第687話カフェ・ルミエール楽団冬のコンサート(9)

カフェ・ルミエール楽団冬のコンサートのアンコール第二曲目は、ウィンナワルツのヨハンシュトラウス「美しく青きドナウ」の予定。

オーケストラ曲なので、史には出番がない。

そのため、アンコール一曲目を弾き終えたので、指揮者榊原氏と舞台袖に戻った時点で、史は気楽な状態。

「先生、演奏を期待しています」

と、声をかけたほど。


しかし、指揮者榊原氏の様子が、どうみても変。

指揮者なのに、いつ持って聞いたのか、ヴァイオリンケースからヴァイオリンを持ち出している。

史が首を傾げていると、榊原氏が史に笑いかける。

「史君、振って欲しい」

「史君の指揮で、ヴァイオリンをを弾きたくなった」


「え?マジですか?」

史はびっくり硬直。


しかし、榊原氏は引かない。

「ほら、さっさと!」

「アンコールが鳴りやまない」

強引に史の腕をつかんで、ステージに歩き出してしまった。


その史が、「頭真っ白状態」で、榊原氏とステージに出ていくと、すでに榊原氏がヴァイオリンを弾く椅子もセット済み。


史は「はめられた?」と思うけれど、ステージ中央に立った時点で、また地鳴りのような拍手。

そのうえ、指揮者榊原氏が、聴衆に言い切ってしまった。

「それでは、サプライズですが、美しく青きドナウ」

「私はヴァイオリンを弾き、指揮は史君です」

史は、また地鳴りのような拍手に包まれてしまう。


「もう!しかたがない!」

史は、聴衆に深く頭を下げ、顔を真っ赤にして指揮台にのぼった。


史の「青きドナウ」が、始まった。


本当に静かな、うっすらと光が差し込むようなドナウ川の朝。

少しずつ、光が明るさを増し、青きドナウならではの、愛らしさ、華やかに満ちたワルツが奏でられていく。


音大の学長は、ここでも笑顔。

「ほお・・・こういうのも、上手だなあ、何より華やかだ」

内田先生も、目を丸くする。

「リズムのキレもいいし、メロディーを上手に歌わせる」

岡村先生は、楽団員の表情に注目。

「楽団員を完全にのせているねえ、合わせやすい指揮」


大旦那はうれしそう。

「甘いウィーン菓子のような演奏、これもいいなあ」

奥様は、身体がムズムズしているらしい。

「踊りたくなった。いいテンポ」


舞台袖で聴いている由紀は、途中から複雑。

「確かにいい演奏」

「でも、史の高校生時代の最後の演奏会なのかああ」

「来年から音大生か・・・」

「可愛いってばかり、言えない」

「それが、ちょっと寂しい」


史の「青きドナウ」は、ますます華やかさを増し、進んでいく。


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