第611話横柄な客(3)

その一流商社三人組は、さすがにまずいと思ったらしい。

全員が一斉に立ち上がり、マスターに頭を下げる。

「本当に申し訳ありませんでした」

「クリーニング代を出させてください」

「靴を踏んだりして・・・」


しかし、マスターは態度を変えない。

「いや、そういうことではなくてね」

「とにかくお帰り下さい、そういう接客を行っておりませんので」


マスターにここまで、言われてしまっては仕方がない。

一流商社三人組は、店を出ていくより他はない。

最後に、番年長らしいサラリーマンが、

「社長を含め、是非、ご内密に」

と、声をかけてきたけれど、

マスターは厳しい顔。

「いや、それは、当店で決めることになります」

「一流商社のあなた方に、御指示をいただかなくても」

「お引き取りください」


その言葉で、三人組は肩を落として、店を出ていった。


美幸がマスターに頭を下げた。

「すみません、ご迷惑をおかけして」

マスターは、やさしい顔。

「美幸ちゃんが、謝ることはないさ、何も悪いことはしていない」


他の客からもマスターに口々に、声がかかった。

「まあ、横柄な奴らだなあ」

「せっかく楽しんで飲んでいるところに」

「エリートサラリーマンを鼻にかけ、ああ気に入らない」

「マスターの言う通りさ、上にはペコペコ、下と思えばゴミ扱い」


マスターは真顔。

「社長には、一言は言うよ」

「迷惑をこうむったわけだし」

「俺だけならガマンする場合もあるけれど、お客様にも、美幸ちゃんにもね・・・」


美幸は不安気な顔。

「そうなると、処分されるのでしょうか」

「あの人たち・・・」


マスターは厳しい顔のまま。

「ああ、それは、その社で決めることだから、関知しない」

「俺が嫌なのは、そういうことを繰り返してきた連中なのかなということ」

「今後、そういうことがないように、ここの店でも、よその店でも」

「そのための、お灸をすえて欲しいと思うよ」


客の一人がつぶやいた。

「あいつら、ビデオ取られた上に、社長にも言われるとか、理事の大旦那の耳に入ったらとか、今夜は眠れないだろうなあ」

もう一人の客が、フッと笑う。

「まあ、いい薬さ、ああいう他人を見下すような奴らには」


その後のカフェ・ルミエールの飲食は、マスターの「騒ぎに対するオワビ」で、全て半額になった。


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