第479話史と洋子の不思議なデート(1)

木曜日の夜8時、史のスマホに洋子からコールが入った。

「史君、予定は大丈夫?」

史も、すぐに反応。

「わかりました、予定通り土曜日の午後6時に伺います」

洋子は、もう一言。

「ああ、お母さんには言ってあるから、心配いらない」

史も、それでホッとした様子。

「安心しました、楽しみです」

洋子の声も、明るくなった。

「とにかく私に任せてね」

史は、うれしそうな声になった。

「期待していますし、ベストを尽くします」

洋子との木曜日のやり取りは、そこまでだった。


さて、当日の土曜日の午後5時30分。

史は、紺のベルベッドのスーツ、深いワインレッドのネクタイ、しっかりと磨かれた黒革靴を履いていると、母美智子がキッチンから出てきた。


そして史に

「少し神経を使うかもしれないけれど、難しいことは洋子さんに任せてね」

少々、心配そうな顔。

史は

「出たとこ、勝負だよ、感じたままに」

と、短い答え。

母美智子は

「それにしても、そのスーツ姿を、由紀に見られないようにすぐに出なさい」

と、出発を急がせる。

史も、そんなことは、わかりきっている。

「うん、うるさいから行くよ」

と、玄関を出ていく。


さて、玄関のそんなやり取りが、なんとなく耳にはいったらしい。

二階から、由紀が降りてきた。

そして、母美智子に尋ねる。

「ねえ、史は?声がしていたけれど」


母美智子は

「えっと、今日は大切な用事があって、出かけました」

「今夜は、少し遅くなるかな」

とだけの答え。


由紀は、それでムッとする。

「何?それ!史もお母さんも、私知らないよ、そんなこと」

「どうして秘密主義なの?」

「私には言えないことってあるの?」

とにかく、文句タラタラとなってしまった。


しかし、母美智子は、そんな由紀には一歩も引かない。

「あなたね、どうして史のことになると、一々口を出したがるの?」

「史は、大切な用事があって、安心できる人と一緒なの」

「だいたい、由紀と一緒のほうが心配だもの」

「愛華ちゃんと加奈子ちゃんの時だって、あなたが変な口を出して、大混乱させたんでしょ?」

「マスターから聞いて、ガッカリしたもの」

「それに何?今日だって史は、二階の廊下の掃除、新聞、雑誌、ダンボールの整理も全部やった、あなたの仕事のお庭の雑草抜きも全部やった」

「それも、何の文句も言わずにね、あなたは何かしたの?」

「ほんと、やるべきことをやらず、史に文句ばかり言って困らせる」

「今日のことだって、あなたに言うと大混乱になるかもしれないから、黙っていたの、わかる?」

結局、洋子からの史借り出しの連絡は、母美智子止まりだったようだ。














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