8.教えて…… 『少女が知りたかった、彼女の……』

旧文明の遺産には様々なタイプがある。施設規模のものであったり、生物であったり、道具であったりと、規模やあり方も多種多様である。

さて、その中で道具規模のものは、旧文明の遺産の中でも比較的多く発見される。これはそもそも人間が道具を使う生き物であるから、その絶対数が多いことは当然であるからだろう。

さらにそこから、『武器』と思われる道具も多く見つかっている。人が昔から争いを絶やさず生きてきたことが如実に解るのだが、問題はそのタイプの旧文明の遺産が、一番解りやすく問題を起こすことである。

それらを人が持てば、少なくとも戦闘力では他者を圧倒できる。ねじ伏せることが出来る。そもそも武器なのだ、争いに使おうとする者は多い。

過去にも何度かそれらを手にし、各々の理想のために他者を攻撃した事例がある。そのたびに、人は仙機術を持って戦い、騒ぎを収めてきた。

だが仙機術と旧文明の遺産では、どう足掻いても旧文明の遺産のほうに分がある。真っ向からぶつかり合っても、力比べでは仙機術は過去の文明に敵わないのだ。

だからこそそれに打ち勝つためには、工夫も知識もすべてを総動員する必要があった。

(まず、少しでも出力の差を埋める)

イースフォウは、伝機に新しい充伝器をはめ込んだ。

(充伝器の中にため込んだエネルギーは、すべて出力増強に回す)

伝機を構えながら、横に駆け始める。

(防御は厳禁。攻撃は受けるのではなく流す。ヴァルリッツァーとして戦うのだったら水面木の葉の型を使う)

「Please hampered the penetration!! 水面木の葉の波紋!!」

ヴァルリッツァー仙機術の第二段階、水面木の葉の型を振るう。

「四風、お願い」

少女がつぶやく。すると、その手に持った杖から、黒い風の渦がイースフォウに襲いかかる。

「はぁッ!!」

イースフォウは伝機を振るう。

激しい音とともに、イースフォウの伝機は、黒い風の渦の軌道をそらせることに成功した。

「……え?」

少女の表情が、一瞬曇る。先日は、確かに今の攻撃は防がれなかった。反らされるとは思ってもいなかったのだ。

「いける!!」

イースフォウは伝機を構え直しながら歓喜した。

(攻撃は連続で来る。こっちは仙気を練る間が無いから、充伝器から小刻みに力を開放)

続けて少女が黒い風の渦を放ってくる。連続で放たれたそれらは、真っ直ぐにイースフォウに襲いかかった。

(力はケチらずに開放。ただし、それだけでは足りないから体を動かして、相手の攻撃に沿うように体移動をする)

伝機を軸に、体を移動させやり過ごす。

さらに少女の表情がこわばった。

(いける!! あのノートのおかげだ!!)

イースフォウが図書館で借りた本。それは、誰かが記した『対旧文明の遺産攻略ノート』であった。

その中の、旧文明の遺産関連の武器(魔法技術系)の攻略法。それをイースフォウは参考にし、今回の戦闘で活用していた。

『出し惜しみせず、反らして沿う』

(あの武器に対しては、記述の通りの方法で対処できる!!)

何冊か余計なノートもあった。だが、その中の一部が、実に今の戦いに対して役に立っている。

まるで狙ったようだ。

次々と少女が放つ風。そのすべてが規格外の必殺の威力であった。

しかしその攻撃を防ぎながらも、イースフォウは更に理解する。

(パターンが少ない。あの種の武器は出来ることが限られている。一つに特化している。……本当に、あのノートの通りだ)

どんな大きな攻撃も、ある程度予測できれば対処も出来るし、初めから規格外の攻撃だということが分かればやりようもある。

もちろん、旧文明の遺産というものは、そんな生易しいものではない。

プロの軍人でさえ、その脅威には2~3人のチームで対応する。

しかしこの戦いはイースフォウにとって、戦いやすい要素が多々あった。

まずは使い手が戦闘に対してそこまで慣れている様子が無い事。そしてヴァルリッツァーの戦いが、対人戦に特化している事にあった。

たとえば相手が旧文明の遺産で生み出された『起動兵器』や『魔族』といわれる人工生命体であったら、イースフォウは更に苦戦したはずである。

また目の前の少女は先日仙機術を駆使して戦いはしたものの、学生とは言え軍の訓練を受けているイースフォウとでは戦いのレベルに差があった。

(相手の攻撃の合間ではなく、撃ったと同時に攻撃を仕掛ける。攻撃を上手く活用して相手の攻撃を避けるんだ!!)

