第9話 初めての【鉛筆会議】

しずくさんは、テーブルの上にノートを置いた。

おろしたての鉛筆で『第1回 鉛筆会議』と書いた。


「あれ、なんかうまく書けない」

「ああ、6Bの鉛筆を使うからだよ」

しずくさんに、鉛筆には濃度があることを伝えた。


「普通に書く場合は、HBか2Bを使うといいよ」

「へぇ」

「また取りに戻るのも面倒だから、6Bで行こう」

あ、そういえば…僕は気になることが一つあったことを思い出した。


「質問なんだけど」

「なあに?」

「ノートには監視機能はついていないの?」

「ああ、大丈夫よ。だってペンに監視機能がついているなら、ノートにつける必要ないでしょう」

「確かに、そりゃそうだ」

ーなるほど、ということは紙はどの紙を使っても大丈夫そうだな。


「じゃあ、会議を始めましょう!」

「あいあいさー!」


しずくさんは、次のようにノートに書いた。


『第1回 鉛筆会議

 鉛筆会議の目的 

 その1 国の不正をあばき、国民の自由を取り戻すこと

 その2 ジャーナリストやメディアが適正に機能する状態にすること

 その3 政府を清浄化すること』


ーひえええ。鉛筆だけでこの人は世界を変えようとしているのかっ。

「ねえ、ちょっと待って」

「何よ」

「さっき国防軍とかなんとか言ってたよね。22世紀の日本っていきなり戦争できたり、暗殺できたりする国になっちゃってるよね。僕らがこんなこと考えるだけでヤバイんじゃないの」

「そうね、多分暗殺されるわね。これ、監視ペンで書いただけでスパイ罪で処刑よ」


しょ、処刑!!!! 

 印刷会社のサラリーマンから脱サラした25歳のカフェ店主なのに、どこで人生狂ってしまったのか…。


「ねえ…。もうここで平和にカフェを営んで暮らすっていう選択肢はない?」

僕は、藁にもすがる思いで彼女に命乞いをした。

スパイ罪で処刑されるようなことをしているうえに、武器が鉛筆しか無いんだぞっ。

超やばいじゃないかっ。


「ないわ」

しずくさんは、はっきりと答えた。


「ねえ、21世紀の人間が、国民の情報を傍受することを許してきたのが今の結果よ。なんでこうなったと思う? それは『自分には関係ない』って考えることをしてこなかったからなのよ」

「そ、それは…」


ーたしかに、僕は政権がどうとか、政治がどうとかに関心を持たないまま25年間を生きてきた。選挙にすら行ったことがない。


「今も全く同じなの。国民は自分たちの情報が傍受されていることを知っているのよ。でも、特に国から何か被害を受けているわけじゃない。だから『自分には関係ない』と思ってそのままやり過ごしているのよ。この状態が続いたら、この先どうなると思う?」

「…独裁者が現れたら、全部支配されて何も言えない世の中になると思う」

「そうよ、いまその過渡期に来ているのよ。たまたま、そこまで行っていないだけ。いつそうなるのかわからないところまで、来ているの」


しずくさんが守りたいもの。それは、私たちが自由に発言をできる世の中を作っていくこと。国家権力によって、人々が支配されたり、抑制されないようにすること。


でも、僕たちが持っている武器は、爆弾でも剣でもない。鉛筆だけだ。本当にこんなことが可能なのか。だんだん気が遠くなってきた。


そんな僕にはおかまいなしに、しずくさんは続けた。

「まずは、仲間に、鉛筆を送ること。個人宅の住所はわからないから、まずはテロから守った出版社や新聞社の人たちに、鉛筆を送る。

 大五郎さんは、絵を描くのが上手よね。だから、鉛筆の削り方、使い方について書いて」

「あの、何通ぐらい送るの?」

「30通よ」

「え、30通! コピー出来ないから、これ手書きだよね」

「あたりまえじゃない」

しずくさんが、僕を覗き込んで言った。


ーああ、ただかくまうだけじゃなくて、重労働までさせられているぞ、これ。


「もう1つ質問なんだけど」

「なに?」

「どうやって送るの? 配送手段とかお金とかどうするの?」

「配送は、まあ、ドローンを使うわ。安いし、人に会わないで済むし」

「すげえ、マジか」

ードローンで運ぶ未来がやってくるとは聞いていたけれど、本当に来ていたんだな。


「あと、お金なんだけど、IDカードにある程度入れてくれていたから、それを使うわ」

「ある程度って…?」

「1000万円」

「は? 1000万円!」

目玉が飛び出そうになる。しかもIDカードでお金を管理する感じなのか。


「じゃあ、余裕で配送費に充てられるね」

「そうでもないわよ。1通送るのに10万円かかるし」

「じゅ、10万円!」

そうか、22世紀とは貨幣価値が違うのか。ってことは、1000万円は21世紀で言うと、10万円ぐらいの金額っぽいな。ちゃんと計算をしておかないと、色々面倒なことになりそうだ。


「あのさ…じゃあぜんざいさん10万、いや1000万円ってことだよね」

「そうね」

「その後どうなるの?」

「うーん…」

ー考えていないのかよっ。


「鉛筆会議以前に、お金どうにかしないとヤバイね、これ」

「そうね…」

ということで、1回めの鉛筆会議は終了した。


時計は午前10時を過ぎていた。

「あ、そうだ。カフェの片付け、手伝ってくれないかな」

「いいわよ」

「もう、手の方は大丈夫?」

「ありがとう。おかげさまで、ほら」

そう言って、彼女は手のひらを見せた。少しえぐれた後はあるが、出血はない。


僕たちは、カフェに戻った。

改めて見ても、相当食器類、グラス類が飛び散って割れている。

軍手をはめて拾ったり、掃除機で吸い取ったりして、家具を元に戻したりした。

二人でやればあっという間だった。2時間ほどで終わった。


「片付いてみると、素敵な喫茶店ね」彼女は、そう言って中をウロウロした。

そして、レジスターを見つけた。

「なにこれ?」

「え、レジだよ」

「こんなの見たことないわ」

ーま、マジかよ…。


しずくさんの話によると、お札や硬貨は流通しておらず、全てIDカードでやり取りをするのだという。

「借金も預金も全てこのカード1枚。全財産を管理できるの」

「でも、これ盗まれたり、なくなったら大変なことになるね」

「大丈夫よ。生体センサーで動くから、別の人が使えないの。ただのカードよ」


彼女はそう言いながらレジのボタンをポチッと押した。

ガシャーンという音を立てて、レジスターが開いた。


「わ、これ! すごい!」

「なになに?」

「お札と硬貨じゃない。これ、高く売れるわよ」

「ふぁ?」


聞くところによると、お札や硬貨はもう出回っていないため、コレクターの間で高値で売れるのだという。


「街に行って、これを売りに行こう」

「ええ!?」


確かに、背に腹は代えられない。僕たちは、街に出て行く事になった。


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