8.教えて…… 『少女が理解する、彼女の隠し事』
「で、イースちゃん。さすがにこれはだんまりじゃ済まないわよ?」
図書館で本を借り、ハノンの家にお邪魔し夕食を食べ、そのまま何事もなく家に帰り、借りてきた書物を読んでいるうちに眠ってしまった。それまでは、大きな問題もなく過ごせたイースフォウであった。
しかし翌日になり目覚めると、伝機の機能の一つの通信機に大量の着信履歴が残されていた。
送り先はハノン。音声でつながらなかったためか、最後の着信は文字で送られていた。
曰く『気が付いたら、すぐにうちに来ればいいじゃん』
何事かと思いつつも、ただならぬ何かを感じたイースフォウは、軽くパンをかじりながら自室を後にした。
そして、30分後ハノンの家にたどり着くと、そこにはハノン、コルダ、フラジオレット、モミジと、そして森野とレテル、以前補習で一緒に学んだエリスもいた。
よくよく見ると、森野は片腕を負傷していた。本人いわく大したことは無いとのことだが、二の腕から手にかけて包帯が巻かれていた。
イースフォウが傷の理由を尋ねると、森野は昨日のことを話した。
イースフォウの後をつけていたこと。
ハノンの家から寮に向かう途中、不審な人物と遭遇したこと。
その人物と交戦したこと。
敗北したがコルダの助けもあり、なんとか逃げ延びたこと。
敵の武器は、間違いなく『旧文明の遺産』であったこと。
「……ええと」
おかしいと思ってはいた。何事もない事に違和感を感じてもいたのだ。昨日の帰り道、恐らくあの少女は何か手を打ってくる筈だと思っていたのだ。
だがまさか、森野と交戦しているとは、流石のイースフォウも思ってもみなかったのだ。
「ただの通り魔なら同じ人物を狙う必要なんてない。でも、明らかにあの女の子はイースちゃんを狙っていたわ。……何か目的があるようだった」
目的……。そう、イースフォウは理解している。あの少女が狙っているものを知っている。
「心当たりは無いとは言わせない。イースちゃんは昨日、図書館に行って普段調べもしないものを調べていたでしょう? ……もう一度襲われることを予想していた。つまり、自分が襲われる理由に対して、身に覚えがあったということ」
否定出来ない。だが、認めるわけにはいかない。
ヒールと黒の秘密。そればかりは、誰にも言うわけには……いかない。
しばし、だんまりを続けるイースフォウ。しかし、その反応に対しては、森野も予想はしていたのだろう。
「……何も言いたくないのね、イースちゃん。言えない理由は何かしら?」
簡単な理由だった。家族とこれ以上別れたくないからである。ヒールとクロは、イースフォウの父『ワイズサード』が姿を消してからもイースフォウを支えた存在である。その存在は確かに道具なのかもしれないが、掛け替えのない家族と言って差支えが無いのだ。。
だがしかし、その存在ゆえに公に成れば取り上げられる。イースフォウにはそれが我慢できない。
敵の狙いがヒールとクロなら、その理由など話すわけにはいかない。
だが、ごまかす方法がイースふぉうには思いつかない。
やはり口を開かないイースフォウに、森野はため息をつく。
「……良いわ。あなたから言い難いのなら、私が軍に今回のことは報告する。……構わないよね?」
その言葉に、イースフォウは焦る。
軍が動けばあの少女は捕まるだろう。一度学生とは言え関係者と交戦をしたのだ。アムテリア合衆国の優秀な人材なら、きっと彼女は逃れられない。そうすれば、もうイースフォウが襲われることは無くなるだろう。
しかし同時に、少女が狙っているものが何なのか、それも明らかになってしまう。
それでは、イースフォウが言おうが言わまいが、結果は同じであるのだ。
「……森野先輩、……何とか、今回の件は内密にしていただけないで……」
「だめよ。私たちは学生であり訓練生であるの。軍の人間としての自覚を持たないといけない」
ピシャリと、森野は言い切った。
「それは理解していますけど……!!」
理解しているが、受け入れることが出来ない。