「フォウ!! 大きいのが来るわ!!」

「仕掛けるんだろう!? 次ならいける!!」

ヒールと黒が相手の攻撃を解析する。

イースフォウも、それは見えていた。他の攻撃とは少し違う溜め。間違いなく、次の攻撃は必殺の技だ。

「四風!! お願い!!」

少女の願いにも似た叫び。その言葉と同時に、杖から風が解放される。

「行くよ!!」

それに向かってイースフォウは突っ込む。

「充伝器!! 残ってる仙気を全部開放!!」

その言葉と共に、イースフォウのストーンエッジは激しい光に包まれる。

「全開!! 水面木の葉!!」

そして、ストーンエッジを、風の渦に沿わせるようにぶつけた。

「……!! 四風に乗っている!?」

少女が驚愕する。

そう、彼女の言うようにイースフォウはストーンエッジを風の波に走らせて、さながら波に乗るサーファーのように少女に急速接近したのだ。

「……さ、させない!!」

少女は風の渦を4つに枝分かれさせる。その渦は鎌首を上げながら、イースフォウめがけて襲いかかった。

「無駄よ!! 水面木の葉はすべての攻撃を反らせるわ!!」

「……!! 当たらない!!」

少女は焦る。充伝器で出力の上がった水面木の葉は、いかに高出力な彼女の杖の風とはいえ、すべてを反らせてしまう。

「っく!」

そうこうしている間に、イースフォウは少女に取り付くことに成功した。

「接近すれば、わたしの勝ちね!!」

「ま、まだまだぁ!!」

少女は急いで風の渦の攻撃を解除する。そして行きつく間もなく、杖に風を纏わりつけさせる。

「風の剣……っていうか棍棒ね。なるほど」

今までとは違う攻撃パターン。

しかしそれはあらかじめ想定していた攻撃方法というよりは、苦肉の策的な要素が垣間見える。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!」

気合の入った叫び。少女はその風の棍棒をイースフォウに振りおろす。

「無駄よ!!」

イースフォウは水面木の葉で攻撃を反らす。

「えいっ!! えいっ!!」

二度三度、杖を振りおろすも、少女の攻撃は当たらない。

もちろんその攻撃には確かに必殺の威力もあった。しかし、少女はこの時、すでに冷静に戦ってはいなかった。そもそもろくな戦闘訓練を受けているわけでは無いのだ。遠距離からの砲撃は出来たとしても、接近戦での駆け引きなど少女に出来るはずも無かった。

逆に、イースフォウは冷静に攻撃に対処する。すでに充伝器の力は使っていない。少女の杖はおそらくのところ、中距離からの攻撃を想定して作られた道具だ。接近戦ではさらに汎用性も無くなるようだし、何よりも少女が破れかぶれになってしまっている。

そんな相手に、近距離専門の仙機術、ヴァルリッツァーが負けるはずがなかった。

「Please flying wall 水切りの刃」

「ッあ!!」

甲高い音ともに、イースフォウが解放した見えない刃が、少女の杖をはじいた。

そのまま杖は少女の後方に突き刺さる。

「っく!!」

少女は杖に手を伸ばす。まだ戦える。伝機と違ってその杖は、離れた所からもある程度の操作が出来る。二日前の戦いの時、イースフォウはそれに油断して負けた。

しかし次の瞬間、その杖は光の鎖に巻きつかれた。

「前回、それでやられちゃったからね。教科書に書いてある捕縛封印術だけど、効果はあるみたいね」

これでは遠隔操作を使ったとしても、少女の手元に杖は戻らない。

それでも、少女は急いで杖のもとに駆け寄ろうとする。

自らの手の中にあれば、あの程度の封印は解くことが出来る。まだ負けたわけではない。

……しかし、次の瞬間、右腕が思わぬ方向に曲がる。

「ッが!!」

イースフォウである。少女の右腕を取り、関節技を決めていた。

「ほんと、ジトウって使える。……仙機術以外の技術っていうのもバカに出来ないよね」

「っく!! ……くぅッ!!」

身をよじっても抜け出せない。数度体をひねった後で、少女は自らが負けたことを悟った。

少女は信じられなかった。先日とはまるで違う。

イースフォウ・ヴァルリッツァーに対して、油断しているつもりはなかった。自分の力に奢っているつもりもなかった。

しかし正面切って戦っても、負けるとは思ってもいなかった。

少女が持っているものは、旧文明の遺産である。確かに、ヒールやクロに比べれば、大したこともないアイテムなのかもしれないが、軍人相手だって引けを取らないくらいには戦える、強力なアイテムのはずだ。

