第610話横柄な客(2)

マスターは、メニューを持ち、その三人組の前に立った。

「お待たせいたしました、これが当店のメニューでございます」

しっかりと頭を下げ、言葉の調子も重い。


しかし、その三人組は、横柄な態度を変えない。

「おいおい!あの綺麗なお姉ちゃんはどうした!」

「こら!お前なんか呼んでないって!何故出て来る!」

「いいから、さっさと、あのお姉ちゃんを、ここに座らせて接客させろ!」


マスターは、しかし、表情を変えない。

「さきほども、店の者が申し上げた通り、当店では、そのような接客を行っておりません」

「仮に、それについて、お気に召さなければ、お帰りになってもらってけっこうでございます」

今回も、しっかりと頭を下げ、言葉の調子も重い。


マスターの言葉を受けて、その三人組は、ますます過激化した。

「なんだと?飲み屋のおやじ風情が!お客様の要望を聞かずに帰れだと?」

「俺たちをどこの社だと思ってる!このバッジがわからんのか!そんなことも知らないで飲み屋をやってるのか!」

三人組の最後は、本当に怒ったらしい。

美幸がテーブルに置いたグラスの水を、思いっきりマスターの顔にぶちまけた。

「このバカ野郎!身分の違いってものをわきまえろ!俺たちはな、日本を支える商社マンだ、お前なんかに指図される理由はない!」

そして、そのままマスターの靴を踏みつける。


マスターは、そこまでは耐えた。

そして、突然、表情を変え、フフッと笑う。

「こういうのは、暴行行為にも、暴言にもあたりますよね」

「その前のは、セクハラ行為にもなるかな」


マスターの態度の変化に、その一流商社三人組は、ますますいきり立つ。

「何だと?このオヤジ!」

「気分を害した!慰謝料よこせ!」

「何様のつもりだ!それが客に対する物言いか!」


しかし、マスターは全く動じない。

「この店は、防犯措置として、店内の全ての動きを録画してございます」

「ですから、あなた方の店に入ってからの、行動もね」

「当局に連絡すれば、どうなるのでしょうかね、マスコミにも」

マスターは、低く、冷静な口調に変わった。


一流商社三人組は、ようやく、その顔を見合わせる。

横柄な態度は、少々おさまった。


マスターは、言葉を続けた。

「そういえば、御社の垣内社長とは、私は横浜のホテル時代からの長い付き合いなんです」

「ここにも、よくご来店されるんですよ、ご存知でしたか?」


一流商社三人組は、顔を見合わせ、かなり不安気な顔に変化した。


マスター

「それと、ここのビルのオーナーの近衛も、確か・・・御社の理事なのでは?」

「ああ、私はその近衛の甥になります」

「それも、ご存知なのでしょうね」

「まあ、日本を支える超一流商社の社員様ですから、これは愚問でしたね」

「それでいて、このような行為をなさるのですね」


一流商社三人組は、すでに顔を見合わせることもない。

全員が下を向き、ワナワナと震えている。





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