第366話京都での披露宴(9)

お屋敷の給仕たちが一斉にワゴンを持ち、厨房から出てきた。

途端に、濃厚な香りが宴会室全体に漂い出した。


そして、白くて小さめのカップに入れられたビーフシチューが銘々に配られていく。


大旦那がまずニッコリする。

「佳宏特製のビーフシチューかあ・・・これはこれは・・・」

奥様も、うれしそうだ。

「そうですねえ、ホテルで食べた時に、本当に驚きました」

「あの佳宏君が、こんな素晴らしいものを作るなんて」


晃の目も輝いた。

「とにかく絶品、他の料理も美味しいけれど、特別」

美智子は、少し複雑な顔。

「マスターにレシピ教えてって聞いたけれど、なかなか教えてくれなかった、秘伝の味って言い張ってね」

由紀は

「私は、そういうのはいいの、とにかく美味しいだけ」

目を閉じて、幸せそうに肉を口に入れる。


史は、それでもいろいろ考える。

「牛バラ肉だよね、赤ワインで二時間から三時間かな、漬け込む」

「そして、一度焼き色をつくぐらいに肉だけを焼いてて、また肉が柔らかくなるまで煮込む」

「隠し味には、おそらく、たまり醤油とみりん」

「とにかく煮込むんだね、きっと」

「・・・でも、途中で・・・少し変えると」

何かを考えついたらしい。


加奈子は、そんな史の味覚にびっくり。

「まじ?史君、なんでわかる?」

「うちも、由紀ちゃんと一緒や、美味しいだけや」

そう言いながら、加奈子はスプーンが全く止まらない。

ただ、夢中になって食べている状態は、加奈子だけではない。

祝宴に出席した全員が、目の色を変えて、マスターのレシピで作ったビーフシチューを夢中で食べているのである。


そんな宴席の様子を見たマスターは

「ふふ、やったぜ!」

と、小さなガッツポーズ。


涼子は

「ねえ、あれ、お店で出せないの?」


マスターは、少し難しい顔。

「ああ、出したいんだけどねえ、何しろ煮込み、漬け込み含めて、五時間はかかるなあ、ホテルとかこういう宴席だから出来る」


しかし、涼子は、引き下がらない。

「レシピあれば私が作る」

「教えてくれるよね」

そのまま、マスターの指をキュッと握る。


マスターは、思わず苦笑い。

それでも

「もうちょっと細工しようかなとは思っている」

「その時には、頼むよ」

「あ、史君も呼ぶかな」

と言いかけ、史をチラッと見ると、史もマスターの視線に気がついたらしい。


史がマスターと涼子の前にやってきた。

そして

「ねえ、マスター、すごく美味しい」

「でね、途中からさ、別バージョンでね」

どうやら、史は別レシピを考えだしたようだ。

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