イースフォウはただの学生である。ただの学生が、数日のうちに訓練したところで実力が上がるとは思えない。数日のうちに、勝つ作戦を用意するとは思えない。

だからといってイースフォウの周りに、学生が相談できる範囲で旧文明の遺産に詳しい者などいるのだろうか? 少女としてもその辺りの事が腑に落ちない。

「……なんで?」

気づけば、少女は口を開いていた。

「ん?」

「なんで、そんなに強いの……。この前とは全然違うわ……」

「いや、なんでとか言われてもなぁ」

その言葉に、イースフォウは少し困った表情をする。

そして、少し考える。

今回勝てた要因としては、図書館で借りた本……というかノートがかなり強い。どうやら旧文明の遺産を研究……というよりは発掘に近いことをしている人物が書いたものであったのだが、とにかく実戦向きな記述が多かった。

がしかし、それがあったから勝てたかというと、それだけでは無いと思う。

前の戦いは、イースフォウとしてもとにかく悲しかった。会いたいと思っていた相手に、いきなり攻撃されたのだ。取り乱さなかっただけマシだと、イースフォウは自分で思う。

そして前の戦いの中で、やはりどこか迷っていたのだ。

『戦って良いか否か』を。

でも、今は違う。

イースフォウには戦う理由がある。

自分の掛け替えのないものを守るために迷わない。そして、目の前の少女の悩みを聞きたいから迷わない。そう、迷わず全力で戦っただけなのだ。ただそれだけなのだ。

守りたいモノ、悩みを聞きたい事。その二つをイースフォウは一言に纏めて答える。

「いろいろあるけど、あなたとまた公園で話したかったからだよ」

「……意味が解らない」

そのまま、少女はぺたりと地面に座り込んでしまった。

公園……イースフォウの作り上げた結界内は、シンと静まりかえる。

結界とは現世と少しずれた空間だ。この二人以外結界の中には人はいない。人どころか、虫一匹存在しないかりそめの空間なのだ。

だが、だからこそ良い場合もある。

「ね、ここならゆっくり話せるじゃない」

「……話すことなんてない」

「そんなこと無いわ。私は聞きたいこといっぱいあるよ」

「……いったいなんだって言うのよ?」

「そうだなぁ……。一番聞きたいこと……」

何で襲いかかってくるのか。何が目的なのか。その杖はどこで手に入れたのか。

いろいろ聞きたいことがある。

だが一つ、

どうしても聞きたいことがあった。

思えばイースフォウが少女を公園で待っていたのも、戦いに勝ったことの報告もあった。だが、もうひとつ、絶対に教えて欲しかった一つがあったのだ。

「うん、あれだわ」

「………」

「あなたの、名前を教えて」

「………あ」

不意に、少女は目を見開いた。

その表情は、さびしそうな切なそうな。そんな不思議な表情であった。

その表情に気付かず、イースフォウは続ける。

「ほら、わたしの名前教えたじゃない。でも、結局あなたの名前聞いてなかったし、なんて呼べばいいかも解らないよ」

にっこりと笑って、少女に言った。

「だから、あなたの名前が知りたいわ」

その笑顔から、少女は顔を反らす。

いたたまれないような、そんな表情。

しかし、イースフォウはなにも言わずに、少女を見つめ続けた。

「………ミコ」

「ん?」

「……イズミコ・ルブランよ」

イースフォウから視線を反らしながら、それでも呟くように、少女……イズミコは自らをそう名乗った。

イースフォウは、さらに顔をほころばせ、明るい声でその名前を繰り返した。

「イズミコ……そっか、イズミコかぁ。素敵な名前ね」

「……そ、そう?」

「うん。あなたの黒髪に良く似合った、そうね、コンオウ国風の名前だわ」

「……そっか」

やっと、イズミコも顔をほころばせた。そしてその眼もとには涙。

やっと名乗れた。名乗るつもりはなかったが、心のどこかで名乗りたい気持ちがあった。そのことに、イズミコは初めて気付くことが出来た。

