第4話 愛国法とジャーナリスト保護法

「これ見て」そう言って、彼女が再びポケットに手を入れた。

右手に巻いた小松菜が少し患部からずれた気がするが、出血はなさそうだ。


取り出したのは、銀色に輝く上等そうなペンだった。

「綺麗なペンだね、見せて」

「いいわよ」

彼女は、そう言って僕に手渡してくれた。

サイドについているのノックを押すと、芯が出てきた。


「わー、どんな感じなのか書いてみてもいい?」

僕は新しい筆記用具の前でときめいた。ところが、彼女は意外な反応を見せた。


「ダメ!」そう言ってパッと僕の手からペンを取り上げたのだ。

「チェッ。ケチ」「ちがうのよ、このペンで書いたことはね、国家に筒抜けになっちゃうのよ」

「ふぁ?」

彼女が一体何を言っているのかよくわからない。


「今、国内に出回っているペンは全て、国家の監視機能つきなの。書いたことが全て国に情報として集められてしまうの」

「ええええええ!」

「21世紀ではそんなことはなかったのね」

「ないよ、ないよ! なんでそんな必要があるんだよ」

「テロリストを探すためよ」

「て、テロリスト?」


彼女の話によると、テロ対策防止法、別名愛国法によって、全ての通信と情報は国によって傍受されているのだという。その結果、ペンで書かれたことは、全て国に記録されるとのことだ。


「でもさ、美由紀さん。誰が書いたかまではそれじゃ、わかんないじゃん」

僕は素朴な疑問をぶつけた。

「できるわよ。書いている間、指紋も同時にとられているから」

「ゲッ! うわ…それ日記とか書けないわ…」

「でしょう。だからね、自分が考えていることは書いたらダメなのよ」


本音で思っていることを事実上記録することが出来ないじゃないかっ。

22世紀は全くもってとんでもない時代になっていると改めて思った。


「特に、ジャーナリストである私たちにはさらに厳しい制度があるの」

「まだ、あるのかよ」

「右手の付け根にICチップを埋め込まれるの。このチップでどこにいるのかを国家に監視されているのよ」


右手の付け根? あ、怪我をしていたところじゃないか。

「私、このICチップを噛みちぎって、ここまで逃げ出してきたのよ」

「え。じゃあ、この傷は…」

「そう、自分で作ったの。そうしないと殺されちゃうから」

「うわ…」


美由紀さんはそれまでの経緯を詳しく話し始めた。


2116年9月のことだった。美由紀さんの父が国会記者会館へ行った時のこと。たまたま座った椅子の下に黒いタブレット端末が落ちてあった。そのタブレットはまだ落としたばかりだったのか、ロックされないままになっていた。


「国は、何か重大なことを隠している」長年彼はその思いで取材を続けていた。その謎がもしかしたら、このタブレットから明らかにできるかもしれない。

でも、このタブレットを見たらもう…自分は確実に消されるだろう。


自然に、ロックがかかるまであと数十秒もあるかないか。

彼は、タップした。そして自分の指紋を追加登録した、自分の魂と引き換えに。


「美由紀、お父さんはもう長くない」

「え、どうしたの? なんか病気だったの?」

その夜、美由紀さんの父の顔色は悪かった。


「ああ」

「え、なんの病気なの?」

「…国家の病気だ」


そう言って、彼は美由紀さんにタブレット端末を見せた。

「いいか、ここに国の機密情報が載っている」

「どうしたの、これ?」

「国会記者会館で拾ったんだ。俺の指紋も登録した。間違いなく消される。

 美由紀、俺が殺されそうになったら、助けるな。一目散に逃げるんだぞ」

「お父さん…」

美由紀さんは、唇が震えた。たった一人の肉親が間違いなくいなくなろうとしている。

彼女もまた、父の死期を悟ったのだった。


「それじゃ、これから全部説明するから。書くわけにいかないから頭に叩き込め」

「わかった!」


その情報は、それは…。

自分たちがこれまで国に対して信じてきたものとは180度異なるものであった。



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