☆
サチはちゃんと家までわたしを送ってくれた。
また会えるか。と聞くと、いつかな。と答えてくれた。
なんでもない会話のはずが、何か心に引っかかりを残した。
それは夕食を食べ終わり、おじいちゃんと縁側でゴロゴロしている時まで続いた。
「そういえば、夏希や」
「何?」
「夕刻に会った青年は、もしかしてサチ君ではないのか?」
「おじいちゃん、サチのこと知っているの?」
反動をつけて、上半身を起こし、おじいちゃんを見下ろした。
「知っているも何も、あやつのことを知らん村人など、この指ほどおらんわい」
おじいちゃんは両足を突き出し、器用に指を順番に動かしていく。正直言って、ムカデやケムシを思い出すので、気持ちが悪い。
「おじいさん、なっちゃんが嫌がっていますよ。お止めなさい」
おばあちゃんに窘められ、おじいちゃんはしぶしぶ、足を床に置いた。
「なっちゃんは、さちさんのことが知りたいんだね?」
「知りたいって言うか、何か気になるんだよね。しいて言えば変人なのか、お人好しなのか、微妙なところの人」
正直に話すと、おばあちゃんはうふふふと、笑いを零した。
目を細めて唇を軽く引き、優しい面差しでおばあちゃんは、サチのことを話してくれた。
「あれは、何年前のことだったかな。さちさんがまだ、十五のときだったと思うわ。この村に引っ越してきた若夫婦と一緒に、ふてくされた顔をして、ちっとも愛想の無くって、こちらから近づいてもすぐに逃げてしまう、なんか氷のような子供だったのよね」
想像がつかない。今日一日で、サチについて分かった事といえば、良く笑い、愛想が良くって、子供たちに人気者、ということだ。
それが、この村に来た当初は、ふてくされて、愛想が無く、氷のような少年というのだから、信じられないの一言しかでない。
「それで、どうなったの」
「それで……子供たちは、冷たいさちさんを敬遠して、疎む行為をしたわ」
つまりいじめだ。
そりゃあ、誰だって冷たい人間とは、一緒にいてもつまらないから、遊びはしないだろう。実は、わたしも、あまり口数の少ない友達はいないほうだから、その子たちの気持ちが少し分かる。
しかし、サチはどうだったのだろう。
考え込むわたしに、おばあちゃんは口調を少し弾ませて話を続けた。
「それからしばらくして、さちさんにお友達ができたのよ」
「友達?」
「そう、さちさんとは正反対の性格をしていて、とても、元気で明るくってガキ大将なのに、とても博学な子だったわ」
おばあちゃんはまるで、わが身に起こったことの様に話してくれた。遠い目をして話す横顔は、なんだかいつも以上に優しく見えた。
「その子は、隣町に住んでいてね。学校が休みになる度に、この村にやってきては、さちさんと一緒に釣りをして遊んでいたわ。釣り餌がどんなのかも知らないさちさんを、度々驚かしては、二人楽しそうで…………幸せそうだった」
おばあちゃんは声のトーンを落とし、部屋に沈黙を招き入れた。
しかし、聞けば聞くほど、今のサチとは思えないほど、都会っ子のようだ。今のサチを知っている分、ギャップが埋められない。
続きが気になり、わたしは身を乗り出した。
「それで、どうなったの? もしかして終わり?」
「死んだんだよ」
「え?」
答えたのはおじいちゃんだった。
「友人と一緒に山の神様の寺を見に行く途中、友人が足を滑らせたさちを助けようとして死んだ。これが、あの男にまつわる全てだ。分かったら、もう寝なさい。子供は夜遅くまで起きていると、山神様が迎えに来ちまうよ」
わたしはおじいちゃんに促されるまま、寝室に行った。
畳の上に布団が敷かれ、布団を囲むように蚊除けの網が、天井から下がっている。
わたしは少し網を持ち上げて、布団の中に納まった。今日も暑いので、タオルケットはお腹の部分だけかけておく。
仰向けになって目を閉じる。
ちょっと不思議で変な気持ちが胸の中に充満している。
サチを助けようとした友人。
今と違うサチ。
サクラさんの言葉。
サチとの出会い。
一期一会の出会いが、今日はたくさんあった。昨日までは知らない人。でも今日は知っている人。知人。他人。友人。見知らぬ人。これらは全て対になっている。
昼間のサチの歌。あれの本当の意味は、生きている人は、人が手を触れられる海や魚を表して、死んでいる人は空や雲、人が絶対に触れられないものを表しているのではないか。 そんな気がした。
いつものわたしでは、絶対に思いつかない難しいことを考えている。これはきっと、サチの話を聞いたせいだと思った。
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