彼女の大切なものが失れてしまうかもしれないのだ。
「お願いです……先輩」
絞り出すように、イースフォウは懇願する。
だが、森野は首を……横に振った。
「イースフォウ。あなたが自分の口から言えないのには理由があるでしょう。だからもう、あなたから何かを聞くつもりは、私にはないわ。私は、私が襲われた理由と、暗躍する少女の存在、それを軍に報告する。……当然のことをするわ」
冷たくもあるが、芯の通った声。森野は稀に、このような声を出す。イースフォウも短い付き合いながら解る。これは森野の、本気の声だ。
もう、どうしようもないようだ。軍にバレていくことは、時間の問題のようだ。
どうすればいいか、イースフォウは頭を回転させる。
(……つまりは、バレるまで時間がない)
時間がないのなら、……やることは一つである。
「……少し、外に出てきて良いですか? ……考えをまとめたいんです」
「良いわよ。行ってらっしゃいな」
意外にも、森野はすぐに了承した。
「……ありがとうございます」
イースフォウはフラフラと出入り口の扉に向かった。そのまま、ゆっくりと家から出ていく。
残された7名は、しばし沈黙した。
そして、初めに口を開いたのは、森野だった。
「……エリスちゃん、ハノンちゃん。悪いけど、あの子追いかけてくれない?」
その言葉に、エリスとハノンははっとなる。
「……イースフォウさん。……に、逃げたのですか!?」
エリスの問いかけに、森野はため息をつきながら答える。
「十中八九戻ってこないわよ。……あの子がこれからとる行動は一つ。私が軍に報告する前に解決する。その一手なんだから」
「お、追うのは良いじゃん!? でも、どう連れ戻すんじゃん!?」
「連れ戻そうとしても、たぶん抵抗すると思うわ。何かあったら、私やコルダに連絡入れてほしいのよ。良いわよね、コルダ?」
森野の問いかけに、コルダは少し考え、答える。
「危ないことには巻き込んでほしくないけど、どのみちうちの子が黙って大人しくしているわけもないからね。……ハノン、お友達の力になってあげなさいな。こういう時に力になれるのは、友達しかいないわよ?」
その言葉に、ハノンは大きくうなづく。
「解ったよコル姉!! いこう、エリス!!」
「解りました、行きましょうか」
そう言って、二人は家を飛び出して行った。
「まあ、エリスさんが一緒なら、ハノンも無茶はしないでしょうね」
紫髪の少女、フラジオレットが言う。
「……私も、ハノンには危険な目にはあって欲しくないけど、……一方で友達の助けにはなって欲しいわ」
「勝手に決めちゃってごめんね、ジオ、コルダ」
「良いですよ。どのみちハノンじゃあ言うこと聞きません」
「むしろ、エリスさんと一緒に行かせてくれたのは感謝するわ」
ジオとコルダの言葉に、モミジもうなづく。ハノンの家族は、全員納得しているようであった。
「でも、森野ちゃん。……イースフォウさんは、いったい何を隠したがっているのでしょう?」
レテルの疑問に、森野は思考する。
「……相手が知り合い……って線もあるわよね。だから私は、初めはスカイラインあたりが襲ってきているのかと思ったんだけど」
先日の公開模擬戦でイースフォウと戦った少女。試合結果に不満を抱えていたようであった。それも考慮すると、森野の予想の中では一番ありえそうな話だった。
「でもヴァルリッツァー関係の人物ではなさそうね。戦い方も、全く違っていたわ」
「森野。イースフォウは、いったいどんな人物なんだ? ヴァルリッツァー仙機術については俺も聞いたことはあるが、それ以外で今まで、何か特別なことがあったりしないのだろうか?」
モミジの問いかけに、森野は答える。
「私もイースちゃんと知り合ったのは、まだひと月ちょっとよ。あまり詳しいことは知らないけど、どうも父親が行方不明になったとか、そんな話があるみたいね」
「と、言うことは、それ関係の可能性はあるか?」
「どうかな……。でも、父親とあの女の子じゃ、いまいち接点がなさそうな気もするけど」
「……確かにそうだな」
