7.独りの戦い 『少女が懸念した、後輩の動向』
寮の門限もあったため、イースフォウは少し早めの夕食を頂いた。
もう一人ハノンの家族、紫髪のツインテールの少女『フラジオレット』。コルダと同じくらいの年齢の、温和で優しそうな女性だった。
四人での食事は、イースフォウとしては複雑な気分であった。
家族というものに、ついつい敏感に反応してしまう。
ハノン、コルダ、フラジオレット、モミジは孤児院の出で、親は居ない。だがそれでもイースフォウには、その四人の「家族」という意識は強い事を感じ取れた。その雰囲気が自然と、イースフォウに実家に残してきた母親のことを意識させる。
とは言え、とても楽しい食事であった。フラジオレットが作った料理も実に美味しく、久々に家庭の味と言うものをイースフォウも堪能できた。
食事が終わるころには、すっかり日も暮れていた。
「じゃあ、気をつけて帰ってね」
「また来てくださいね、ハノンのためにも」
「今度はそっちに遊びに行くから!! 覚悟してればいいじゃん!!」
コルダ、ハノン、フラジオレットがイースフォウを見送る。
「すみません、ごちそうになりました。失礼します」
そう言って、イースフォウは帰路に就いた。
時間は午後七時。門限は連絡を入れているため、八時までに戻れば良い。距離的には30分程度歩けば帰れるので、そこまで慌てなくてもよいだろう。
が、しかしイースフォウは懸念する。
「この前の子……来るとしたらそろそろだと思うけど」
その言葉に、首から下がっているヒールとクロも答える。
「―微妙なラインだな。そんなに連続して襲撃しても、こっちが警戒しているのは解りきってるだろう―」
「―普通に考えれば、ある程度期間を置いてからでしょうね―」
だが、イースフォウはその言葉に首を横に振る。
「……ちがう、あの子は焦っていた。きっとなにか理由があって、時間がないんだ」
「―勘か? フォウ―」
「うん。勘だよ」
考えれば考えるほど、その勘が正しいように思える。
「とは言え、こっちはまだ迎え撃つ準備も出来てないし、今日は遠回りでも人通りが多い道を選んだほうが良いかもしれない」
「―……フォウがそう考えるのなら、そのほうが良いんじゃないかしら―」
ヒールはイースの勘を信頼した。作られた存在のヒールは、そういう面に関しては、マスターを頼るのがベストと考えているのだ。
意見もまとまったところで、イースフォウは人通りの多い、大通りに向かって歩き出した。
「で、ご飯に誘って、帰りの時間を遅めたわよ?」
丸太小屋の裏で、コルダは誰かと話をしていた。
「ん、ありがとう。時間もバッチシよ」
森野であった。二人は身をひそめるように話をしている。
「で、私は次はなにをすればいいの?」
「ついてきてほしいわ。私の護衛ってことで」
「おかしなことを言うわね。護衛はあなたの専門職でしょ? 護衛に護衛をするっていうことでしょ?」
コルダがクスクスと笑いながら言う。
「私ひとりじゃ、戦力として乏しいのよ」
「梨本森野が? 単独で動けば、あなたは軍人にも引けを取らないでしょう?」
「買いかぶりすぎよ。私は自分の命を守ることなら誰にも負けないけど、それ以外は三流のままよ。それ相応の戦力が必要な時は、誰かを頼るわ」
「ま、最近ハノンもお世話になったみたいだしね。いいよ、手伝ってあげる」
コルダは苦笑しながら、森野の頼みを引き受けた。
「じゃあ、まずはイースちゃんを追うわよ」
「イースさんを? 尾行でもするの?」
「正確には、二重尾行をしたいのよ」
「二重?」
「もし、イースちゃんが何者からか狙われていたら、何かしらの尾行をされている可能性は高いわ。それを見つけ出したいのよ」
「なるほど。私も探したほうが良いの?」
「コルダは私たちが尾行されないように気を配ってほしいわ。先に、『イースフォウを尾行している私たち』を相手が発見したら、逆に二重尾行されちゃうから」
「OK。了解したわ」
そんな話をしている間に、二人はイースフォウに追いついた。
「……こっちの道だと寮まで遠回りね。何かに警戒しているのかしら?」
「私、あなたたちの寮には行ったことないんだけど、そんなに方向違うの?」
「んー、そこまで全く違う方向ってわけじゃないんだけどねぇ。少しだけ迂回することにはなるし、大通りとはいえお店も少ないから、使う学生は少ないわ」
実際、車や自転車はよく通るが、徒歩の人影はほとんどない。イースフォウも、ぽつんと一人で、黙々と道を歩いているだけであった。
「今のところ、イースちゃんを付けている人影は無いわね」
「私たちを付けているような気配もないわ。……というか森野、むしろぶっちゃけ怪しいのは私たちじゃない?」
「……確かに、この道だと少し目立ちすぎるかな」
「周囲の建物の上から見張る方が良いんじゃない?」
通り沿いには、比較的背の高い建物が多く立っていた。建物から建物に飛び移ることも、森野とコルダなら造作もない。イースフォウを後ろからずっと付け回すよりは、よっぽど怪しまれるリスクは低いだろう。
「……確かに、そのほうが良いか」
むしろまだ見ぬ相手がそのように行動していたら、こっちの行動はとっくの昔にばれているかもしれない。
「森野も、慣れない事するもんじゃないわね」
「……昔は似たようなことも多くこなしたんだけど……。久しくやったら上手くいかないものね」
「こういうコソコソした行動を起こす必要が無くなったのは良いことじゃない」
