サチはちゃんと家までわたしを送ってくれた。

 また会えるか。と聞くと、いつかな。と答えてくれた。

 なんでもない会話のはずが、何か心に引っかかりを残した。

 それは夕食を食べ終わり、おじいちゃんと縁側でゴロゴロしている時まで続いた。

「そういえば、夏希や」

「何?」

「夕刻に会った青年は、もしかしてサチ君ではないのか?」

「おじいちゃん、サチのこと知っているの?」

 反動をつけて、上半身を起こし、おじいちゃんを見下ろした。

「知っているも何も、あやつのことを知らん村人など、この指ほどおらんわい」

 おじいちゃんは両足を突き出し、器用に指を順番に動かしていく。正直言って、ムカデやケムシを思い出すので、気持ちが悪い。

「おじいさん、なっちゃんが嫌がっていますよ。お止めなさい」

 おばあちゃんに窘められ、おじいちゃんはしぶしぶ、足を床に置いた。

「なっちゃんは、さちさんのことが知りたいんだね?」

「知りたいって言うか、何か気になるんだよね。しいて言えば変人なのか、お人好しなのか、微妙なところの人」

 正直に話すと、おばあちゃんはうふふふと、笑いを零した。

 目を細めて唇を軽く引き、優しい面差しでおばあちゃんは、サチのことを話してくれた。

「あれは、何年前のことだったかな。さちさんがまだ、十五のときだったと思うわ。この村に引っ越してきた若夫婦と一緒に、ふてくされた顔をして、ちっとも愛想の無くって、こちらから近づいてもすぐに逃げてしまう、なんか氷のような子供だったのよね」

 想像がつかない。今日一日で、サチについて分かった事といえば、良く笑い、愛想が良くって、子供たちに人気者、ということだ。

 それが、この村に来た当初は、ふてくされて、愛想が無く、氷のような少年というのだから、信じられないの一言しかでない。

「それで、どうなったの」

「それで……子供たちは、冷たいさちさんを敬遠して、疎む行為をしたわ」

 つまりいじめだ。

 そりゃあ、誰だって冷たい人間とは、一緒にいてもつまらないから、遊びはしないだろう。実は、わたしも、あまり口数の少ない友達はいないほうだから、その子たちの気持ちが少し分かる。  

 しかし、サチはどうだったのだろう。

 考え込むわたしに、おばあちゃんは口調を少し弾ませて話を続けた。

「それからしばらくして、さちさんにお友達ができたのよ」

「友達?」

「そう、さちさんとは正反対の性格をしていて、とても、元気で明るくってガキ大将なのに、とても博学な子だったわ」

 おばあちゃんはまるで、わが身に起こったことの様に話してくれた。遠い目をして話す横顔は、なんだかいつも以上に優しく見えた。

「その子は、隣町に住んでいてね。学校が休みになる度に、この村にやってきては、さちさんと一緒に釣りをして遊んでいたわ。釣り餌がどんなのかも知らないさちさんを、度々驚かしては、二人楽しそうで…………幸せそうだった」

 おばあちゃんは声のトーンを落とし、部屋に沈黙を招き入れた。

 しかし、聞けば聞くほど、今のサチとは思えないほど、都会っ子のようだ。今のサチを知っている分、ギャップが埋められない。

 続きが気になり、わたしは身を乗り出した。

「それで、どうなったの? もしかして終わり?」

「死んだんだよ」

「え?」

 答えたのはおじいちゃんだった。

「友人と一緒に山の神様の寺を見に行く途中、友人が足を滑らせたさちを助けようとして死んだ。これが、あの男にまつわる全てだ。分かったら、もう寝なさい。子供は夜遅くまで起きていると、山神様が迎えに来ちまうよ」

 わたしはおじいちゃんに促されるまま、寝室に行った。

 畳の上に布団が敷かれ、布団を囲むように蚊除けの網が、天井から下がっている。

 わたしは少し網を持ち上げて、布団の中に納まった。今日も暑いので、タオルケットはお腹の部分だけかけておく。

 仰向けになって目を閉じる。

 ちょっと不思議で変な気持ちが胸の中に充満している。


 サチを助けようとした友人。


 今と違うサチ。


 サクラさんの言葉。


 サチとの出会い。


 一期一会の出会いが、今日はたくさんあった。昨日までは知らない人。でも今日は知っている人。知人。他人。友人。見知らぬ人。これらは全て対になっている。

 昼間のサチの歌。あれの本当の意味は、生きている人は、人が手を触れられる海や魚を表して、死んでいる人は空や雲、人が絶対に触れられないものを表しているのではないか。 そんな気がした。

 いつものわたしでは、絶対に思いつかない難しいことを考えている。これはきっと、サチの話を聞いたせいだと思った。


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