。


しずくさんが再びエプロンを着た。僕もお揃いのエプロンを着た。

二人きりの静かな夜が遅ればせながらやってきた。

しずくさんが洗い、僕がゆすぐ。


「今日も何も進まなかったわね」

「そんなことないよ。情報はさらに集まっているんだから」

「情報だけ集まっても…」

ーああ、なんと色気のない話をしているのか。カレー皿ではなくてその手に触れたい。


「発信する手段がないのが本当に厳しいね」

「これが、鉛筆の限界、か」


ーガサガサッ。ドサッ。

「え、何?」しずくさんが、後ろを振り向いた。


ーガサガサッ。また音がした。

「…地下から音がする」

しずくさんが濡れた手で僕の袖をギュッとつかんだ。


「地下はマズイ!」

僕も怖い。でも…。

「しずくさん、下を見てくる」

洗ったばかりのお盆と、引き出しをガラッとあけてこん棒を取り出した。

そーっと音を立てないようにして抜き足差し足する。地下には窓がない。扉を閉めれば敵は逃げられないだろう。


扉をガチャッと勢い良く開けた。そしてスマホの光を向けた。

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