森野も、なぜイースフォウが襲われているのか、その接点で思考が躓いている。
情報が少なすぎた。友人とは言え、まだ付き合いは浅い。ともに乗り越えた困難はあっても、お互いを深く理解するには至ってないのだ。憶測も出来ない。
「……で、森野ちゃん。軍の報告、本当にするのですか?」
レテルが尋ねた。それに、森野は表情を変えずに答える。
「当たり前でしょう? 旧文明の遺産が関わっているとなると、事は一刻を争うわ」
森野の言葉に、コルダ達もうなづく。
「森野の言う通りよ。私たちも仕事で何回か旧文明の遺産と相まみえたこともあるけど、素人や学生が手を出していいものじゃないわ。命にかかわる可能性もある」
「そんなことは、君たちも良く理解しているだろう?」
だが、レテルは、その言葉に笑いながら答える。
「うん。でも森野ちゃんは嘘を言ってるよ?」
その言葉に、森野はゆっくりとレテルを見た。
レテルはやはり笑いながら話す。
「だって、怪我したのに病院行ってないじゃないですか。それって軍に事件があった事を知られたくないからですよね? イースフォウさんがここから出て行った時も、ハノンさんやエリスさんに追いかけることをお願いしました。あの時点でイースフォウさんがここからいなくなることが解っているのなら、本来ならば私たち全員で捕まえないといけないですし、場合によっては通報もしないといけないじゃないですか。違いますか?」
コルダ達もハッとする。レテルの言うことは筋が通っているうえに、正論である。
何よりも、梨本森野と言う人物は人当たりがよさそうに見えて本心を隠すのが上手い。それを唯一理解しているのが、レテル・ネウイエル・パトリコラであった。
「……でも、私がそんなことする理由なんてないわ」
「勘でしょう? 森野ちゃん」
ニコリと笑いながら、レテルは森野にそう言う。
「………あーはいはい。おっしゃる通りよレッテちゃん」
間髪入れないレテルの言葉に、森野は降参した。
「どういうこと? 森野」
コルダが首をかしげながら尋ねる。
「……理屈も何もないのよ。ただ、あの子が何か隠していて、そのことがとても彼女にとって大切なもので。………友人として、それを台無しにしたら、きっと後悔するんだろうなって、そんな風に直観的に思えちゃったのよ」
「私や森野ちゃんも、そう言う事情がないわけじゃないから……」
「そう言えば、あなた達もいろいろあるみたいよね」
森野は、レテルを護衛するために学園に入学した。それ相応に二人には公に出来ない理由がある。
一方、コルダ達も少々訳ありだ。軍の臨時のスタッフとして働いているが、実際のところは過去のとある事件で軍の監視下に置かれているからだ。
「……だから、実を言うとイースちゃんが話してくれるまで、この件は報告したくないのよ」
森野は、大きく息を吐きながらつぶやく。
「でも、このままでいいわけがないわよね?」
コルダの冷静な言葉に、森野も頷く。
「ええ。だからイースちゃんを泳がせたのよ。きっとしばらくすれば、あの子が手を打って何かが起こる。その現場を押さえれば、話せざる終えないわ」
「……呆れた。結局のところ、森野も報告するつもりないじゃない」
「悪いわねコルダ。でも、可愛い妹の友人を助けるのよ? 手伝ってくれるわよね?」
その言葉に、今度はコルダが大きく息を吐いた。
「……モミジ。ハノンから連絡着たら、すぐ飛び出すわよ? ジオはここで待機していて」
「レッテちゃんもジオと一緒にここにいてくれない? 場合によっては守りきれない」
「解りました」
「ところで森野、お前腕は大丈夫なのか?」
モミジの問いかけに、森野は笑う。
「確かに負傷はしたけど、私もともと右腕は痛みに鈍感だから。包帯さえまいておけば支障は無いわ」
「事故の後遺症だっけか?」
「そそ、そんなところ」
「無理はするなよ?」
「そうね、気をつけるわ」
そんな話しをしている中、コルダの伝機の通信機がコールされた。
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