そして、このまますべてを打ち明けたい。どうせ負けてしまったのだ。イースフォウにすべてを相談してみたい。イズミコは強くそう思えた。

自分だけでは解決できない。自分だけではあの人は助けられない。そんな事、イズミコは昔から感付いていたのだ。

だから、自分をねじ伏せたイースフォウに、頼ってみよう。そんな風に、イズミコは思えた。

のだが……。

「……イースフォウ!! 後ろ!!」

イズミコは気づいた。猛スピードで突っ込んでくる影に。

「ッ!!」

イースフォウは一瞬で振りかえる。

しかし遅い。

いや、相手が速かった。とても反応しきれない速度で、イースフォウの懐に飛び込んだ。

「っぐ!!」

一撃を、イースフォウはストーンエッジで受け止める。

しかし、強い衝撃。術式も展開していなかったため、イースフォウは数メートル吹っ飛ばされる。

「イースフォウ!!」

イズミコの叫び声が聞こえる。

しかし、そっちを確認している場合ではない。

「フォウ!! 新手よ!!」

「って、ダメだ!! 反応できな!!」

人工知能たちも間にあわない。

そんな一瞬でイースフォウは再度懐に入られた。

(フードとマスク?)

一瞬で、相手の顔が目の前に接近していた。

その顔は、近付いたとしても確認できなかった。

深くかぶったフードに布のマスク。

唯一見える目元。女性……それも自分と同じ世代、そのくらいしか解らなかった。

「っぐふ!!」

一瞬で目の前が真っ暗になる。

くの字に自分の体が折れ曲がったことを理解する。

腹を突かれた。相手の伝機すら確認できなかったが、この感触は近距離系の伝機のようだ。それが自分の鳩尾に突き刺さっていた。

一瞬で体の力が抜ける。不意打ちでなんの防御も出来なかったのだ。

(……や、やばい。意識が飛びそう)

しかし、それでも戦わなければまずい。何とか一振り、一太刀。相手に攻撃を……。

が、しかし、腕が動かない。……いや、違う。伝機を掴まれていた。

そして、今度は顎を襲う衝撃。

「ッが!!」

連続して横っぱらに、イースフォウは強烈な衝撃を感じた。そして今度こそアウト。全身から力が抜けた。

そのまま数メートル吹っ飛ばされて、彼女は地面にたたきつけられた。

「イースフォウ!!」

イズミコの声もむなしく。イースフォウは意識を失った。

イズミコは急いで、封印の解けた自分の杖を拾い、乱入者に向けて構える。

だが、その手にあるものをみて、言葉を失う。

乱入者の手には、イースフォウの伝機、ストーンエッジが掲げられていた。

「さ、これが手に入ればいいんでしょ? こんな簡単なパスワードの結界なんて、すぐにその子の仲間が突破してくるわよ? さっさと退散するわ」

その乱入者に、イズミコは警戒しながら尋ね返す。

「………あなたは?」

「誰だっていいじゃない? でもまあ、あなたのご主人さまに雇われた援軍よ。理解したならとっとと逃げるわよ」

そう言って、ストーンエッジをポイとイズミコに投げて渡す。

それを受け取ったイズミコは、一瞬イースフォウの方を見た。

動かない……ようにも見えたが、かすかに体が動いている。

「もたもたしないで!! 本当にあの子の援軍が来るわよ!!」

その言葉に、イズミコはイースフォウから目を反らした。

そう、じきにイースフォウの仲間がここに来るのだ。そうすれば、少しの怪我なら問題ないはずである。

「……うるさい。……今行く」

その言葉に返答もせずに、乱入者は手に持った伝機で、空間を切り裂き結界に穴をあけた。

三枚の刃の浮いた、あまり見ることのない特殊な伝機である。

イズミコは警戒を怠らずに、しかし今はこの乱入者を信じるしかなかった。

手にはストーンエッジ。そこにはヒールとクロもくっついていた。

イズミコは、なぜか物を言わなくなった二つの石をみながら、その場を後にすべく歩み始めた。

そうして、二人は黙って結界から脱出していった。

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