☆
サチが選んだものは、『半分個はイチゴミルク味 当たりつき』と表示された棒アイスだった。
サチはサクラにお金を渡すと、アイスを包んでいるビニールを破り、棚と棚とに挟まれたゴミ箱に捨てる。
中の棒アイスは白くて棒が二つあり、棒と棒との間に切れ目が入っているものだった。
飲むアイスではよく見かけるが、棒アイスで半分個にできるアイスは初めて見た。
サチは両手で棒を掴み、外側に軽く力を入れた。ボキッ、棒アイスは見事、二つに割れて細くなった。
「ほれ、お前の分」
差し出された棒アイスを受け取り、わたしは上目使いでサチを見た。
「あ、ありがと……」
サチはニカッと、笑って答えた。
わたしは、薬のビンをお菓子棚に置いて、一口目を食べた。
棒アイスの味は、なんと言うか独特な風味だ。
表示されていた『イチゴミルク味』など、真っ赤な嘘だ。と言いたいほどイチゴの味がしない。
するのは薄まったミルク味。クーラーボックスの中で長く眠っていたせいなのかは知らないが、周りに付いた氷にアイスの味が盗られて、イチゴの味が全然しないのは確かだ。
牛乳に水を大さじ二杯、入れたらこの味になるかもしれない。
サチはどうなっているのか気になり、見上げると、まったく気にした様子はなかった。一度、くわえた棒アイスを口から出して舐めていたり、舌が痛くなったのか、今度はアイスを前歯で削りながら食べ始めた。
もしかして、おいしくいただいているのだろうか。
わたしは自分の溶けかけているアイスを睨むと、思い切って口の中へ突っ込んだ。
すると、脳天まで響き渡るような激痛が頭と舌を襲い、背中から足の先まで一気に悪寒が走り去って行った。悪寒の後に残ったのは、無数の粒々である鳥肌たちだった。
わたしはすぐにアイスを口から出して叫んだ。
「冷た―――い!」
慌てふためくわたしの様子に、サチはわたしの頭を二度、軽く叩いた。
「これも、夏の醍醐味、だろ?」
わたしは何も言えず、サチを見上げた。
サチはわたしの頭に、手の平を置いたまま、自分のアイスを食べていく。わたしもそれに従って、味気の無いアイスを黙々と食べていった。
アイスが残り三分の一になったところで、わたしは棒の異変に気が付いた。薄い色をした木の棒に、赤い字で何か書かれている。
「お! ラッキーだな。それ当たりだぞ」
わたしはせっせと残りを食べつくして、もう一度、棒の字を見る。
『当たり もう一本!』
「それじゃあ、もう一本、貰うか?」
わたしは首を左右に振った。
「また今度にしようよ。今日はもう、一本食べてるしさ」
わたしの言葉に、サチは残念そうに眉を下げた。
やはりあのアイスが好きなようだ。
わたしは当たりの書いてある棒を、ティッシュで包み、ポケットの中に入れた。
棚に置いておいた薬ビンと、サクラから貰った水を手に取ると、わたしは手の平にカプセル剤を取り出し、水と一緒に飲み込んだ。味は特に無い。
紙コップの水をすべて飲み干すと、棚に隠れているゴミ箱へと捨てた。
「それじゃあ、そろそろ帰るとするか、親御さんが心配するだろうしな」
わたしはレジの上に飾ってある丸い時計を見て驚いた。
もう、四時に近かった。
「じゃあな、サクラ姉さん。また、いつかな」
「サチ、あんたも体を壊すんじゃないよ。友人も、それを心配しているだろうしね」
サチは苦笑いを浮かべて、駄菓子屋を出た。わたしも、早足で駄菓子屋の出入り口まで行くと、振り返る。
「あの、ありがとうございました。それじゃあ、さようなら」
サクラは微笑みながら、手を振ってくれた。
駄菓子屋から出ると、サチが釣り竿を肩に置いて待っていてくれた。わたしが出てくるのを見ると、彼は踵を返して歩き出し、わたしは後ろから連いていった。
すでに日は傾き、橙色へと変わっていた。東京とは違い、雲の影がしっかりとしていて、色も濃い。
森の色も、ただの緑から黒に近い深緑へと変わってきている。これで鳥でも飛んでいたら、さぞ綺麗だっただろう。しかし、残念ながら、一羽もい
ない。声は聞こえるから、多分どこかの木に留まっているとは思う。
わたしは視線を落とし、前を歩くサチの背中を見つめる。
サチの背中はとても広く感じる。それは大人だから、というのもあるけど、少し違う。世界を見ているといった感じだ。
今日、わたしはサチを不審に思い、ずっと警戒していたのだが、今ではそんな思い、ほとんど見当たらない。
サチは、きっと初めから私のことを信用していたのだ。どんなにわたしが冷たくしても、彼はそれを笑顔で受け止めてくれる安心感。
それが彼にはあるのだ。
「ん? どうした」
わたしは自分でも気がつかないうちに、サチのシャツの端を掴んでいた。
「な! な、な、な、な……」
サチはニコリと笑い、手を差し出した。
前に差し出されたては無視したが、今度の手は握り返してあげた。
今年最大の熱さを誇る日に、手なんかを握ったから、体が熱くなったのだと、わたしはそう思った。
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