9.ワイズサードの秘密 『少女に手を差し伸べる、掛け替えのない友』

人工の光と言うものは、人が暗闇から逃れるために作られたものだ。しかしその場にある光は、暗闇を消し去るにはか細く、意味をなしているようには見えない。

ただ、ボォッと二つの人物を浮かび上がらせることはできていた。

一人は長身の、若いとは言えないが歳をとったとも言い難い、そんな微妙な位置に属する女性であった。長い髪は少し波を打ち、腰のあたりまで伸びている。服装は、黒いドレス。ただ、ドレスと言っても豪華絢爛な物ではなく、不必要なパーツを取り除いた質素なものであった。

もう一人は、十代半ばごろの少女。何度もイースフォウを襲撃した少女、イズミコであった。恭しく膝を地面につけ、長身の女に頭を下げている。

「良くやりましたわね。少々手こずったようですけど、言いつけ通り、二つの旧文明の遺産を持ってきましたね」

長身の女性の手の中には、『黒影黒闇石』と『プロダクト・オブ・ヒーロー』が握られていた。

「これで私の願いも、叶えられますわ。……永い、永い道のりでした」

本当に嬉しそうに、長身の女は二つの旧文明の遺産を見つめる。

その様子を、イズミコはぼぅっと眺めていた。

嬉しさはある。自分の力が、目の前の女性の力になれたのだ。それは長年夢見てきたこと。長年自分の原動力になってきたこと。

その為ならば、なんだって出来た。自分を頼ってくれるものを蹴落としも出来たし、無関係な人から物を奪うことも出来た。

そして達成した。危うい場面もあったが見事この人の手の中に、目的のものを渡すことが出来たのだ。

(……なのに、心が重い)

理由など解っていた。

この人の願いを叶える事は出来る。この二つのアイテムはその願いを叶える一つの要素でしかないようだが、この人の願いを叶える事は手伝えるのだ。

だが、それは果たしてこの人の為の事なのだろうか。

イズミコは考える。思えばこの人は、この二つの遺産で何をしようとしているのだろうか。

『黒影黒闇石』は破壊の石。今はその能力のほとんどを凍結させているようだが、すべての能力を開放すればその力で世界を数度と滅ぼせるらしい。『プロダクト・オブ・ヒーロー』に関しても現在はその能力のほとんどを失っているようだが、もともとは世界を滅ぼす要因に対しての対抗として作られた強力な道具であったという。

何度考えても何度想像しても、イズミコの心は不安で押しつぶされそうであった。

(そんなもの、『絶対に良くないこと』に使うにきまってる……)

女性の願いは叶う。でも、それは彼女のためにならないのではと、今更ながらイズミコは思う。

それはきっとこの深い闇から抜けだす最後のチャンスを不意にして、自分にさしのばされた手を振りほどいて帰ってきたからだと彼女は考える。

だからだろうか、今更もう手遅れだというのに彼女が女性に訪ねていた。

「一つ、伺っても良いでしょうか?」

「……何? 35号」

35号。イズミコはその呼び名に対して、ズキリと心が痛んだ。

相手は自分に対して、何の感情も持ち合わせていないのは明白だ。それに対し、自分はなにをしようとしているのだろう。何をしようとしていたのだろう。

報われないことは解っていた。だが、それでもイズミコは口を開いた。

「その二つの遺産を使って、何をなさろうとしているのですか?」

「……余計な疑問は持たないように教育したつもりでしたけど……。まあ、良いでしょう。話して差し上げますわ」

腑に落ちない表情をしながらも、彼女はそう言うと近くに置いてあった大型のモニターを起動させる。

「ほら、来なさいな。これを動かすために、この二つが必要だったのですわ」

イズミコは怪訝な表情を浮かべながらも、言われた通りにモニターの前まで足を運ぶ。

「設計図を手に入れてから10年間。本体の完成が2年前。それから起動方法を模索して、旧文明の遺産を探し出して、あなたに回収を頼んで。ここまで来るのに苦労しましたわ」

