第12話 監視カメラとプライバシー
ゴゴゴゴゴ。ガタガタガタガタ。
明らかに空から乗り物が近づいてきている。
「ねえ、なんか来てるよ!」僕の涙はすっかり吹っ飛んでしまった。
もしかして、政府にしずくさんの居所がバレてしまったのだろうか。
心臓がバクバクと音を立て始めた。
しかし、彼女は思わぬことを言った。
「ドア開けなきゃ」
「ええ?」
彼女は、下に降りていった。そしてガチャっとドアが開く音がした。
「助けに行かなきゃ」僕はあわてて、下にダダダッとかけおりた。
ーおいおい、なんなんだ!?
ドアから入ってきた冷たい風がビュンと僕の髪や頬を通り過ぎていく。
彼女は、洗濯カゴの中に鉛筆の小包を入れていた。
「ねえ、手伝ってよ」彼女は笑顔でこちらを見た。
「なに? いま何が起こってるの」
「いいからさっ、これ外に運んで」
ドンと彼女は鉛筆の小包が山積みされた洗濯カゴを僕に持たせた。
外に出た。そして音がなる方向を見上げた。
「うわわわわ、なんだこれっ」
「これが、配送用ドローンよ」
僕が想像していたドローンとは違っていた。
どうみても小型のヘリコプターだ。
そのヘリコプターから、縄のようなもので括りつけられたコンテナが少しずつ降りてきた。
そのコンテナに赤いボタンがついていた。それをしずくさんが押すと、ウィーンという音をたてながら、コンテナが開いた。
「大五郎さん、ここに小包を全部入れて」
僕は言われたとおりにした。しずくさんは入れ終わったコンテナにIDカードをタッチした。
すると、またウィーンと音をたてながらゆっくりとコンテナは閉じた。
「これで、配送ができるわ。ああ残高が700万円になっちゃった」
ーなるほど、IDカードでお金が払えるというわけか。便利だ。
ヘリコプターはコンテナを引き上げていった。
「ねえ、これって人は乗っていないの?」
「なんで人が乗る必要があるの?」
逆に、しずくさんは質問をしてきた。
機械だけで集荷をして配送が可能になっているなら、確かに人はいらない。
ああ、佐川急便やクロネコヤマトにこのドローンがあれば、配送問題に困らないで済むのに。僕は、思わず21世紀の心配をしてしまった。
「ねえ、この小包っていつごろ届くの?」
「そうね、まあ都内だから、今日の夜には届くわ。いよいよこれでお金がなくなってきたから、街に出ましょう。お札と硬貨を売りに行かないと」
「あのさ…僕一人で行ったほうがいいってことはない?」
「なんで?」
「だって、しずくさんは政府に命を狙われているかもしれないでしょう。バレたらヤバイでしょう」
「まあ、そうだけど、多分街にでるぐらいなら大丈夫」
しずくさんの話によると、街中に監視カメラがついているが、令状なしに政府が監視カメラを見ることは許されないのだという。
「え、ちょっと待って。書いていることは監視ペンとかスマホとかパソコンとかで無制限に傍受されているのに、監視カメラはそうじゃないってこと?」
「そうよ。カメラで監視するという法案もかつてはあったんだけれども、国民がプライバシーの侵害だという反発もあり、これは廃案に追い込まれたわ。
書くということだったら、『これは書くべきかどうか』をまず考えて、自分の意思で内容をコントロールできる。それにテロリストは必ず計画を記録してから実行するわよね。記録について国家が監視をしてくれるならと、国民は喜んで受け入れたわけよ」
ーなるほど、書くことはコントロールできる。そしてテロリストは書いたものから特定しやすい。テロから自分たちを守ってくれるならば、傍受されても良いということにしたのだ。
しかし、監視カメラの監視は、日常生活を覗かれているのと同じことになるから、駄目だということなのだな。
正直、僕はどっちも嫌だけど…。でも、テロがいつ起こるかわからない恐怖から逃れられるなら、僕もまた22世紀に生まれていたなら情報の傍受を受け入れていたかもしれない。
しずくさんは、話を続けた。
「私は犯罪を犯したわけじゃないから令状はとれない。
とはいっても、一応変装はしていくけどね。あ、昨日借りた服を着るから。それとハサミある?」
「あるけど、どうするの?」
しずくさんはハサミを手に取ると、バッサバッサと髪の毛を切り始めた。
あっという間に僕と同じ髪型になり、少年のようになった。
見たところ、背も170センチはある。しゃべらなければ男の子に見えなくもない。
「じゃあ、今から行くわよ」
今度は、タクシーには乗らず、電車に乗ることになった。
駅は、100年前と同じところにあった。歩いて5分のところだ。それはホッとした。
僕は、歩いて行く途中。道路を走る車に違和感を覚えた。
「ねえ、これおかしくない?」
「何がおかしいの?」
「だって、車が全て等間隔で走っているから」
「当たり前じゃない、自動運転なんだから」
なんと、ハンドルもブレーキもアクセルも平常時はコントロール出来ないのだという。
運転手は、ただ行き先だけを車に音声で指示をしていくのだという。
人がいきなり車道に飛び出ないかぎり、事故になることはない世の中になっていた。
「人もいきなり車道に飛び出ないように、車道に近づき過ぎると、壁みたいなのが出てくるの」
僕は、歩道から車道に向かって歩いてみた。シュッと高速道路の壁のようなものが出てきた。
「22世紀も悪くないね」僕は、ぼそっと独り言をつぶやいた。しずくさんは気づいていない。
これらの技術が21世紀にあったとしたら…母は死なずに済んだだろう。
さあ、駅についたわよ。
しずくさんは、IDカードで2人分の交通費を払った。僕は一文無しだ。
早くお札と硬貨を売ってどうにかしたい…。
電車もまた自動運転だった。飯能駅を過ぎてすぐ、ある建物が見えた。
「あ、僕がカフェをする前にいた会社だ」
しかし、驚くべき名前に変わっていた。
「飯能市立印刷の歴史博物館」という看板が書かれている。
は、博物館になっているじゃないかっ。
「帰り、この会社、いや博物館に寄ってもいい?」
「いいわよ。私も印刷の歴史って見てみたいわ」
しずくさんも興味を持っているようだった。よかったよかった。
しかし、僕たちは一つ間違えていた見通しがあった。
それは、令状なしには監視カメラで監視をされないということだった。
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