第493話由紀と清さん(3)

由紀と史が、カフェ・ルミエールに入ると、

洋子が

「いらっしゃいませ、すでに皆さま、揃っておられます」

と、声をかけてきた。


由紀は

「あ!はい!」

少し声が裏返る。

史は、さっと客席の奥を見る。

「へえ、マスターと大旦那も来ているんだ」


すると、客席に座っていた若い男が立ち上がった。

「ああ、由紀お嬢様、史坊ちゃま、今日はわざわざ申し訳ありません」

若いといっても、年齢はおよそ三十歳くらい。

角刈りの頭、身体つきは細いけれど、動きがとにかくシャープ。

何より、顔がキリっと引き締まった美形である。


由紀は、ここで我慢ができなかった。

「清さん!由紀です!お久しぶりです!」

顔を真っ赤にして、結局走り出してしまった。


「姉貴!あぶない!」

史の声がかかったけれど、由紀は止まらない。

そして、結局、つんのめりそうになって、清に受け止められた。


由紀は、そのまま涙顔。

「清さん!逢いたかった!」

そして、その後の声が出ない。


その清の顔は、すごくやさしい。

由紀をそっと受け止めながら

「由紀お嬢様、本当にきれいな娘さんになりましたね」

「いつも親族の集まりで、見かけるけれど、忙しくてお話もできなくて」

「それにわざわざ、いらしてくれて」

と、言葉つかいも、なかなかやさしい。


大旦那から、声がかかった。

「ああ、とにかく座ろう」

「他の客の迷惑になる」


マスターからも、声がかかった。

「二人並んで座るかい?それとも向い合せ?」


清と由紀は、少しためらったけれど、結局向い合せに座った。

それで、史もようやく、座ることができた。


大旦那が、全員を前に話をはじめた。

「この間、マスターとも話をして、ここのビルの二階に懐石料理店を作ることにしたんだ」

「料理については、京都の屋敷の清を主任とする」

「細かな設計とかは、これからになる」

「何よりも、日本料理の本来の技術を伝えることが第一」

「本当の美味を伝えていく」

「是非、マスターも、由紀も、史も協力してほしい」


清も、頭を下げた。

「大旦那様のご厚情で、こんな素晴らしい話となりました」

「とは言え、はじめての独立」

「相当な不安もあります、関東の地で料理をするのもはじめてで」

「水も食材も客層も京都とは違うでしょう」

「本当にマスターをはじめとして、ここのカフェ・ルミエールの皆さまと、由紀お嬢様と史坊ちゃまには、御力添えをお願いしたいのです」


マスターは、そこで洋子を手招き。

洋子が席に座ると、マスターが頭を下げた。

「洋子さんも、パテシェで、懐石とは直接関わらないけれど、率直な意見を聞かせてもらえないだろうか」

洋子が、頷いていると大旦那からも、声がかけられた。

「特に、日本人だけが客になるわけでないので、各国大使館とか商社の外国人も客になる」

「その意味を含めて、洋子さんの意見が、どうしても必要になるのです」


洋子も、いろいろ考えて

「あくまでも、日本料理の技術を貫くのが、本筋と思われます」

「その上でですね」


清の顔は、厳しくなっている。

ただ、話についていけない由紀は、不安気な顔になっている。










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