第145話マスターのお説教(1)

合唱部のコンクール打ち上げパーティーも終わり、夜十時のカフェ・ルミエールは、いつもの静穏な雰囲気である。

そんなカフェ・ルミエールに一人のスーツ姿の中年女性が入ってきた。

中年といっても、シワもあまりなく三十四、五歳か、中年と見てしまうのは、そのやつれた雰囲気のせいかもしれない。


「いらっしゃいませ」

美幸が、声をかけると、その女性はカウンター席に座った。


「・・・はい・・・」

声からして、少し元気がない。

それには美幸も心配になるけれど、余分な声はかけない。

黙って注文を待つ。


「すみません、あの・・・」

ようやく、その女性は注文を決めた。

「トワイスアップで」

まだまだ、その声も小さい。


「わかりました、お待ち下さい」

美幸は、頭を下げ、トワイスアップを作りはじめる。


その女性客は、美幸の顔をチラリと見て、またうつむいてしまう。

そして、疲れた顔はそのまま、顔をあげることはない。


「お待たせしました」

トワイスアップが程なくできあがり、美幸はその女性客の前に置いた。


「はい、ありがとう・・・」

「ここのが飲みたくて」

まだまだ、声は小さいけれど、女性客はトワイスアップを一口。


「うん・・・美味しい・・・」

女性客の言葉としては、そこまでだった。

もう一口、トワイスアップを口に含むと、飲み込むのが精一杯。


「うっ・・・うっ・・・うっ・・・・」

その女性客は、顔を抑え、泣き出してしまった。

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