「そうね、そればかりは感謝しないとね」
そんなことを話しつつ、二人は比較的侵入が楽そうな建物に目星をつけ、その屋上へと上がっていった。
計算外。一言でいえば、彼女の先日の失態はそんなところであった。
だが同時に、油断もしてたし情報不足でもあった。万全の態勢で臨むか、もしくは初めから奇襲なり不意打ちなりで作戦を立てれば、あそこまで絶望的に逃すことにはならなかっただろう。
何よりも、『奪う』気持ちが足りなかったように思える。先日正面から戦ったのも、心のどこかで『正々堂々戦って勝ち取る』ことを意識していた。そんな事したって、ただの自己満足だということくらい、彼女にだって解っていた。
だが、次は確実に取る。相手が油断した瞬間、奪いにかかる。重要なのはあれらの旧文明の遺産が発動しないうちに回収することなのだ。使用者と離しさえすれば、機能の発動は抑えられるはずだ。
だからこそ少女は慎重に、イースフォウの動きを観察していた。
イースフォウは今、車が多い大通りの脇を歩いている。
確かに車からとは言え他人の目があると、少女の行動を限定的なものとしている。
しかし、いずれは人の少ない道を歩くことになるだろう。イースフォウが戻ろうとしている寮は、少々大通りよりも奥まった場所にある。そう言った彼女の周りの事を、少女はすでに調べきっている。
学園の施設近くというのはリスキーとも思えるが、どのみちここは学園特区。軍や国の施設だらけなのだ。どこで襲おうが大きな違いは無いだろう。
と、そろそろイースフォウが見えなくなってきた。建物の屋上とは言え、ボーっとしているとすぐにターゲットは物陰に隠れてしまう。見失うわけにはいかない。
少女は次の建物に移ろうと歩きはじめる。
……と、不意にその建物の屋上のドアが、キィイと開かれた。
しかし、少女は動じない。オフィスがいくつか入る建物である。知らない顔がいても、おそらく不審には思われないだろう。堂々としていれば、軽い挨拶だけで済むはずだ。
が、ドアを開けて屋上に出てきた人物は、少女を見るなり、くすりと笑った。
「なるほど、まあ考えることは同じか」
薄暗い中でも少しの光に反射する金髪をたなびかせ、梨本森野はそう言った。
少女は取り乱さない。そもそも、イースフォウを監視しているときから、それを付ける影がいたことに気づいていた。
いったい何が目的か、そこまでは解らない……。
少女は、目の前の金髪の少女が何者か解らない。だが、ある程度の予想もはしていた。
つまるところ、イースフォウ・ヴァルリッツァーの身内。後をつけているところをみると、心配で様子を見ていたといったところだろう。
「でもまさか、いきなり出くわすとは思っていなかったわ」
森野の言葉に、少女はさらに警戒する。
(……わたしの存在を予測していた?)
イースフォウがこの前の公園の件を、周囲の人間にどこまでを話しているのかはわからない。だが、昨日今日と彼女の様子を見た限り、大っぴらに他の人に話した様子はなかった。
(ともなるとこの金髪の子は、イースフォウによほど信頼されているか、勘が鋭いのかのどちらか)
信頼されていれば話を聞いているだろうし、勘が鋭ければ独自に答えにたどり着く。
後者が森野をここに立たせているのだが、やはりそのことを少女は知らない。
だが、たった一つだけは、少女にも理解出来た。
信頼でも、勘が鋭くても、
「どちらにせよ、油断ならない相手……」
手には身長ほどの杖。先日イースフォウを追い詰めた武具である。
それを見た森野は、自分の伝機を展開する。
「花よ、花よ」
呟くようにポケットに忍ばせた、銃型のキーホルダーを握りしめながら唱える。
開放のキーを唱えられた伝機は、その空間に再構築される。
並行して、森野の服も変化する。学園の制服から、黄色のフリルをあしらった空色の戦闘服。
森野の右手にはピンクローズ。左手にはブルーローズ。
それを構える。
「黙って伝機を構えるってことは、疾しい事があるってことね。おとなしく話を聞かせてくれるかしら? イースフォウのことよ。あなた付けていたでしょう? あの子に何か用なのかしら?」
森野のその警告にも、少女は無言を貫く。
森野は、ちらりと自分の背後、屋上と室内を結ぶ扉を確認する。
そこには、コルダがいる。相手に見えないように、待機してもらっていた。相手にこちらの数の利を気付かせないためである。
そう、今ここで誤魔化されると、実のところ森野に彼女と戦う大義名分は無かった。あえて挑発して、相手に攻撃をさせる。森野はそれを口実に捕らえる腹積もりである。
こちらの方が数が多いことがばれると、相手が逃げ出す恐れもある。だから相手の力が解らない今、多少リスキーではあるが、まずは森野一人で相手をすることにした。
ここで相手と交戦しなければ、相手をとらえるタイミングを二度と得られないかもしれない。このチャンスを逃す手は無いのだ。
「わたしが守るモノは、すでに十分にあるわ。だからね、これ以上さらに守るものを増やすのは贅沢なのかもしれない」
生きれば生きるほど、森野は守りたいものが増える。
結局、少し前の件では後輩を助けきれなかった。
だから今度こそ自分の可愛い後輩を、レテル一筋の彼女がガラにも無く助けたくなったのだ。
「梨本森野、行くわ!!」
その言葉をきっかけに、少女と森野はぶつかった。
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