第492話由紀と清さん(2)

「さて、行くかな」

大泣きになってしまった由紀に、少々困惑しながら、史は立ち上がった。


「ふんだ!」

「どうせ、史も呼ばれているんでしょ?」

由紀も立ち上がった。

そして、史と一緒に玄関に出ようとすると、母美智子が声をかける。

「由紀!涙ぐらいしっかり拭きなさい、その顔で清さんに会うの?」


由紀は、またムッとした。

「うるさい!二人して!」

「史!そこで待っていなさい!」

そう言いながら、結局、洗面台で涙を拭いている。



出発時点では、様々なことがあったけれど、史と由紀は、仲良く家を出た。

由紀は、史に笑いかける。

「アルバイトのこと、史、ありがとう、気を使ってくれたんだね」

史は、ニコニコする。

「姉貴が笑ってくれると、ホッとする」

由紀は、バツが悪そうな顔。

「でも、お母さんの言う通りだったかもしれない、確かにその話を聞いたら毎日電話してメールしたと思うし、清さんに迷惑かけたと思う」

史は、クスッと笑った。

「姉貴は、清さんのファンだからね、小さな頃から、京都のお屋敷に行くと、清さんの周りばかりにいて、それで叱られて離されても、すぐに清さんのところに戻る」

由紀は、恥ずかしそうな顔。

「確かにね、料理の邪魔してた、お屋敷だからいいけれど・・・客商売だと、問題があったかも」


史は、少し真面目な顔になった。

「それとさ、姉貴」

由紀は、史の顔を見る。

「え?何?」

史は、少し考えた。

「簡単に懐石料理店のアルバイトと言ってもね、難しいかも」

由紀も、それには頷いた。

「そうだよねえ、清さんの、繊細極まる料理かあ」

「懐石も勉強しないとね」

史もそれには頷いて

「多少は、料理の説明くらいはできないと」

「大旦那の関係で、お偉いさんも来るかも」

由紀も真面目顔になった。

「うーーー・・・責任重大だなあ、失敗できない」

「これってチャンスじゃない、ある意味ピンチだって・・・」

「ドキドキしてきた」


史は、そんな由紀の顔を見て、フフッと笑う。

「でもさ、僕は手伝う気はないよ」

「受験もあるし、音楽の練習もあるし」

「イタリア大使館にも、呼ばれているしさ」


真面目顔だった由紀の顔が変化した。

「え?何?史!」

「姉のピンチを救わないって言うの?」

「どうして、史は、そう冷静で薄情なの?」

結局、史に文句を言い始めてしまった。


史は、またフフンと笑う。

「さっきの仕返し!」

そして、さらに追い打ち。

「ほら!カフェ・ルミエールが見えてきたよ」

「そんな文句顔で、清さんに会うの?」


由紀の顔は、史のその言葉で、固まってしまった。





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