第6話 生きていれば、また会える、生きていれば。
12月31日の山本恵介暗殺事件をニュースで知って以来、タブレットに電源をいれていない。
しかし、タブレットを指紋登録した以上、足がつくのも時間の問題かのように思えた。
1月になっても、2月になっても父が襲われたり、誰かに尾行されるといった雰囲気は一切なかった。ついには、美由紀さんの結婚式前日を迎えたのだ。
二人は、紹興酒を飲み、中華料理を楽しんだ。
食べ始めてから30分ぐらいした頃だろうか、突然「お父さん」と男の声がした。
「ん?」と父が振り返った。
そこには首相有力候補の浜田薫子議員の第一秘書、小川剛志が立っていた。
美由紀がまさに明日結婚しようとする相手である。
「おお、剛志くんか。なんでここに?」
「お宅によったら留守でしたので、もしかしたらここかなと」
「ああ、僕たちが外食をするときはいつもここだもんな。よかったら一緒に食べないか」
美由紀さんの父は、そう言って椅子をさげた。
「ありがとうございます」
剛志さんは、口角をあげて微笑んだ。でも、いつもと様子が少し違う。
何か、かたい。そんな違和感を美由紀さんは感じたという。
座るやいいなや、剛志さんは私たちに聞こえるか聞こえないかのか細い声で言った。
「もう、時間がありません。お父さん」
「…なんだい」
「お父さん、今日あなたは殺されます」
3人は静まり返った。この日が来てしまったのだ。
「そうか」
父は、そう言って、胸元からタバコを取り出した。
カチーンと音を鳴らし、火をつける。一気に吸い込み、吐き出した。
ああ、ついにこの日が来てしまった。
「お父さん、なんでタブレットなんて拾ったりしたんですか。黙ってやり過ごしていれば、こんな…」
剛志さんの目から涙がボロボロとあふれた。
「ごめんな」そう言って、父は、剛志さんの肩を叩いた。
「娘だけは助けてくれないか。こいつは何も知らないんだ」
「…だから、私はここに来たのです。もう時間はありません。黙って私の話を聞いてください」
そう言って、剛志さんは胸元から3枚のカードを取り出した。
「これは、ニセのIDカードです。3枚とも架空の個人情報が記録されています。1枚は美由紀さんに、そして2枚は美由紀さんを助けてくれる人のために用意しました」
「…剛志くん、ありがとう」
美由紀さんは、剛志さんから3枚のカードを受け取った。
「生きていれば、また会える。生きていれば」
「剛志…。ありがとう」
「もう、逃げて。僕も、もう戻らないとマズイ」
そう言って、恵介さんは立ち上がった。
「剛志くん、ありがとう」
「剛志、愛してる!」
「僕も愛している、ずっと愛している!」
そう言って、剛志さんは美由紀さんの頬にキスをした。
「おまえも、もう行きなさい」父は、美由紀さんに言った。
「お父さん!」
父は、まもなく命を奪われる。もう二度と会えない。
「おまえと一緒に過ごせた25年間、本当に幸せだった。
不甲斐ない父を許してくれ」
「お父さん。お父さんは私にとって世界一のお父さんだよ」
「そうだ、おまえにこれを…」
そう言って、父は小型ナイフを渡した。
「これで、手のひらについているICチップを抜き取りなさい」
「わかった!」
こうして、美由紀さんは小型ナイフを受け取り、走りだしたのだった。
今朝のニュースで、父は家ごと火炎放射器で全てが炭になるまで焼きつくされたことを知ったという。
彼女はここまで話をして、「わーん」と思いっきり泣いた。
自分の心の中にあった悲しみが一気に吹き出してしまったのだろう。
僕は、涙をながす彼女を抱きしめたかった。でも恥ずかしい。
引き出しに入れていた、ハンカチを渡した。
「ちーん!」彼女はそれで鼻をかんだ。
今日のところは、ゆ、ゆるそう…。
「それでね、お願いがあるの。私のことかくまってほしいの」
突然、美由紀さんは上目遣いをした。めっちゃ可愛い。でも…。
「えっと、それって…もし君がバレたら僕も死ぬってこと?」
「まあ、そうなるわね」
「ええ…」
僕は頭からサーッと血が引いていくのを感じた。
いきなり100年後に飛ばされたと思ったら、めちゃくちゃ危険な女性を匿わなきゃいけないなんて…。
「あ、あなたにもメリットがあるわよ」
ーなんだよ。こんな危険なことにどんなメリットが有るっていうんだよ。
「あなたIDカード持っていないでしょう。これ持っていないとこの世の中何も出来ないわよ」
「え!」
美由紀さんの話によると、テロ対策のため、店に行くにも、電車やバスを使うにもIDカードが必要なのだという。
「私は、今日から『高田しずく』という名前で生きていくことになりました」
そう言いながら、美由紀さんはIDカードを見せた。
「3枚カードをもらったからね。1枚あなたにあげるかわりに、私をかくまって」
「うーん…」
IDカードがなければ、事実上生きていけない。IDカードをもらうためには、この危険な女をかくまわなければいけない。なんという究極の選択…。
「わかったよ、かくまうよ」
「じゃあ、これあげる。今日からあなたは、『横山大五郎』よ」
「もっとマシな名前なかったのかよ…」
こうして、高田しずくと、横山大五郎は共に生きていくことになってしまった。
「横山くん、さっそくだけど、お願いがあるの」
「なんだよ」
彼女のお願いというのは、とても意外なものだった。
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