9.ワイズサードの秘密 『少女が語る、父の秘密』

イースフォウが目を覚ますと、覚えのない場所に居た。見たこともなく、想像もできない場所。というのも前回と違い、解りやすく病院でもなかったのだ。

彼女の自室かと言われるとそうでもない。民家かどうかは解らないが、ごく一般的な住居といった部屋であった。

と、そこで一つ気付く。壁が特殊な作りをしている。

丸太だ。……丸太と言えば彼女としても一つだけ思い当たる家がある。

しかしそんな記憶を探るようなことをしなくても、イースフォウはその部屋の主が誰かをはっきりと理解出来た。

自分が寝ているベッドの上。イースフォウの腕のあたりに、イスに座りながらベッドに頭を載せた状態で、銀髪の少女が寝息を立てている。

「ハノンの家か……」

どうやらベッドを占領してしまったらしい。

そっと自分の胸元に手をやる。

期待した感触はない。いつもあるはずのものが、そこには無かった。

大きく息を吐く。前回は大きく動揺してしまったが、今回は違う。

確かに奪われた記憶がある。あれが夢だとは思えない。

自分が身に付けていないということは、やはり……。

「ずいぶんと冷静じゃない。この前の病院では大騒ぎだったのに」

不意に部屋の扉が開かれた。

森野であった。何とも難しい表情で、イースフォウを見ていた。

「身体の調子は大丈夫? この前みたいに病院に連れていってないから、大した検査も出来ていないのよ」

そう言われて、イースフォウは体に力を入れてみる。

痛みは……ほとんど無い。思いっきり殴られた記憶があるのだが、頭も、腹も、手足も、若干だるい気がするが問題なく動く。

「大丈夫みたいです。むしろ、不思議なくらいに……」

「レッテちゃんが治療系の獣を召喚してくれたのよ。切り傷や打撲程度なら、半日寝れば直せるってね」

「半日……」

その言い方はつまり、イースフォウは少なくとも半日は寝ていたことになる。

イースフォウのの様子に感付き、森野は現在の時刻を伝える。

「あなたが戦闘行為を行ってから、すでに十時間経ったわ。今は午後八時。さっき、皆で夕食を食べたところ。……ま、ハノンちゃんは食事も喉に通らなかったみたいだけど」

「森野先輩……、あの」

「別に弁解はいらないわ。謝罪もいらない。……でも、私たちが求めるものは解っているわよね?」

「……一応、先に聞きたいことがあるのですけど、わたしの伝機は……?」

その言葉に、森野は首を横に振る。

「無かったわ。あなたのストーンエッジはあの場所に無かった。見えない場所に落ちていたとしても、人工知能を搭載しているあの伝機なら、向こうから教えてくれるはず。それも含めて、あの場所には何もなかったわ」

「……そう、ですよね」

「今度こそ、教えてくれるのよね?」

「皆は、隣の部屋ですか?」

イースフォウの問いかけに、森野はゆっくりとうなづいた。

「皆にも、話します。私個人のことだけど、巻き込んでしまいました」

ベッドからゆっくりと降りる。

と、その腕が何かにつかまれていた。

ハノンである。

「……ハノン、ごめん起きて」

「ん?……ふわ」

何ともかわいらしい声で、目をうっすらとあけて、彼女はイースフォウをボーっと見つめた。

「………この」

そして、ぎゅっとイースフォウの腰のあたりに抱きついた。

「バカイース………」

「……ん、ごめんね」

その頭を、イースフォウはゆっくりとなでた。




「ストーンエッジ。あの伝機は本来ならば人工知能なんて付けてないんです」

部屋をリビングに移動すると、イースフォウは集まった面々に向かって、そのように話し始めた。

そこには森野とハノンの他に、エリス、レテル、コルダ、フラジオレッド、マイノモミジ、朝と同じ面々がそろっている。

「そもそもその技術こそ高度とはいえ、ヴァルリッツァー仙機術の戦い方はそこまで複雑ではないんです。人工知能のような戦闘補助はむしろ邪魔になる……。ストーンエッジはヴァルリッツァーがオーダーメイドで作った伝機です。そんなものが付いてくる必要性は無いんです」

「だがオプションとして、人工知能を後付けすることは不可能ではないだろう?」

マイノモミジの指摘に、イースフォウはうなづく。

「ええ。言ってしまえば、黒もヒールも後付けのオプションみたいなもの。あれは父から渡された、本来なら別のものなんです」

「お父さん。……確か行方不明だって言ってたわよね?」

「ええ、そうです森野先輩。ハノンとエリスにも話したことありますけど、私の父は行方不明なんです。原因は……不明ですけど、実のところ父の体質と言うか、父の運命というか……。父は、行方不明になる要素を持っているんです」

