8.教えて…… 『少女が賭ける、唯一の再会』

少し時間が遡る。イースフォウは町を駆けていた。

時間がない。もう、すべてが公になるのは時間の問題だ。

あの少女と森野が交戦したという。しかもあの旧文明の遺産も使われて森野は敗れた。あれの危険さは森野も良く理解したことだろう。

ならば容易に想像はできる。この次起こされるアクションは、間違いなく軍の報告なのだ。

もう既に何をしても遅い。実際起こってしまった事を隠すことはできない。

だがしかし、それでもあの少女を捕まえることが出来れば、どうにか活路を見出すことが出来るかもしれない。

(たとえば……こちらの旧文明の遺産のことを隠してもらって、何か動機をねつ造してもらうとか……)

……それなら可能性はある。例えば、ヴァルリッツァーに対して挑戦をしてみたかったとか、そんな動機を少女に含ませれば、誤魔化すことはできるかもしれない。

そうすれば、何とか隠し通せるかもしれないとイースフォウは考える。

(なんとか、こっちに協力してもらえれば……)

と、そんな自分の考えに、イースフォウは苦笑する。

相手はイースフォウに問答無用で襲いかかってきている人物なのだ。そんな相手に対して協力を求めている。

お人よしというか、考えが甘いというか……。

(……うん、そうなんだよね。まだ私は、あの子のこと信じているんだ)

敵とか狙われているとか、そう言う感覚があまり無い。

一度襲われて、それから付けられて、それでもイースフォウはあの少女に対してまだ期待しているものがあった。

(何か理由がある。何か、どうしようもない理由があるんだ)

イースフォウは駆ける。行先はあの公園だ。

あの場所なら、きっとまた会えると思う。

そして、走りながらイースフォウは理解する。

(クロとヒールは渡したくない。軍に回収されるのも嫌だ。だから、最後まで戦わないといけない)

自分の家族を守るため。

(だけど、あの子も気になる。私を導いてくれた子。私の背中を押してくれた子。名前も知らない、まだ何も理解してない)

ただ一度きりの出会いだったとしても、何の不思議もない。

でも、それは寂しいことだった。あの時の出会いを、ただそれだけにしたいとはイースフォウは思わない。

だからこそ、あの公園で待ち続けたのだ。

そう、イースフォウは自分の気持ちを整理した。

(私はまだ、あの公園であの少女と再会していない)

どのくらい駆けたのか。長いようにも思えたし、短いようにも思える。

だが、イースフォウは例の公園にたどり着いていた。

(森野はたぶん追ってくる。それまでに何とか結界を……)

「クロ、ヒール!! 開放して!!」

急いで伝機を展開し、流れるように充伝器を伝機に取り付ける。

結界は通常、イースフォウのような近接系の能力者には使用が困難な術だ。それは近接能力者の仙気は他の術師よりも拡散せず、集束してしまう傾向にあるからだ。空間にまんべんなく広がらせる必要がある結界は、一点集中してしまうA♯やA♭の仙気とは相性が最悪に悪い。

その為それを補うために、イースフォウは充伝器を使う。加工しやすく爆発的な力を出せる特性を持つ充伝器にため込まれた仙気なら、近接系の能力者でも無理やり結界を作ることが出来る。

イースフォウは懐から、一枚の紙を取り出す。ふだん使い慣れない術式を構築するため、術式を紙に書いてきたのだ。念のためにと用意しておいた代物だが、備えておいてよかったかもしれない。