どこか達成感溢れる声色で、女はイズミコに話す。

しかし、イズミコはそれどころではなかった。

「……こ、これは」

食い入るように画面にかじりつく。

それは、一個人では所持してはならない代物だった。

いや、『ならない』などという言葉で済まされようか。

こんなもの用途はただひとつなのだ。そしてそれはどう転んだとしても、けして良い結果を残さない。

しかも……、

「こんなものが……完成した?」

信じられなかった。予想以上だった。

この女が何を願って、何を達成しようとしているかは解らない。

だがここで止めなければ、どの道最悪の結末を迎えてしまう。

「でも、残念ですわ。変な疑問を覚えなければ、あなたはまだ私の力になれたのに」

不意に、イズミコは耳元でささやかれた。

あわてて振りかえる。そこには、女の顔がある。

ニコリと、満面の笑みを浮かべた女。

それは本当に、本当にうれしそうで……。

「今までありがとう、35号」

次の瞬間、イズミコの頭は真っ白になった。




ヴァルリッツァーの家に生まれて14年。しかし、自分はまだまだ自分の家について知らないことが多かったことを思い知らされた。

確かにさまざまな方面に、それなりに影響力のある家系だとは知っていた。特に本家は、今でも軍への影響力が強いと聞いていた。

だがまさかこの事態になってもなお、ヴァルリッツァーの言い分がまかり通ってしまうとは……。

ヴァルリッツァーの当主はあの後、すぐにイースフォウにクロとヒールの奪還を命じた。なんでも「アレが世に知れ渡るのは、ヴァルリッツァーとしてまずい」のと、「そもそも、ヴァルリッツァーの使い手としておめおめと引き下がるのは許さない」との事を理由に挙げていた。

コルダ達ハノンの家族は反論した。どうにも旧文明の遺産とは少なからず因縁があったらしい。しかし、ヤマノ教師がそれをやんわりと止める。曰く、「ヴァルリッツァー当主の発言力は、下手な佐官よりも大きい」らしい。軍の体制の問題を強く非難するコルダ達であったが、最終的にはその話を飲むよりほかはなかった。

敵の居場所に関しては、実にあっけなく判明してしまった。もともとヴァルリッツァーの当主レジエヒールは、ワイズサードからこれらの旧文明の遺産の存在を知らされていた。その為流石に何の手を打っていないことも無く、その危険性からある種の保険を用意していた。

発信器である。

もし何者かに奪われたとしても、すぐにその場所が解るよう旧文明の遺産に発信器を埋め込んでいたのだ。

そして今イースフォウの眼前にそびえたつ廃工場が、敵のアジトであることが発信器の信号により判明していた。

場所は偶然か、はたまた関連があるのか、例の公園の近所であった。

その廃工場は十数年ほど使われていないという。もともとは伝機を作る工場であったようで、それなりな規模の施設である。閉鎖後、ある女性がこの工場を土地ごとかったは良いものの、持て余したようでそのまま使われた形跡もない。表向きはそんな工場である。

だが、確実に発信器の反応はこの工場から発せられえている。間違いなく、黒もヒールもこの工場の中に居るのだ。そして、あの少女も……。

イースフォウは伝機を握りしめる。当主より借りた、ヴァルリッツァーの伝機『シルフロンド』。あくまで予備の伝機とのことであったが、ヴァルリッツァー用にカスタマイズされた伝機のため、イースフォウでも難なく使えた。形状は槍に近い。普段より剣型の伝機を使っているイースフォウだが、やはりヴァルリッツァーに適応するのか、手に馴染んで使いにくさを感じなかった。

「……さて、ここまで来たは良いけど、どうしようかなぁ」

初めはこっそりと侵入し、相手の不意を突こうかとも思った。しかしいろいろ考えているうちに、彼女としてもどの作戦もいまいちピンと来なくなってしまった。もはや、正面突破で殴りこみをしても、他の作戦と大差はないようにも感じている。

彼女も自分の考え方がひどく大雑把だと思う。しかしそれも仕方が無い。正々堂々の一騎打ちを主体とするヴァルリッツァーは、不意打ちの技術をほとんど学ばない。またヴァルリッツァーの仙機術使いは、無意識のうちにそれを避けてしまう。

