第530話史の室内楽(4)

史と、真衣、由梨、夏美は、まるで内田先生、榊原先生、そして学長に迎えられるかのように、レッスン室に入った。

史は、ここでもキチンと頭を下げる。

「わざわざありがとうございます」

「今日は全て初見なので、拙い演奏になると思います」

やはり史は、「初見によるミス」が不安でたまらない様子。


そんな史に内田先生が声をかける。

「史君、それは心配しないでいいよ、こっちもわかっているから」

榊原先生からも、声がかかった。

「本格的な室内楽も、ほぼ初めて、楽譜も初見なので、それほど正確性は考えなくていいよ、ただ史君の室内楽への適応性を見たい」

学長も頷き、史に声をかけてきた。

「とにかくミスは気にしなくていいよ、私たちは史君を成長させるのが仕事」


史も、そこまで言われたので、少々安心。

そしてさっそく真衣との、ブラームスのヴァイオリンソナタ「雨の歌」の練習を始めることになった。


史は、まずじっくりと楽譜を見つめ、ピアノ前奏の部分を弾きだした。

そして、すぐに真衣のヴァイオリンが、重なっていく。


内田は、途端にホッとした様子。

「全然、問題ないじゃない、これで初見?」

榊原はうれしそうな顔。

「真衣ちゃんのヴァイオリンのメロディの雰囲気を上手に引き立てているね、音量も少しずつ大きくなってきた」

学長は、じっと目を閉じて聴いている。

「うん、少しずつだけど、史君が引っ張ってきているような感じ、真衣ちゃんはそれに乗っかって、ますます音楽が深くなっている」


また、真衣の後、史と室内楽を練習する由梨と夏美は、驚きを隠せない。

由梨

「真衣の、あんな弾きやすそうな顔は初めて見たよ、本当に感じたまま弾いている」

夏美

「史君って、ソロとか指揮も上手だけど、合わせるのも上手だね、というよりは早く私も合わせたい」


ブラームスのヴァイオリンソナタ「雨の歌」が終わった。

聴いていた全員が拍手の中で、真衣は自分から史に握手を求めた。

「史君、すっごく弾きやすかった、曲が終わっちゃうのが悔しいくらい」

「もっと何回でも練習したくなった」

その真衣の瞳は、少しウルウル気味。


ただ、ここでも史はやはり冷静。

「いえ、拙い伴奏で、初見はなかなか難しかったです」

「間違えはしなかったけれど、ヒヤヒヤでした」


学長が教師陣を代表して、一言。

「史君、素晴らしい、大丈夫、全く問題ない、というよりはもっと聞きたくなった」

「モーツァルトも楽しみ」


史は、真っ赤になっている。

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