その文字列に、仙気を流し込む。小さなメモ用紙であったが、その術式は仙気を通すと次第に結界を構築し、空間をゆがめていく。

「侵入のキーワードは……、これしかないか」

あの少女に、自分が唯一伝えた単語を設定する。

そのワードが唱えられれば、彼女は入ってこれるはずだ。

「……結界、展開して!!」

光とともに、イースフォウはその場からスッと消えた。

次の瞬間、二つの影が公園に飛び込んだ。

「って、ヤバいじゃん!! 見失っちゃったじゃん!!」

「落ち着いてください、ハノンさん。結界です。イースさんが展開して、その中に入ったようです」

エリスとハノンであった。

「結界って……。どうすればいいんじゃん?」

「待ってください、侵入を試みましょう」

エリスが伝機を展開し、空間のひずみを探る。

「……充伝器を使って、無理やり結界を作ったようですけど……。だめです、無理やりこじ開けることは不可能ではないですけど、私たちの火力じゃあ……」

「む…むぅ」

ハノンはO♭、エリスはB♭使いと、中距離、遠距離のサポートタイプ。作ったり探ったりは得意でも、壊すことは得意ではない。

「……ん。でも正規ルートなら侵入できると思います。……これは、単語のパスワード?」

「単語?」

「『私があなたに教えたこと、入力してね』とあります。何かの単語を流し込むことによって、どうやらこの結界、入り口が開くようですが……」

「どういうことじゃん? イースフォウはここで知り合いと会うつもりなん?」

「というか件の犯人と、少なからず面識があるってことではないでしょうか?」

「でも、だとしたら……私たちが想像できる単語ではなさそうじゃん?」

「ええ。解析するよりは、こじ開けるほうが早いでしょう」

「解った。コルダたちを呼ぼうじゃん!!」

そう言って、ハノンは伝機の通信機能を立ち上げた。





公園の物陰で、少女は様子をうかがっていた。

イースフォウが公園に入って結界を張った。どうやらこちらを誘っているようではある。

だから少しばかり警戒した。流石にあれだけやられれば、こちら対して必勝の手を打ってくるはずである。だとしたら仲間を引き連れてくる可能性がある。

しかし、少女はそれが杞憂であることを理解しする。

少しばかり遅れて到着したイースフォウの仲間二人が、結界に進入できずに四苦八苦している。

どうやら、一対一で決着をつけたいようである。

少女はこっそりと伝機を展開し、結界の構築を探る。

すると、すぐに見つけることが出来た。結界の入り口を。

「『私があなたに教えたこと、入力してね』……か」

間違いなく、少女に向けられたメッセージであった。

(私があの子に教えてもらったこと……)

何のことだろうか。あの日の公園で、そんなにたくさんの話をした記憶は無い。そして、その中で、イースフォウから教えてもらったことなどあっただろうか?

(私が……あの子の悩みを聞いていただけだし)

