第588話マスターとルクレツィア(2)

マスターが三皿目として出して来たのは、

「トリッパ・アッラ・フィオレンティーナ」。

日本で言う、牛の胃「ハチノス」を、トマトで煮込んだ料理。


ルクレツィアは、出てきた瞬間、うれしくてたまらないらしい。

「あらーーー・・・マスター、ありがとう」

「これ、大好きなの」

「滋養強壮そのものの料理」

「はぁ・・・故郷の香りがする」

そして、食べ始めたら止まらない。

すでに「食べるだけの人」になっている。


マスターもうれしそうな顔。

「あえて細工は施さず、伝統的なレシピで作りました」

「そのほうが喜んでいただけると思いました」


そのルクレツィアは、あっという間に平らげてしまった。

そして、名残惜しそうに空いた皿を見る。

「ふぅ・・・美味しかった」

ため息までついている。


マスターは、そんなルクレツィアに笑いかける。

「お差しつかえなければ、もう一皿分ぐらいはありますが」


ルクレツィアも、それを聞くと、我慢が出来なかったらしい。

「はい、おまかせします」

結局もう一皿、「トリッパ・アッラ・フィオレンティーナ」を食べることになった。


マスターは、勢いよく食べ続けるルクレツィアに声をかけた。

「文化講座の件もまた、よろしくお願いします」


ルクレツィアも満面の笑み。

ハチノスを飲み込んでから

「はい、イタリア史ですね。お任せください」

「最初は、古代ローマから始めます」

との答え。


マスターは、

「私も昼間の授業であれば、聞きたいくらいです」

「残念ながら、夜なので」

少々残念そうな顔。


ルクレツィア

「録画しておきます、また資料もマスターの分は必ず残します」

と笑顔。


マスターは、ルクレツィアに頭を下げ、少々話題を変えた。

「いつかは、ロレンツォ・イル・マニフィコの話を聴いてみたいものです」


するとルクレツィアは、表情が一変。

その大きな瞳が、パッと開いた。

「あらーーー!マスター!またうれしいことを・・・」

「フィレンツェの大旦那、あんなすごい、数奇な人生を送った人はいません」

「ここで、わが一族にも連なるロレンツォの名前が出るとは・・・」

相当、驚いたのか、胸を抑えている。


マスターは、ルクレツィアの瞳をじっと見た。

そして、言葉を続けた。

「いや、数奇どころか、男気あふれる素晴らしい人物と思いますよ」

「彼がいなかったら、フィレンツェは、どうなったのかもわからない」

「少し後の世代のカトリーヌだって、フランスに嫁がず、結果として今日のフランス料理は生まれなかったかもしれない」

「それと、ミケランジェロ、ダ・ヴィンチ、そんなルネサンスも、どうなったのかわからない」

「私は、いろんな見方があるけれど、ロレンツォの果たした役割と、メディチ家代々が為したことは、世界史においても特筆すべきものがあると思っています」


ルクレツィアの瞳は、ますます丸くなっている。




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