第616話由紀と史のデート?(5)
由紀と史を店から追い払った支配人は、まだ機嫌が悪い。
「ああ!朝から気分が悪い!」
「この店はな、懐石料理の本場の京都が発祥なんだ」
「日本料理の最高峰、いや世界最高峰の料理なんだ」
「それを、そもそも味がわからない関東の地で、店を開いてあげているんだ」
「目的は単に金集めだけ、味なんかどうせわかりやしない、関東の人間に」
「それも、来たのはガキだぞ?まるで高校生」
「少なくとも、大人が来ないと酒も出せない」
「酒で儲けるんだから、そんな酒を飲まない客なんぞ、いらない」
「大人ばかりが来る店で、あんなガキが来れば、雰囲気が落ちるだろう」
「ガキ相手のファミレスじゃないんだから」
「おれの格まで落ちてしまう、これから金を集めてのし上がろうってのに」
支配人は、ブツブツと文句を言い続ける。
ただ、それでも、「予約済み」が気になったようだ。
仲居に声をかけた。
「おい!その予約票の名前を見せろ、なんて名前だ」
「どうせ、そこいらの馬の骨だろうが」
仲居は、支配人の文句を辟易して聞き続けていたので、これ幸いと予約票を支配人に手渡した。
少なくとも、その予約票を見ている時間だけでも、文句の声を聞かないで済むと思ったのである。
支配人は、まずは予約票に書かれた苗字を確認。
「うん?・・・近衛?たいそうな苗字だなあ・・・」
「まるで摂関家?はあ・・・まさかね・・・」
「滅多にそんな苗字を使えないって・・・」
と、そのまま予約票を丸めて、仲居に戻した。
つまり、ゴミとして捨てろとの意味になる。
支配人は、次に仲居に尋ねた。
「もう一組の客は?まだ来ないのか?」
「俺が声をかけたんだ、かのイタリアはフィレンツェからの客」
「それも超一流の貿易商社、バチカンにも関係が深いとか」
由紀と史との態度とは、全く異なる期待感にあふれた表情になっている。
仲居は、話題そのものが変わったので、ホッとした顔。
「はい、つい30分前に、間違いなく来店なさるとの連絡を交わしております」
「ですから、そろそろ」
その答えには、支配人も笑顔を戻した。
「そうか、たっぷり酒を勧めてふんだくれ」
そして、つい大声になってしまった。
「どうせ、そもそも毛唐だ、日本の京都伝来の繊細な味なんかわかりやしない」
その大声が懐石料理店の玄関に響いた時だった。
自動ドアが開き、ルクレツィアと三人のイタリア人男性が入って来た。
支配人は、ハッとなったけれど、今さら仕方がない。
「ルクレツィア様ですか、お待ちしておりました」
「ささ・・・お席までご案内いたします」
珍しく支配人本人が、席まで案内をするらしい。
それを見ていた仲居は、かなり驚いている。
しかし、ルクレツィアは、厳しい顔。
首を横に振る。
「いや、ここまで来たのは、キャンセルを伝えるため」
「そこの玄関の前で、全て聞いていました」
「あなたの言葉をね」
「酒を出して、ふんだくれ?」
「毛唐だから味がわからない?」
素直に聞いたそのままを、支配人に話す。
支配人は、顔が本当に真っ青。
珍しく震えだしている。
ルクレツィアは厳しい顔のまま、スマホを見せた。
「全て録音しました」
「この連れてきた旅行会社の人も、しっかり聞いています」
「これでは、とても紹介記事は書けませんね」
うなだれる支配人に、ルクレツィアは、さらに追い打ちをかけた。
「さっき、あなた方が約束を違え、暴言まで吐き、塩までかけて追い返した、あの若者たちは、このルクレツィアとフィレンツェにとっても、本当に大切な友人」
「そして、それよりなにより・・・」
ルクレツィアは、すでに目が虚ろとなった支配人に小声。
「あの若者たちに、そんな仕打ちをして、この業界で生き残ることが出来るのでしょうか、いや、もっと・・・」
「何しろねえ・・・あの若者たちは・・・あのお方の・・・」
ルクレツィアがつぶやいた一言で、支配人は床に崩れ落ちてしまった。
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