そして、イースフォウは自分で問題を解決して、その場を去っていったのだ。

と、そこまで思い出して、少女は思いつく。

そうだ、本当にたったひとつ、イースフォウから教わったことがあった。

伝機で、自分の仙気を結界のひずみに流し込む。

そして、少女はスッと息を吸って、つぶやいた。

イースフォウに教えてもらった、唯一の単語を。




「ようやく会えたね……」

「………」

イースフォウの言葉に、少女は反応を返さない。

その手には例の杖。だが、すぐに襲いかかってはこない。

じっと、少女はイースフォウを見ている。

「二日前はどうも。お陰であの夜は良く眠れたわ」

「………」

「昨日は私の先輩とも会ったようね。……強い先輩なんだけどね、打ち負かしたのね」

「………」

「でも、それで全部感づかれたし、私もクロとヒールを隠し通せなくなったよ」

「………そう」

呟くように、少女は答える。

「……それを聞いたら、今日その二つを持ち帰るしかない」

暗く、深い瞳。だがイースフォウには、その少女の瞳の奥には確かな信念が光っているように見えた。

なぜそこまで、真剣に行動しているのだろう。狙われている身でありながらも、イースフォウは、彼女のどこか真っ直ぐな瞳に興味が湧いた。

「前にも聞いたけど、なんでクロとヒールが欲しいの? これがどういうものか解って、私を襲うんでしょう?」

「……答える理由は無い」

「私は、知りたいんだけど」

「関係ない……」

「私の悩みは聞いてくれたじゃない。わたしだって、あなたの悩みくらい、聞いてみたいわ」

「……私は、求めていない。あなたにわたしの悩みなんて理解できないわ」

その瞬間その言葉を聞いて、イースフォウは理解してしまった。

ああ、なんだ。やっぱりそうなのかと、イースフォウは笑う。

「やっぱり、悩んでいるじゃない」

「……!?」

始めて、少女の表情が変わる。

「違う!! 私はッ!!」

「違わないわ。あなたは、自分で認めたわ。『自分は悩みを抱えている』ってね!!」

「う、うるさい!!」

瞬間、少女の杖から風の渦が解き放たれる。ゴオォっと轟音が響く。

それはイースフォウの顔の横を突き抜け、その背後に突き刺さった。

その間、イースフォウは一歩動かなかった。何となく、当ててくるようには思えなかったのだ。

「ねえ、悩みがあるのなら、話してみてよ」

「……うるさい」

「私だって力を貸すわ。あなたが以前、私を助けてくれたように、一緒に答えを探そうよ」

「……黙って」

「私はあなたに助けられたの。だから、私はあなたを助ける理由がある。あなたの悩みを、聞くことくらい何でもないよ」

「……お願いだから」

「ええ、お願いよ。話してよ。……あの日この公園で二人で話したように、もう一度、話そうよ!!」

「……お願いだから!! 話さないで!!」

今度こそ、少女の本気の攻撃が、イースフォウに襲いかかった。

「っく!!」

取りあえず避ける。正確にイースフォウを狙った攻撃であった。だがそのため、イースフォウは容易に回避できた。

「……解ったわ」

イースフォウは残念そうに首を横に振りながら、伝機『ストーンエッジ』を構える。

「良いわ。私に打ち勝って、黙らせればいいわ」

素早く、ストーンエッジの刀身の穴に、充伝器をはめ込む。

「でも、私があなたに打ち勝ったら、今度こそ話をしてもらう!!」

吠えながら、イースフォウは少女が繰り出す風の渦に突っ込んでいった。




森野とコルダ、そしてモミジは、走りながらハノンからの通信を聞いていた。

『だめじゃん!! 私とエリスじゃ、有効な手立てがないんじゃん!!』

「落ち着いてハノンちゃん。充伝器は無いの?」

森野が問いかける。充伝器を使えば、♭使いのハノンやエリスでも爆発的な術を行使できる。イースフォウが張ったという結界も、こじ開けることが出来るはずだ。

『……すみません森野先輩。まさかこんな展開になるとも思っていなかったので、ハノンも私も持ち合わせていないんです』

「まあ、普段から持ち歩いているわけもないと思うけど……」

充伝器は、水晶のような形をしており、一日の終わりにその中にその日使わなかった仙気を流し込むことによって作成する。

そのため仙気を限界まで練りだした日には作成できないし、作れる日も限られる。大量生産できるものではないのだ。

それなりに数も限られている、言わば切り札的なものである。おいそれと使えないし、日常生活においてはまず持ち歩かない。もし所持しているとしたら学園の授業か、軍に関する作戦行動くらいである。

「ハノン。あなたO♭使いでしょう? ……結界の入り口のキーワード、解析できないの? あなた、結界の解析なら壊すよりも速く出来るんじゃない?」

コルダの指摘はもっともだ。♭使いは破壊が苦手である。だがその反面、調査、解析、防御構築など、さまざまな事が出来る。

出来るはずなのだが……。

『……コル姉。あたしがそう言うの苦手なの知ってんじゃん』

「……学校に行きはじめたから、少しは学んだのかと思ったのよ」

『でもコルダさん。私も解析をしているのですけど、キーワードが長いのか、時間がかかっているんです。確かに私たちがこじ開けるよりは早いかもしれませんが……。やはり、みなさんに来ていただいた方が早いです』

「ふむ………。長いキーワードか。何文字くらいだ?」

『少なくとも10文字以上です』

「何か、思いつくか?」

『だめだよモミジ!! イースフォウとその子との関係が解らないから、想像できるわけ無いじゃん!!』

「その少女と、イースフォウの関係か……」

モミジは走りながら思考する。

「コルダ。昨日の戦闘で、何か気付くことは無かったのか?」

モミジの問いかけに、コルダは首を横に振る。

「解らないわ。そこまで特色すべき要素も無かったし、森野と一緒に戦ったけど、凶悪な旧文明の遺産を使うこと以外は……」

「私も同じよ。終始だんまりだったし、こちらの呼びかけにも答えなかった。私たちと同じくらいの年だと思うけど、学園の生徒でもないと思うわ」

森野も額に手を当てて思い出そうとした。だが、出てくる答えはその程度。何のヒントにもならない。

「せめて、名前くらいわかればいいんだけどねぇ」

「名乗らなかったんだろう?」

「ええ。一言も話さなかったからね。……私が一方的に話して、それで戦い始めたからね。あっちも、こっちの名前なんて知らないわよ」

と、そこまで話して、森野はハッと気付いた。

「うん、これ以上話していても意味は無い!! ハノンちゃんとエリスちゃんはそのままPASSの解析を頼むわ!!」

『は!? ちょっと何急なこと言ってるんじゃん!?』

プツリと、森野は通信を切った。

その行動に、コルダが不審がる。

「どうしたの森野? 何か気付いたの?」

コルダの言葉に頷きながら、森野は答える。

「ハノンちゃん達だけで突入させるのは、やっぱり危険よ。私たちがたどり着いてからのほうが良いわ」

「……どういうこと?」

「解ったのよ、答えが」

その言葉に、コルダは目を見開く。

その隣で、モミジがブツブツとつぶやく。

「……長いキーワード……正体不明の敵……単語……名前。………もし、俺が初対面の相手と出合ったとしたら、何か伝えるか……か。なるほど」

モミジも気がついた。

「『私があなたに教えたこと、入力してね』。……そんな指定をしているってことはつまり、イースフォウが彼女に教えたことっていうのはそんなに多くない。……下手すると、たった一つしかないってことになる」

「ええ、あまり『教えたこと』が多いとなると、いくつもキーワードを入力しなくちゃいけなくなる。つまり、イースちゃんは、あの子に出会ったことがあるとしても、そこまで多くを語りあっていない可能性が高い。そのうえで、10文字以上続く、長いキーワードよ?」

「で、コルダ。お前なら初対面の相手に、まず何を教える? いや、お前だけじゃない。俺だって森野だって、絶対に相手に教えることがある」

森野とモミジの話していることを、コルダはじっくりと考える。

「初対面の相手に絶対に教えること……」

そして、一つの答えが浮かび上がった。

「そうか、名前ね!!」

奇しくも、イースフォウ・ヴァルリッツァーという名前は、とても長い名前であったのだ。

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