第487話史と洋子の不思議なデート(9)

洋子の焦りはともかく、史はルクレツィアに腕を組まれたまま、ステージに立ってしまった。

そして、ルクレツィアが史を紹介する。

「先ほども、一部の方にはご紹介させていただきましたが、この美男子が例の史君です」

「日本でも最上級の格式を誇るお家柄、また将来有望なピアニスト、音楽家です」

「また、いつの日にか、ヨーロッパ留学を目指しているとのこと」

「その際には、まずイタリア、そのイタリアでも第一にフィレンツェに来られるようにと、今回招待をいたしました」


史が、「すごい紹介」と感じて、顔を真っ赤にして頭を下げると、会場全体から、嵐のような拍手。

そして、史は

「史と申します、是非、イタリア語をしっかり覚えて、数年後にまずフィレンツェに、その際には、よろしくお願いします」

などと、挨拶をする。

また、そこで、ものすごい拍手となる。


ルクレツィアは、史の挨拶を受けて、司会を続ける。

「さて、せっかくですので、史君にピアノを弾いて欲しいとお願いしたところ、快く引き受けていただきました」

史が、まだ赤い顔のまま、頷くと、またすごい拍手。

そして、史はステージの後方のピアノに向かう。


ルクレツィアは、それを見届けて

「こちらからは、イタリアの曲を希望しておきました」

「まさか、ここにきて、バッハでもモーツァルトでもないので」

「ただ、急なことなので、曲は史君にお任せです」

と、会場の客を見ると、また大きな拍手。

とにかく、史の演奏を期待している様子が伺える。


その史は、一旦、深呼吸、目を閉じてピアノを弾き出した。

「マスカーニのカヴァレリア・ルスティカーナ」

超有名なオペラの間奏曲である。


弾き出した途端、あちこちから、まず「ほぉっ・・・」とのため息が聞こえた。

目を閉じている人も多い。

また、低い声でハミングする人も出てきた。

中には、数小節で顔をおおって涙を流している人もいる。


ルクレツィアも泣き出してしまった一人。

「音の一つ一つが、きれいで、力強い」

「シチリアの風景が浮かんでくる」

「テンポがすごく、ゆったりとして、ピアノだけどオペラのように歌っている」

「いいなあ、この子・・・」


その史のピアノ独奏は、ゆったりと情感を盛り上げていく。

聴いている人は、もはや何も口を開かない。

ただ、目を閉じて、聴き入る状態となった。


洋子は最初から身体が震えていた。

「うわ、すっごい、音楽が大きい」

「普通はオーケストラで聞くけれど、ピアノでも音楽って、こんなに広がるんだ」

「ショパンとかモーツァルト、ベートーヴェンの史君もいいけれど、これもいいなあ、ジャズも捨てがたいけど」

そして、また新たな不安。

「もしかすると、ここで人気が出ると、史君本当にイタリアに?ヨーロッパに?」

「すっごく寂しいし、不安、嫌だ」

「なんか、由紀ちゃんの気持ちがわかってきた」

洋子は、そう思うと、音楽どころではなくなってしまった。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る