淡い想い

萱草真詩雫

第1話 淡く儚い恋の物語


ーずっと貴方だけを…ー


ざわつく教室。


「よっす!はよっ、直!」


「直ー、サッカーしよーぜー!」


「直、新しく出たゲームもう買ったか?」


「橋本ー!頼むっ、ノート見せてくんねぇっ?」


朝の学校で、この人の名前を聞かない日はない。


クラスの中心人物、橋本 直君の存在。


彼の周りにはいつも人で囲まれている。



「…………」


そんな彼、橋本君に僕は密かに想いを寄せている。


だけど僕の控え目で大人しい、口下手で人見知りの激しいこんな性格じゃ、見つめる事しか出来ない。


「…良いなぁ…僕も橋本君と仲良くなりたいなぁ…」


ハァ…と、一つ溜め息を吐く。


…と。


「よぉ、和泉だっけか?お前、1限目教室移動だぞ?」


「…っ!?」


いきなり大好きな橋本君に声をかけられ、ビクッと反応してしまった。


なんとか話さなきゃ…っ!


「はっ、橋本君!あ、あのっ、ありがとう…っ!」


纏まらない言葉でやっとお礼が言えた。


「おー、急げー」


笑いながら橋本君が立ち去ると僕は真っ赤になった顔を両手で覆う。


「は、橋本君と話しちゃった…!顔熱い…」



ーーーーーーーーーー


「せんせー、それ分かりにくい」


授業の途中、先ほどの事を考えながら黒板をボーッと眺めていると、橋本君が手を挙げ丁寧に且つ分かりやすくクラスメイトに説明し出した。


「…と、言うわけですよね?」


そして先生に同意を求めた。


「おぉ、流石だ橋本」


先生もお見事、と手を叩く。


「まだ分からない人いるー?」


「いないでーす!」


「スゲーな橋本、先生より分かりやすいぜ!」


感嘆の声を上げるクラスメイト達。

勿論僕も例外ではない、ますます惹かれていった。


…かっこいいなぁ…


もし、僕が橋本君に告白したら…


きっと、断られるだろうなぁ…


でも…うーん。


…よし、勇気を出せ陽加!


ーーーーーーーーーーーー


授業終了後。


僕は思いきって、まだ人に囲まれている橋本君に声をかけた。


「あ…あの、橋本君…す、数学で…ちょ、ちょっと分からない所があって…よ、良かったら教えてくれる…っ…?」


…言えた!


「おぉ、良いよ。んじゃ、やるか!皆また明日なー」


橋本君は即答すると、周りにいた友達に別れを告げる。


アッサリとオッケーの返事が返ってきて、僕は嬉しい反面心臓の音が激しく鳴った。


「んで?どこが分からないの?」


「こ、ここ…」


小さく言いながら指をさす。


「ここは、この公式に当てはめて…」


橋本君と教室に二人きり。

机を並べての勉強会、当たり前だけど…顔が近い。


相変わらず顔、整ってるなぁ…


…あ、髪の毛少し茶色いんだ。


「…み?和泉?聞いてる?」


…!!しまった、見とれてて聞いてなかった!


