第478話大旦那の提案(3)

大旦那は、ニヤリと笑い、また真顔になった。

「ああ、そうさ、彼もそろそろ、京都の屋敷を出て、自分の店を持たせるのもいい経験さ」

「いつまでも、安全な場所にいるのも、修行にはならない」


マスターは、少し心配な顔になる。

「それはそう思うけれど、確かに京都のお屋敷の料理人だけでは、もったいない」

「しかし、彼があのお屋敷からいなくなれば、お屋敷も困るのではないでしょうか」


大旦那は、首を横に振る。

「ああ、それは大丈夫さ、彼は弟子のしつけはしっかりしている」

「厳しい部分もあるけれど、それだから、優秀な弟子が育つ」

「彼の次を任せている板も、遜色なくなってきたし、それを主任として任せることで、成長する」


大旦那がそこまで言うので、マスターは了解した様子。

「次の世代の教育の一環なんですね、これも」


大旦那は、少し笑って

「それと、彼はマスターの料理とか、洋子さんのケーキ、美智子さんのケーキもそうかな、それにも興味があるらしい、次世代の教育だけでもない、彼だって諸学を学ぶ必要がある」


マスターもトワイスアップを一口、含んで

「そうですねえ、俺も京料理を仕込まれた上で、フランス料理を勉強した」

「それで、新しい味の世界が広がったけれど、京料理、日本料理の根本を外すこともない」


大旦那は、普通の顔に戻った。

「京都の屋敷に来る方々だけではない、いろんな人と接するのも修行さ」

「ましてや京都と、東京、味の組み立ても違う」


マスターは、大旦那の顔を見た。

「それで懐石のお店だけなんですか?」

「そこで料理技術の講習場所も設けるとか?」

質問が具体的なものとなった。


大旦那は、腕を組んだ。

「だから、相談なんだ」

「採算は損をしない程度でいい、具体的な設計とか、それも含めての相談だ」


マスターは、笑ってしまった。

「しょうがないなあ、まだ構想の段階もあるんですね」

それでも、面白そうな顔。

「一度、彼と一緒に来てください、俺と彼とのほうが、具体的な話が早い」


大旦那は、マスターに頷いた。

「わかった、実は彼もそう言っている」

「金のことは全て俺に任せていいから心配するな、二人で基本設計を考えろ」

そこまで言って、大旦那も安心したらしい。

二杯目のトワイスアップを飲み始めている。



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