ハノンは首をかしげる。

「……体質? 運命? 要素? どういうことじゃん? いまいちわからないんだけど」

「詳しく聞かせてくれない? そのことも、今回の件に関して関連性があるのでしょう?」

コルダの問いかけに、イースフォウはうなづいた。

「父は、今まで少なくとも、5回は世界を救っているんです」

「「………は?」」

その言葉に、一同はあっけにとられた。

「……誇大妄想じゃないんです。これは、私と、最近知りましたがヴァルリッツァーの当主しか知らないことだけど、確実に、父は世界を5回救ったんです」

「「………」」

しばしの沈黙。一同は、その言葉に戸惑いを隠せない。目の前の少女の本気の発言、それは理解しているのだが、少々突拍子もない話であった。

沈黙を破ったのは、エリスだった。

「……確かに、一流のヴァルリッツァーの仙機術使いは、一人で千に値する程の実力があると、そのように言われていますけど……。当主のレジエヒールこそ実力者として政界や軍に影響力があるようですが、それ以外に強大な力を持った使い手は、ヴァルリッツァーに現代存在しないと聞きます」

その言葉に、イースフォウは苦笑しながらうなづいた。

「ええ、そうです。当主は確かに歴代のヴァルリッツァーに次ぐ実力者。その娘のスカイラインも、初代ヴァルリッツァーの再来と呼ばれる才女。ですが、本家の血筋以外の親類には、一流の術師になれても、伝説的な強さを持つには至って無いんです。……その中でも、父ワイズサードは、『スターダストワイズサード』との呼び名が付けられました。……ヴァルリッツァーの名を語ることを許されなかった、特に才能に恵まれなかった術師でした」

「……星屑? いやにメルヘンね」

森野の指摘に、イースフォウは首を横に振る。

「『屑星のワイズサード』。当主の『極星のヴァルリッツァー』との比較から付けられた、取るに足らない宇宙のごみと言う意味の二つ名でした。……まあ、父はそれなりに気に入っていたようなんですけど」

「で、そのお父さんが、5回世界を救っているんですか?おかしな話ですね」

レテルの指摘に、イースフォウは答える。

「……一度目は、私の生まれる十数年前。父が20代の時、コネで少尉まで軍での位を上げていた時でした」

「コネでいけるのかい」

苦笑いをしながら、マイノモミジは突っ込んだ。

「なにせ、実力は訓練生にも劣りましたから。で、詳しい経緯はそこまで聞いてはいないんですけど、世界規模で破滅に導く旧文明の遺産が、ちょっとした弾みで地上に出てきたんです。……父の目の前に」

「「……は?」」

「『黒影黒闇石』と名乗る黒い石。その時父は、たまたまコミュニケーションが取れたその遺産に対して、『説得』したそうです。その内容は私にも解らないけど、その遺産は父の言い分に納得し世界の破滅を止め、自分の能力の大半を封印したんです」

「……そ、そんな記録は残されていないと思いますけど」

比較的、軍の事件なども頭に入っているエリスが、そのように反論する。

しかし、イースフォウは首を横に振る。

「父は、報告しなかったんです。……どうも、書類作るのが面倒だったようで……」

「すごい人ね、あなたのお父さん」

普段わりといい加減なところがある森野でさえ、目を丸くしていた。

「二度目は私が生まれてすぐ。北の方の大樹海のことらしいですが、旧文明の遺産の影響で凶暴強大化した食人植物。これも公式記録には『その時期、その付近での行方不明者が急増したが原因不明』程度の記録しか残っていませんが、父は前回の事件で手に入れた旧文明の遺産、『黒影黒闇石』の力を借りてそれを撃破」

「……あ、ありました。『謎の失踪相次ぐ、原因は不明』……軍の未解決事件の中に入ってます」

エリスが伝機を使い、軍のサーバーから情報を引き出す。……確かにそのような記述が存在した。

「三度目は南の方にある集落での、集団記憶障害事件。これは父が任務に就いて、報告書には『三日たって気付いたら皆記憶が戻ってしまった』と言う内容で出したようですが……。実のところ、記憶操作の旧文明の遺産が関わっていました。……下手に放置すると、人類の大半が記憶をなくしてしまったと、父は酒に酔った席で話していました。四度目は詳しく知りませんので飛ばします。その次の五度目の事件。5年前に施設型の旧文明の遺産を破壊すべく、偶然手に入れた紫の水晶『プロダクト・オブ・ヒーロー』と言う旧文明の遺産を使ってこれを撃破。『任務中にパトロールしてたら偶然に遭遇したから、こっそり解決した』……と、父は言ってました」

