第10話 フラッシュバック

時計を見ると、昼の12時を過ぎていた。

「そろそろ、お昼にしようか」

ストックしていた冷凍グラタンを取り出すために、冷蔵庫に手を伸ばした。


「あれ?」

僕は、朝には気がつかなかった冷凍庫の異変に気がついた。

グラタンがベチャベチャに濡れている。


あわてて、電子レンジの電源を確かめた。そして蛍光灯のスイッチも押してみた

「この家、電気が通っていない」

「え? さっきレジスターが開いたじゃない」

「あれは、乾電池駆動だから」


ああ、やばい。そうか。100年後の建物だから電源が入らないのか。

「このままじゃ、中の物が腐っちゃうから電気を通さないといけないな」


僕は、もらったばかりのスマホで電気会社を調べ、電話をした。

なんと今日の午後2時までに来てくれることになった。


お昼は、食パンにジャムを塗ったものでしのいだ。


「食べられるだけで、幸せよ」しずくさんはにっこりと笑っていた。

「僕も、なんだか楽しい。自分以外の人とご飯を食べるのはもう3年ぶりかな」

「大五郎には、家族がいないの?」

「…母がいたよ。でも、3年前に亡くなったんだ」

「私と同じね。もう家族が居ないから」

「ううん、一緒じゃないよ。僕は…母を殺してしまったから」

「え」

しずくさんの大きな目がさらに大きくなった。


ピンポーン。インターフォンがなった。

「東都電力です」

「はい、今行きます」

僕は、しずくさんから逃げるように、玄関に向かった。


幸いにして、電気はスムーズに開通した。冷蔵庫も電子レンジも再び動き出した。

「すごい、100年前の電化製品にもちゃんと対応しているんだ」

「お客さん、何を言っているんですか?」

「あ、いえいえ。どうもありがとうございます」

「じゃあ、IDカードをこちらにかざしてください」


ー本当にこのカード、大丈夫なのだろうか。

僕は、ちらっとしずくさんを見た。しずくさんが、軽くウィンクをした。

バーコードリーダーのような機械の上に、IDカードをおそるおそる置いた。


ピッと機械が音を立てた。

「ありがとうございました」僕としずくさんは頭を下げた。

ーどうやら、大丈夫そうだ。


「大五郎さん」

「ん?」

「さっきのお母さんを殺したって話どういうこと?」

「ああ、もう忘れてくれ」僕は、そっけなく答えた。

「…わかった」

しずくさんは、そうっとしてくれる道を選んでくれた。


そして、僕たちは、鉛筆を配送する準備を開始した。


しずくさんは、配送するための封筒を作る。


僕は、2枚の手紙を書く。

一枚は、絵だ。鉛筆を削るイラスト、紙に書くイラスト、修正液を使うイラストを描く。

もう一枚は使い方を書いた説明書だ。

『鉛筆の使い方

 1 ナイフでまんべんなく、イラストのように先端を削っていきます

 2 ある程度削れたら、紙に書いてみてください。

 3 修正したい場合は、修正液を上から塗ってください』


これらの手紙2枚をしずくさんが鉛筆1ダースとともに封筒に入れていく。


30枚を仕上げたころには、もう部屋に西日が差していた。


「ああ、疲れた!」しずくさんがバタンとテーブルにつっぷした。

「出かけるのは明日だね、これは」僕もヘトヘトだ。


本当に久しぶりに絵を描いた。3年ぶりだ。もう二度と絵なんて描けると思っていなかった。

必要に迫られたにせよ、普通に絵が描けたことに自分でも驚く。


「お願いがあるんだけれど、服を貸してくれないかしら。私、これしかなくて」

赤いチャイナドレスをの襟をつまみながら、しずくさんはいたずらっぽく言った。

「あ、ごめん気が利かずに」


僕は、すぐに2階からTシャツや、ジャージのズボン、ボクサーパンツなどを持ってきた。

「大きさが合わないとおもうけれど、今日はこれで我慢して」

「ありがとう」

「それと、お風呂もこれから沸かすから」

「あ! ガスを頼むのを忘れていた! いや〜ん、なんで忘れちゃったんだろう」

しずくさんは、ムンクのような格好をした。


ーああ、女の子が一晩お風呂に入れないのは、可哀想だな。

僕は、スマホで調べた。

「あ、銭湯がこのへんにあるみたい。歩いて20分だって」

「いいね! 銭湯に行こう」


22世紀にも銭湯はあったんだ。よかったよかった。

「ねえ、20分も歩くの大変だから、タクシーに乗らない?」

「あ、うん…」僕は気が進まなかった。できれば歩きたい、けど女の子の足では大変だろう。


しずくさんはさっさとスマホでタクシーを呼び出した。10分後にやってきた。

僕たちは、バスタオルやタオルを持って、玄関を出ようとした。


ドアを開けると、タクシーが止まっていた。

グニャリ。突然、景色がゆがんでみえてきた。


「危ない! 母さん!」僕の声が聞こえてきた。

「純一郎、痛い、痛い…」母の叫ぶ声がする。


「大五郎、どうしたの?」しずくさんは、ふらふらしている僕の異変に気がついた。

僕はそのまま意識を失った。

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