「ごっ、ごめん!」


「どうしたの?」


僕の顔を覗き込んでくる橋本君にもう我慢出来なかった。


「あのっ!ぼ、僕っ、橋本君が…その、好き…っ!」


告白した瞬間、数秒の沈黙…


その後、橋本君の低い声が降ってきた。


「お前、そんな事考えてたの?人が折角時間潰して教えてやってたのに信じらんねぇー。」


「え…」


「ふざけんなよ、じゃあな」


呆然と立ち尽くす僕にそう言い捨て去っていく橋本君。


「…ハッ…何やってんだろ…」


自嘲気味に言った後僕はその場に崩れた。


涙が次から次へと零れ落ちてくる。


「…ぅ…ッ…バカだ、僕っ…ヒック…うぇっ…うっく…」


暫く声を押し殺して泣くだけ泣いた。


ひとしきり泣くと、気付いたら教室の窓の外は真っ暗だった。


何でだろう…水分はなくなっていったのに、身体が物凄く重い。


無気力な心は感情をなくしてしまった。


「…帰らなきゃ」


掠れた声で呟くと、フラフラと歩き出す。


大分かかって家に着いた僕は、玄関のドアを開け待っていた母親に小さく「………ただいま…」と言うと。


「あら陽加、遅かったのね、お帰りなさい」


何も知らない母親はいつも通り声をかけ、そして


「そうそう陽加、大事な話があるの。着替えたらリビングへ来なさい」


「大事な話…?…分かった…」






ーーーーーーーーーーーー



次の日、学校で出席を取ると和泉の返事は聞こえなかった。


「おい、誰かアイツん家知ってる?」


疑問に思った俺は親指で和泉の机を指しクラスメイトに尋ねた。


「和泉の?」


「さぁ、知んねぇ」


「先生に聞いてみ?」


口々に答えが返ってくるものの、皆知らないらしい。


まさか、昨日言い過ぎたか…


心配になった俺は、担任を探す。


すると、担任が俺を見るや否や話しかけてきた。


「おぉ、橋本、丁度良かった!」


「どうしたんすか?」


「今朝早く和泉が学校に来てな、先生も急な話で驚いたんだが…父親の転勤で引っ越す事になったらしい。それでだな、これをお前に渡して欲しいと言われてな…」


担任は胸ポケットから1通の手紙を俺に差し出した。


俺は手紙を受け取ると、中身を開ける。


綺麗な字で綴られた手紙にはこう書かれていた。



『ー橋本直様へー




突然のこんな形での別れをお許し下さい。


僕はこの数ヵ月間、とても幸せでした。


口下手でドジな僕にとって、貴方は憧れそのものでした。


あまり話した事はなかったけれど、貴方をずっと見ていました。


…でもその内、貴方への想いが憧れから恋へと変わっていったんです。


男同士なのに…って分かっていても留める事が出来ませんでした…


結局はこの想いも届きませんでしたが、僕は誰よりも貴方が好きです。


新しい生活が始まっても、きっと貴方の事を忘れないでしょう。



…最後に、一言。


貴方を好きになれて良かった、これからもずっと何処かで見守っています。


短い間だったけどありがとう、さようなら…




ー和泉陽加よりー』



「え…嘘だろ…!?本気だったなんて…」


信じられない。


アイツが本気で俺の事…


なんだ、この気持ち…


…なんでこんなに愛しく思うんだ。


俺をこんな気持ちにさせといて、さよならとか…


クソッ、このままでいられるか!!


「せんせー、コイツの家教えて!」


「それは構わないが…今日の午後には出発するそうだぞ?」


そう言いながらも担任は和泉の住所を俺に教えてくれた。


「サンキュー!俺、早退します!」


「おい、ちょっと待て橋本!」


そう担任に告げると、担任の制止も無視して全速力で和泉の家へ向かう。






ーーーーーーーーーーーー



ーピンポーン…ー


「はーい?陽加ー、お母さん今手が離せないからアンタ出なさい」


インターホンを押すと、女の人の声が聞こえてきた。


和泉のお母さんか。


暫くすると、ガチャリ…と静かに扉が開き和泉が出てきた。


「…はい」


覇気のない声で出てくる和泉に胸が痛んで、思わず名前を呼んだ。


「…はるか」


「……ッ!?」


和泉…陽加は思わぬ来訪者に声が出ないと言った様子で口をパクパクさせている。


まずは謝らなきゃいけない、俺は戸惑いを隠せない陽加に頭を下げた。


「俺…ごめん!…ふざけてるかと思ったんだよ、男の俺なんかに告白なんてって…本当に悪い、陽加を傷付けたな…」


「…い、良いんだ、急に言った僕が悪かったんだし…!…わざわざありがとう…そろそろ僕、支度しないとッ…!じゃあ…」


泣きそうなのか、震えた声で切り上げようとする陽加の腕を掴む。


「待てよ、まだ話終わってない」


「っ…!ぼ、僕はもう終わっ…んっ!?」


抗う陽加に俺は引き寄せ口付けた。


「…ハァッ…はし、もと…くん…?」


潤んだ瞳で見つめてくる陽加が堪らなくて抱き締める。


「俺…お前が、陽加が好きだ」


「え…!?う、嘘だっ…!」



「嘘じゃない、好きじゃない奴にキスなんかしない」


耳元で囁くと真っ赤になる陽加。


あー、可愛い…


するとひょこっと腕の中から顔を出し俺を見上げ聞いてきた。


「本当…?」


「あぁ、本当」


ニコッと笑って言い切る俺に我慢が出来なくなったのか、陽加は涙を流しながら言う。


「でも…っ、僕…うっ…もう行かないと…っ!ヒック…僕、必ず戻ってくるからッ…それまで待っててくれる…?」


「待ってるよ、行ってこい」


「うっく…なお君…ッ!」


安心させるように言えば、初めて俺の名前を呼んでくれた。


それが嬉しくて、俺は呟く。


「あー…けど俺じっとしてられる質じゃないからさ」


「へ…?」


「さらいに行くかも」


ニッと笑って言うと思っていなかった言葉が返ってきた。


「さらいに来て…」


また俺の腕の中に顔を埋める陽加にこう答えた。


「覚悟しとけ」


「…うん」


そうして俺達はまたキスを交わし笑い合って、だんだん別れの時間がやってきた。


俺も陽加も泣くことはなく笑顔で手を振った、互いが見えなくなるまで。


いつかまた巡り会う日を願って…




ーおしまいー


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