第494話由紀と清さん(4)
大旦那が、難しい顔になった。
「何しろ、おしたじにしても」と言い、少し考える。
ただ、そのおしたじに反応したのは、マスターと清、史だけ。
洋子と由紀は、キョトン状態。
史が、そんな洋子と由紀に、小声で
「京都では、昔、醤油のことを、おしたじって言ったの」
「下地と書くの」
洋子は、ハッとわかった顔、ただ、由紀はまだよくわからない様子。
マスターは、そんな三人を見て、ククッと笑う。
そして「しょうがねえなあ」と言いながら、説明をはじめる。
「まあ、史君が言葉だけでも知っているのは、感心だけどさ」
「この下地って言い方が、京料理の基本になるのさ」
「つまりね、京は薄味だろう、ここらへんの関東と違って」
史は、マスターのそこまでの言葉で、言いたいことが、わかったらしい。
「つまり、素材の違いですよね」
「京都の素材は、火山灰土ではない肥沃な場所なので、味が濃い野草とか野菜が育つ」
「だから、砂糖や甘味を加えない淡口醤油だけで煮炊きができる」
史がそんなことを言うと、大旦那、マスター、清、洋子も、フンフンと頷く。
由紀だけは、少し気に入らない様子。
「また史が、私の考えていないことを言い出した」と思っている。
大旦那が話を続けた。
「史君の言うとおり、京料理は、関西の素材の味がいいので、邪魔をしない料理法、素材の持ち味を引き立てるように下地をしっかりつける調味が、京料理の基本になった」
清も、おもむろに話しはじめた。
「大根でも、竹の子でも、茄子でも、軟らかく薄味に煮て、そのまま一夜を過ごさせます」
「そして、次の日に、温めていただくと、その薄味が全体にむらなく浸透して、素材の持ち味を殺すこともなく、美味しい」
「醤油の量は少なくてすむ、これが、おしたじということになります」
マスターが、また話しはじめた。
「万葉の時代に、醤油のもとになる、
「つまり発酵塩蔵食品さ」
「それが、穀醤、肉醤、草醤の三つの流れ」
「穀醤はその後の醤油とか味噌、肉醤は塩辛とかショッツル、草醤は不思議な感じがするけれど、後の清酒になったそうだ」
大旦那は、マスターの話に少し笑う。
「なかなか勉強しているけれど、文武天皇が大宝律令を制定した当時に、朝廷に醤院というものがあったらしい、醸造食品の統制を司ったのかな」
「正倉院文書にも、醤とか豆醤とか、いろんな醤の名前が残っているという話を聞いたことがある」
今度は、清が話し出す。
「今でも、味噌の液体化とも言える溜まり醤油、山口の甘露醤油、白醤油などがあるけれど、要するに醤油の味が濃いと、本来わき役の醤油が主役になってしまいますね」
結局、カフェ・ルミエールでの話は、醤油と料理についてが中心になってしまった。
史はともかく、由紀は、なかなかついていけず、ボンヤリとなっている。
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