第5話 国家の陰謀

「ねえ、そのタブレットそもそも一体誰のものだったの?」

僕は、彼女に尋ねた。どんな情報が書かれているかよりも、誰から入手したのか。

そっちのほうが気になる。


「国防省事務次官の山本恵介氏よ」

「え、国防省?」

「そうか、あなたの時代は防衛省だったわよね。21世紀終わりに変わったのよ。

 ちなみに、戦争放棄の項目はその頃に撤廃されたわ。テロと戦うためにね」


22世紀はいったいどんな時代になっているのか。僕はだんだん怖くなってきた。



彼女は続きを話し始めた。


「美由紀、ちょっと待て」

彼女がタブレットを覗こうとしたときに、父は手で軽く制止した。


「お父さん、どうしたの?」

「もしかしたら、これはおまえに見せるべきじゃないかもしれない」

「何、どうして?」


父は、タブレットを両手で取り上げた。

「これを見たら、おまえは剛志くんと結婚できなくなるかもしれない。剛志くんは、議員秘書じゃないか。おまえが国家機密を見てしまったら、敵同士になってしまうかもしれない」


国は私たちジャーナリストの味方ではなかったのか。一体そこに何が書かれているのか。

「お父さん、私は一人の女性であるだけではなく、ジャーナリストです。

 時には自分の幸せを犠牲にしてでも、公のために真実を伝える使命があります」

「もうこの国では我々は真実を伝えられるような環境は整っていない。ペンは全て関し機能つき、通信傍受は無制限。おまけに我々にはICチップが埋め込まれている」

「でも、それはテロリストを早期に発見するため、そして我々を敵から守るために仕方がなかったんじゃないの?」

「テロとの戦いということ自体が、そもそも国が仕掛けたものだったんだ」

「え? どういうことなの!? お父さん、タブレットを見せて!

 結婚よりも大事なことよ、これは」

「ああ、お父さんを許してくれ」


父は、テーブルの上で泣き崩れた。


まず、スケジュールアプリを起動した。

来月のカレンダーには「M氏殺害」「Sビル爆破」などと書かれていた。見覚えのあるジャーナリストの名前と、全国のビルの名前が書かれている。


美由紀さんはビルの名前を検索した。ビルの中には必ず出版社や新聞社、インターネットメディアが入っている。

ビルの中に入っているメディアは全て、汚職から下世話な愛人スキャンダルまで政府に対して批判的な記事を書いている。

よく考えると、名前が並んでいるジャーナリストたちもそうだ。とても影響力があり、政府に対しても容赦無い記事を書くことで有名な切れ者ばかりだ。


過去のカレンダーも見た。殺害、爆破という文字が並んでいる。その下に成功、失敗などと記録されている。

「お父さん、これ…本当なの?」

美由紀さんは、目の前が真っ暗になった。

ーそう、ジャーナリストの殺害、テロを主導していたのは、テロリストではなく、国家だったのだ。


「そうだ、国に対して反抗的なジャーナリストやメディアを、国家ぐるみで消そうとしているんだ。これが、我々の政府の正体だ」

「狂ってる! 国は私たちを守っていたんじゃない。私たちが都合の悪い真実をバラさないか監視するために、色々な制度を作っていったのね」


父と美由紀さんは抱き合って泣いた。

「お父さん、長く生きよう。そして真実を伝えよう。この国を良くしよう」


こうして美由紀さん父娘は、旅に出た。目的は国の陰謀を未然に食い止めるためだ。

まずは、未来のカレンダーに書かれていた人々や会社に出向いた。

メールも電話も使えない。通信傍受されないためには、直接脚を運ぶしかないのだ。


北海道から沖縄まで、タブレットをチェックしながら。

なんとか説得をすることができ、全ての事件を未然に防ぐことが出来た。

ビルの爆破は食い止められなかったが、直前に全員避難していたため、事なきを得た。


何人か、何社かは美由紀さん父娘の仲間となった。

美由紀さんの家に20人ほど集まって、月に1度会議をするようになっていた。


「一体どうやって国民にこの事実を知らせたらいいのか」

何度も何度も話し合われた。

国民に知らせるためには、計画が必要だ。しかし計画を記録することが出来ない。

監視ペンやインターネットであっという間に傍受されてしまうからだ。


「録音機器はだめなの?」と僕は聞いた。

「ダメよ、録音機器だって、監視ペンと同じように国に情報を持っていかれるの」

ー本当にすごい世界だ。100年後の世界がこんながんじがらめになっているなんて。



2116年12月31日。大きなニュースが世間を賑わせた。

国防省事務次官の山本恵介が何者かによって暗殺されたということだった。


「とうとう、この日が来たか」美由紀さんの父は静かに言った。

「これから、タブレット端末がどこにあるのかを国は必死で探しに来るだろう。

 いや、もしかしたらもう目星をつけられているかもしれない」

「お父さん、私も死ぬときは一緒です」

美由紀さんは、本気で死を覚悟したという。


「駄目だ、お前は生きろ。俺に何かあっても絶対に逃げろ。お前が死んだらいったい誰が真実を追求できるのか」

「お父さん…」

美由紀さんは、父の手を握った。


「もう、俺は長くない。結婚で一度ジャーナリストをやめろ。普通の主婦になるんだ。それで機が熟すまで待つんだ」

「イヤよ、私はジャーナリストはやめない。もうチャンスは今しかないわ」


それから、なども父は娘がジャーナリストをやめることを進めたが、美由紀さんは首を縦にうることはなかった。



そして、2117年2月16日を迎えることなった。

二人は、大晦日以来、キョロキョロと当たりを見回すことが多くなった。

誰かに殺されないように、人通りの少ない場所に行くことを避けた。


しかし、その日の夜。高級中華料理店での食事が、最後の晩餐となった。

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