第144話コンクールの打ち上げパーティー(完)

日頃、文句しか言っていない史に、無理やり手を引っ張られ、由紀としては全く気に入らない。

「何?弟のくせに!」

「軟弱な史のくせに!」

そうは思っても、「私は合唱部の部長だ。おまけに、母美智子もいるし」で、あまり盛大な「姉弟ケンカ」も出来ない。


ただ、史は、そんな由紀の考えなど何も気にしない。

ピアノの前の椅子に座り、由紀には合図もしないでイントロを引き出してしまった。


「う・・・歌の翼?」

由紀は、すぐにわかった。

メンデルスゾーンの名歌、「歌の翼にで」ある。


「テンポはちょうどいいなあ」

結局、由紀は歌い始めてしまう。

そして、史も「当然のごとく」ハモリをつける。



「ほぉ・・・二人とも声がきれいだなあ」岡村

「いや、上手だ、これはこれは・・・」榊原

「史君は声楽にも才能があるんだ、音大にいれたいなあ」内田

音楽の先生方は、聴いているけれど、合唱部の生徒たちは、途中から我慢できなくなったようだ。

結局、全員で歌い始め、大合唱になる。


その後は史のピアノに合わせて、コンクールの曲はもちろん、クラシックからポップスまで、十曲以上全員で歌い続けるのである。


「はあ・・・気持ちよかった」

由紀は。歌い終えて、それでも史を「ほめよう」と思った。

由紀も合唱部の部長として、ずっとストレスがあったし、優勝でホッとした部分がある。

そのストレスを歌で洗い流そうという、史は「たまにはいいことをする」で、ほめようと思ったのである。


・・・が・・・しかし・・・


史には声をかけられなかった。

史が「水を飲む」と、ピアノの椅子から立った途端、由紀以外の合唱部員全員に囲まれてしまったのである。

それも

「ねえ!私とデュエットしよう!」

「うん、私も!」

「そのあとインタヴューね!」

「必ずだよ!」

まあ、凄まじい群れ・・・水を飲むどころの状態ではない、身動きもできない。



これには、母美智子も

「えーーー?どうしよう・・・」だし

岡村先生と榊原先生、マスターまでニヤニヤ。

内田先生は、手を打って大笑い。


洋子や奈津美、結衣、彩は呆れている。


由紀は

「やはり史はアホだ!家に帰って叱ることにする」

「無防備の極みだ、そのうえ無神経!」

「里奈ちゃん、涙顔だし・・・」


ただ、打ち上げパーティー終了後は、史は里奈とサッと帰ったようだ。

何しろ、「お開き」の声がかかった途端、史と里奈の姿がどこにもない。


「ふ・・・さすが、史君と里奈ちゃんだ」

「でも、どこにフケたのかな」

マスターはここでもニヤリである。

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