第18話 援軍
ゴゴゴゴゴゴゴ。
真っ青だった空から黒い影が落ちてきた。その影が僕を覆った。
「来た!」僕は、急いで靴を脱いだ。その隣には女性ものの運動靴がある。
「しずくさん、しずくさん。ドローンが来た! なんかこの前よりでっかいやつ来たよ!」
僕は2階に向かって叫んだ。ドカドカドカドカ。
女の子とは思えないような大きな音を立てて、しずくさんは一階から降りてきた。
「きゃー! 来たぞ来たぞ」
しずくさんは、めちゃくちゃはしゃいでいた。
この前見たドローンよりも二回りほど大きなサイズなのを考えると、買い物しまくったのだろう…。
ドローンは箱を少しずつ下におろした。今度は棺桶ほどの大きさだ。
ボタンを押すとパカっと開いた。棺桶サイズの巾着袋が入っている。
「一緒にこれ持ち上げて」しずくさんの指示通り、おいしょっと持ち上げ。箱の隣におろした。巾着袋には車輪がついている。これなら移動をさせやすい。色々よく考えられている。
もう一度箱のボタンを押すと、箱は閉じ、ドローンに運ばれていった。
ぼーっと空を眺めた。もしかしたら家ごと引っ越しできる時代もすぐそこにあるんじゃないか。
気がついたら、彼女は消えていた。
コロコロと巾着袋を引っ張りながら、カフェの中に戻っていった。
「ああ、やっと新しい服が着られる」
これまで僕が見たことのないような笑顔で一つ一つの品物を巾着袋から取り出してうっとりと眺めては、戻す、眺めては戻すを繰り返していた。
「しずくさん」僕は、覚悟をして彼女に声をかけた。
「なに」彼女は服や靴などを眺めながら機嫌よく答えた。
「朝はいいすぎてごめん」
「ああ、いいのよ。私も考えたの。私が動けばあなたも危険になる。ここに置いてもらえるだけでも本当は感謝しないといけなかったのに。どうせ同じ生きるなら楽しく生きなきゃ」
「いや、違う」
「え?」
彼女は、やっと僕の顔をまともに見た。
「何が違うの?」
「僕たちは、ただ生きているだけじゃダメだ。自由を取り戻そう」
しずくさんはさらに大きな目をした。
「あなた、何を言っているかわかっている? 自由のために戦うということは、いつ死んでもおかしくないということなのよ」
「わかってるさ。でも僕は死にたくない。だからすごく考えようと思う」
「何を?」
「500億円の使いみちさ。人が一生を終えるには十分なお金だけれど、国を動かすほどのお金ではない。だからちゃんと考えないといけない」
「ありがとう」
しずくさんの目から涙がボロボロとあふれてきた。
僕は、そうっと肩に触れた。ああ、彼女を抱きしめたい。
そう思ったとき、
「あああ!」と彼女が突然叫んだ。なんだなんだ!?
巾着袋の中から、小さな箱が出てきた。今度はお菓子の空き箱のようなものだ。
パカっとあけると、封筒がいっぱいに入っていた。
「返事が来たわ!」
封筒の送り主を見ると、新聞社、出版社、ジャーナリストの名前が書かれている。
「さあ、これから開けましょう」
中身は、見事に鉛筆で書かれていた。
「こんなすごいものが世の中にあったのか」という称賛の声、「もう少し鉛筆を送ってくれないか」という要請なども書かれている。
「大五郎さん、鉛筆ってまだまだある?」
「うーん、もうあの引き出しにあるので全部だな」
「そう…。じゃあ鉛筆がなくなってしまったら…」
しずくさんはそう言ってうつむいた。
「大丈夫だよ」僕は言った。
「え?」
「一体どういうこと?」
そう、僕には秘策があるのだ。
「裏山に鉛筆の材料があるんだ。500億円で山を買おう」
そう言って僕はスマホを見せた。裏山の値段は150億円だ。時々、裏山で粘土と黒鉛を失敬してきて、自分で調合して鉛筆の芯を作っていた。芯に紙を上手に巻きつけていくと、紙鉛筆ができる。紙鉛筆は、木で出来た普通の鉛筆と変わらないぐらいの強度がある。普通に字を書く分には何も問題がない。
こうして、かつての僕は、自分専用の鉛筆を作って絵を描いていた。まさか、こんなところで役に立つとは考えもしなかった。
「ああ、本当にもうなんとお礼を言ったらいいのかわからないわ」
「まだ、何も作っていないからお礼なんて言わなくていいよ」
しかし、手紙の内容は良い知らせばかりでもなかった。
「鉛筆を使っても印刷するときに版下の情報が国に流れてしまうから、印刷は出来ない。書き写すとしても限界がある」
ー確かにそうだ。
「それなら、木版画にしたらいいんじゃないのかな?」
「木版画?」
「板に文字を彫って、擦ればいいんじゃないかなって」
「え、何を言っているのかわからないんだけれど」
僕は、鉛筆で絵を描いて説明をした。
「あ、塗料関係を買うのは免許制よ。自分で作るのは犯罪よ。テロリストが塗料を使って記録を残す危険性があるからと、愛国法で禁止されているわ」
ー残念。政府もよく考えている。
「うーん、これはもう少し考えよう。しばらくは鉛筆で写し書きをしていくしかないな…」
「大五郎さん、となると鉛筆で何かを発行するのはあまりにも手間がかかりすぎて難しいわね。一度、ここに集まってもらいましょう。たくさんの人の知恵が集まれば、それだけもっとアイデアが思い浮かぶかもしれないわ」
「そうだね。みんなの日程を調整しよう。それはメッセージでやってもいいよね。どっちみちジャーナリストの人たちの手のひらにはICチップが埋まっているよね。集まるのはどうやっても国に情報が取られてしまうしね」
ブーン。その時、しずくさんのスマホが光った。
どうやら、ニュースアプリからの緊急速報のようだ。
「嘘っ」彼女は真っ青な顔をしている。僕も彼女のスマホを覗きこんだ。
ーあ、これは…。それは、剛志さんのニュースだった。
剛志さんが議員の電話に出た時、顔色が一気に悪くなっていたのはこのせいだったのだ。
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