と、そこまで話してイースフォウは周囲を見渡した。

面々はそれぞれ複雑な表情をしていた。そこまでの話が本当なのか嘘なのか、妄想なのか真実なのか、判断に困っているようであった。

イースフォウは苦笑する。

「……ま、私が実際みた話ではないんです。証拠もありません。……いや、証拠と言えば、クロとヒールがその証拠でした」

その言葉に、一同がハッとする。

「黒い石……紫の石。『黒影黒闇石』、『プロダクト・オブ・ヒーロー』。つまりこの二つって……」

「みんなが人工知能と思っていたあれは、クロとヒールは、旧文明の遺産だったんです……」

ザワリと、空気が変わる。

旧文明。超科学、魔法学、生物学、その他あらゆる技術が進化した世界。一説によればこの星すら飛び出すにいたった力。

そして崩壊した世界。全てが無に還った世界。人類がほぼすべてを失った世界。未だに人類に牙をむく巨大な力。

けして、人類が手を出してはいけないとまで言われる力。

「……軍にそれらのことは報告しなければならない。単純な所持でも、罪に問われることだってある。……そういうモノだということは知っているわよね?」

その場で一番の年長者、コルダが淡々と話す。

「イースフォウさん。私も嘱託とは言え、軍に席を置く仙機術使いだわ。今から、あなたを軍に引き渡します」

その言葉に、ハノンがガタリと立ち上がる。

「ちょッ!! コル姉!!」

しかし、コルダは悲しそうな、それでいて鋭くハノンを眼力で止める

「……うぅ」

「ダメよハノン。 ……旧文明の遺産。それが無ければ私たちだってここまで人生が狂わなかった。あれがどのくらい危険なものか、解るでしょう?」

「……た、確かにそうだけど!!」

食い下がろうとするハノンの頭に、ポンっと手が置かれる

「これ以上俺達みたいな奴らを増やしちゃダメだろ? 家族を失って生きていくのは、やっぱり良いことじゃないんだ。なに、別に軍に突き出したからって、上手く話せば今の生活は続けられるさ」

マイノモミジはそう言って、ハノンの頭をなでる。

だが、ハノンはキッとイースフォウを見て尋ねた。

「でも……イースフォウは『上手く話す』つもりあるの!?」

「上手く話す……か」

イースフォウは周囲を見渡す。

嘱託の軍人が3人。訓練生が4人。

加えて、自分は伝機を持っていない。

(……八方ふさがり。味方はなし。それに従うしかない)

話し方次第では、確かに今まで通りの生活は続けられるかもしれない。

自分が所持していたのも、父親から預かっていただけ。どういうものか知らなかったと言い通せば、あるいは誤魔化しきれるかもしれない。クロとヒールは失えど、学生も続けられるだろう。

だが、イースフォウはそれでもまだ……。

「私は家族を、……クロとヒールを失いたくはない」

一同が息をのんだ。

そう、失いたくはない。それにここで全て軍に任せれば、きっともっと大切な機会を失う。ここまでやってきて、やっと聞き出した名前がある。あれを無駄にするなど、考えられない。

スッとイースフォウは立ち上がる。

「それだけじゃない。私はこの件に関して諦めたくない。私に道を示してくれたあの子に、やっと名前を教えてくれたあの子に、ちゃんと話ができるまでは、私は……諦めたくない!!」

「……イース」

誰がつぶやいたか、そんな声が部屋に響いた。悲しくもあり憐れんでもいる、そんな声だ。

誰もが解っていたのだ。それは我儘でしかない。この件は世界も揺るがす事件になりつつある。これを個人の主張で押し通してはいけない。

この場に居る全員が、軍に関係する者なのだ。

守らなければいけないモノがあるのだ。

「上手くない話ね……。言い逃れをしようとしない姿勢は、称賛に値するけど」

コルダはそう言いつつも、伝機を展開する。手のひらよりも大きい、複数枚のカード型であった。

「諦めなさい。世界を天秤にはかけられない」

コルダは構える。誰もそれを止めようとはしない。

何が正しいのか、それは明白だった。

「……全て終わったら、ハノンの良いお友達になってね」

「っく!!」

やるしかない。ジトウでもクルティでも、生身の格闘術を駆使して切り抜けるしかない。

ここを切り抜けることに、もう迷いはなかった。

「っふ、しばらく会わない間に、また一段と良い表情をするようになったではないか」

不意に、部屋の入口がガチャリと空いた。

「誰!?」

コルダの叫びに、ドアを開けた主は落ち着いた声で答える。

白髪交じりの、40代くらいの男が入ってくる。

「すまないなお嬢さん。何度か家のドアをノックしたんだが、気付いてもらえなかったようでな」

その後ろからもう一人男が入ってきた。

「コルダ君。久しぶりだな。急ぎでイースフォウ君を探していたんだ。悪いが勝手にドアを開けさせてもらったよ」

その顔には、森野、ハノン、エリスは覚えがあった。

「ヤマノ先生……」

「森野君、ちゃんと勉強しているか? エリス君とハノン君も久しぶりだな。そして、イースフォウ君もな」

「ヤマノ少尉、道案内ありがとう。まったく、この学園特区は広くて困る」

ヤマノ教師に礼をいう男を、イースフォウは知っていた。

「おじさ……当主、どうしてここに」

「なに、虫の知らせだ。お前がわざわざ、この私に電話なんぞかけたからに、何やらあると感じて足を運んでやったまでだ」

ニヤリと笑う男。当主と呼ばれたその男の正体に、森野はいち早く気づいた。

「……極星のヴァルリッツァー」

「どうやらストーンエッジごとクロとヒールを失ったようだな。一大事だが、どうするつもりだ、イースフォウ?」

一大事とは言いつつも、レジエヒールのその声はどこか軽かった。

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