イースフォウも落ちこぼれとは言え、典型的なヴァルリッツァーの術者として育ってしまっていた。

敵の施設の情報も無い。敵の戦力も解らない。そもそも敵の目的も解らない。

何しに来たんだか、と苦笑する。

「ま、とりあえず正面突破かな。……充伝器は2つか。とにかく、発信器を頼りに突撃して、敵に構わず奪取。後は全力で逃げ帰るって感じでいいか」

「……馬鹿じゃん?」

不意に、イースフォウの後ろから声が響いた。

「いくらなんでも、軍に関係する術者が考える作戦とは思えないじゃん。ほんと、いつまでたっても落ちこぼれじゃん?」

鋭く、そして呆れたようすの指摘に、イースフォウは振り返る。

「……ハノン、どうしてここに?」

銀色の髪をなびかせ、おさない少女がそこに居た。

「イース一人じゃ頼りないじゃん? コル姉が手伝って来いって」

「嘘はよろしくないでしょう。止められるの解っていたから、黙って抜け出してきたのでしょう?」

「エリスも……」

桃色の髪をなびかせながら、エリスがふわりと現れる。

「探知術を使用しましたが、そこまで警戒された作りになっていません。流石にこちらの存在には気付いているようですが、かと言って警戒態勢は取っていないようです。……内部に居る人の数は……4人ですね」

「4人か。それだったら人数的に遅れはといらないわね。十分、勝てる戦だわ」

「森野先輩……」

ゆっくりと金髪をなびかせて、森野が近づいてきた。

「本当は手出しするつもりもなかったんだけど、……レッテちゃんが行って来いって聞かないから。今回は手伝ってあげるわ」

「……ありがとう。3人とも。手を貸してくれるんだ」

「いいじゃん。私たち友達なんだから!!」

「旧文明の遺産が絡んだ事件は、今後の経験に役に立つだろうと考えただけですけど」

「ま、後輩だけでやらせるなんて、ほっとく事も出来ないからねぇ」

一通り主張を終えた4人は、笑いあった。

奇妙な縁。けして優秀ではない4人だが、それでもこの場を切り抜けるには最高のパーティに思えてならなかった。

「で、駒もそろったわけで、イースちゃんはどう作戦を考える?」

森野の問いかけに、イースフォウは思案する。

4人と言うことは、4方向の攻撃や挟み撃ちの攻撃が出来るのだ。だが森野と自分はともかく、エリスとハノンは支援系の能力。ハノンはまだ実戦慣れしているが、エリスは単体では能力を発揮できないだろう。

ということは、2チームに分けての挟み撃ちが有効に思える。

「エリスちゃん、この建物の構造って解る?」

「元々国立の伝機の生産工場だったみたいで、建てられた当初の図面は、国のデータベースに残されていました」

そう言って、伝機のホログラム機能を使い、図面を表示させる。

「出入り口は、東西南の3か所か……。3方向同時攻撃は……戦力分散につながるわね」

「しかし森野先輩、4人で固まって突っ込んでも、一網打尽になる可能性が高いです。如何に広い工場とはいえ、固まって行動するメリットはあるかどうか微妙な線だと思われます」

エリスのその指摘に森野はうなづく。

「じゃあ、もう二手に分かれて挟み撃ちにすれば良いじゃん」

そのハノンの案に、森野は答える。

「確かに、それが一番理想的なんだけど、だからこそ、相手もそれを読んで仕掛けてくると思うわ。わざわざ相手の予測する編成で突っ込むのは、馬鹿を見るわね」

2チームに分かれる案も、森野としては懸念が残るように感じる。

では如何すればいいのか。奇を狙いすぎても上手くいくかは微妙。王道を走っても相手に読まれるのが落ち。

挟み撃ちをしつつ、なおかつ相手がそこまで想像しそうにない手は……。

ふと、イースフォウは工場の図面を見る。

「……ねえ、エリス。この部分って作りは頑丈かな?」

「作り……ですか? ……ん~、あまり重要な区画ではなかったようですね。壁自体はコンクリですが、そこまで厚くないようです」

その答えを聞いて、イースフォウはにやりと笑う。

「こういう作戦はどうかな?」

その作戦は、おそらくその場で思いつく最大の手であった。

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