第735話史のマネージャー鷹司京子(5)

ステージをおりてきた史が、由紀に声をかけた。

「姉貴、何か用?」

由紀は、困った。

そもそも、史を追いかけて来ただけであって、特別に用事などはない。

そして、素直に言うしかない。

「特にないわよ、史が何しているのかなと思って」


史は呆れた。

「姉貴、そんなことで、ここまで来るの?」

「家事は今日お願いしたはず、済ませてきたの?」


由紀は、また困った。

本当は廊下の掃除をする当番だったけれど、すっぽかして史を追いかけてしまったため。

「うーん・・・後でやるわよ、そんなの」


二人の会話を聞いていた京子は、苦笑い。

「結局、史君がカバーしていたんだ、由紀ちゃんの分まで」

「キチンキチンとしないと気が済まない史君と、大ざっぱな由紀ちゃん」


華蓮は、少し不安。

「史君がいなくなると、由紀ちゃんは美智子さんから、叱られっぱなしになる」

「でも、由紀ちゃんにも非があるな」


それでも、史は由紀に気を利かせた。

「姉貴、もう少し練習したいの」

「そしたら、ちょっと付き合って」


由紀は、ようやく表情が普通に戻る。

「・・・ってどこ?」


「大旦那のお屋敷に行くの」

「少し部屋の整理する」

「その前に洋服も買うかなあ」


由紀は、簡単にOK。

「うん、じゃあ、ここにいる」


史は、またステージに戻った。

そしてピアノを、また、弾きだす。


京子

「今度はショパン、ノクターンの3番」

「しっとりと、弾いている」

華蓮

「プログラムを考えないとね」

京子

「リサイタルも定期的にするほうがいい、専属ホールはここ」

洋子

「そうなると、お店の客も、その日は増える」

「仕入れも考えないとなあ」


由紀は三人の話を首を傾げて聞いている。

「何か、仕事の話っぽい」

「・・・って、史の本業か・・・」

「ますます遠くなる・・・史」


史が、ピアノの演奏をやめ、また客席におりて来た。


華蓮

「大旦那の家に行く前に、お食事は?」

京子

「そうねえ、史君にお任せ」

史は由紀の顔を見る。

「アンチョビのピザが食べたい」


由紀は、ハッとなった。

そして、うれしくなった。

「史・・・私の好みを言っている」


由紀のうれしそうな顔を見た京子。

「どっちが年上なのか、わからないなあ」

「由紀ちゃんって、史君に本当はベッタリしていたいんだ」

「史君は、面倒がるけれど、やはり、やさしい」


京子は、ホールを出て、史と並んで階段をのぼりながら、由紀には聞こえないように

「由紀ちゃんが心配?」


史は、下を向く。

「姉貴の涙って、辛いんです」

「僕がいなくなると、泣くかなあって・・・」


「仕方ないんだけどね・・・」

華蓮も心配そうな顔になっている。






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