第486話史と洋子の不思議なデート(8)

史は、もう余分なことを言わなかった。

とにかく300グラムのフィレンツェ風ステーキを食べきることに専念する。

洋子は、その史の姿が面白い。

「どちらかといえば、繊細でお上品なキャラの史君が、必死になってお肉を食べている、これはこれで珍しいことだ」

「なかなか見られるものじゃないなあ」


ただ、洋子にとっても、かなりな量のステーキであることには変わりがない。

「うー・・・これじゃあ、ダイエットなんて無理」

「美味しいけどさ、明日、丸い顔になって、奈津美ちゃんに笑われる」

「・・・って、そんなこと言っている場合じゃない、食べなきゃ」

洋子が必死に食べながら、周囲を見ると、特にイタリア人らしき人は、「余裕」で食べている。

「この基本的な食べる体力の差があるんだ、日本人とは」

「それも、史君に教えないと」

そう思って、必死に食べていると、ルクレツィアが史の席にやってきた。


そして史に

「史君、さっきの話、お願いね」

と、ポンと肩を叩く。


史は、いつのまにかステーキを食べ終わっていた。

「はい、了解しました」

と、ニッコリとルクレツィアに返事をする。


洋子も、少し気になった。

「ねえ、ルクレツィア、史君、ピアノを弾くの?」

ルクレツィアは、洋子の顔を見た。

「うん、最初はクラシック」

と言って、少し含みのある顔。


洋子は、その含みのある顔が気になった。

「その最初ってどういう意味?」

「ルクレツィア、何かニヤケていない?」

とにかく、何かあると思った。


すると、史が

「あ、はい、洋子さん」

「ピアノを弾いて、その後、ルクレツィアさんと一緒に・・・」

とまで言いかけると、ルクレツィアがまたしても、含みのある笑顔。

「そうなの、史君のピアノで、私が歌うの」

「えへへ、いいでしょう」


洋子は、頭を抱えてしまった。

「せっかく史君とデートなのに、私がしたのは食事の指導くらい?もっと食べろだけ?」

「それなのに、涼君、ルクレツィアにガンガン引っ張られているし」


ただ、ルクレツィアも史も、そんな洋子の表情には、お構いなし。

ルクレツィアが

「じゃあ、史君、ステージに」

と声をかけると

史もアッサリ

「はい、わかりました」

と立ち上がって、ルクレツィアと歩き出してしまった。




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