7.独りの戦い 『少女が怒る、忘れられた連絡』

その丸太小屋は、学園特区内の軍事関係者が生活する地区に存在した。

学園特区には、軍事関係者、研究者を始め、さまざまな職業の人々が住まう地区が存在する。軍人のエリアには学園特区内で任務を遂行する者たちが暮らしているが、その待遇は他の職業の人間より少々良い。一般軍人としても各自個室が宛がわれる。士官に至ってはこじんまりとはするが、作りのしっかりした家が用意される。この丸太小屋も、その中の一つであった。

が、そこに住んでいるものは軍人ではなかった。四人の若い男女であった。

四人はとある孤児院の出で、とある理由から今は自分たちで生計を立てている。

更にまたまたとある理由から、今は軍の管理下に身を置かなくてはいけなかった。その為、こうして学園特区の軍人居住区に家を借りることとなったのである。

しかし、管理下といっても、四六時中監視がつくわけではない。あくまで念の為の処置として、どちらかというと行き場の無かった彼女たちに住まいを提供するための口実という側面が大きい。

また、現在四人のうち三人は軍の準職員として仕事をしている。彼らはもともと仙機術を使えたため、今現在人員不足に悩まされる軍にとっては貴重な人材であった。

軍人よりは給料が低い準職員とはいえ、十分な額の給金をもらい、彼らの生活は安定していた。

そして、四人のうち残りの一人はなにをしているのかというと……。

「……で、あたしはお見舞いに行ったわけじゃん? 当たり前だよね、友人が病院に運ばれたって話だった訳じゃん?」

「……うん、そうだね」

「でもね、あたしも来年から学生じゃん。一応優良生徒枠で入るわけだから、それなりに宿題も多いじゃん。そう言うの投げ出して、急いで病院に行ったわけじゃん」

「う、うん」

「……でも、『昼にもう退院しました』ってどういうこと?」

こめかみをぴくぴくさせながら、銀髪の少女、ハノン・スタンウェイはイースフォウに尋ねた。

「あー、うん。大したこと無かったから……」

「だったらそ、そう連絡すればいいじゃん!!」

「あ、ああ。そうだね」

完全に失敗していた。頭がいっぱいだったとはいえ、せめてハノンとエリスくらいには連絡するべきであった。

ハノンから通信が文字で来たのは図書館を出た直後。

『おいこら、話しがあるじゃん。家まで来い』

文面を読んだ瞬間、何となくこの事なのは気がついた。

急いでエリスの方には通信機で退院したことを報告すると、『お見舞いには行こうと思っていたんですけど、結局行けなくてごめんなさい』と返された。もう少し報告が遅れたら、エリスもハノンと同じように怒り狂ってたかもしれない。

ハノンはというと、昨日イースフォウが退院した直後、病院に訪れたようであった。初めのうちは『まあ、タイミングが悪かっただけ。後から連絡も来るんじゃん?』などと考えていたようであるが、一向に連絡が来なかった為に怒りがこみあげてきてしまったらしい。

「まったく、なんで連絡くれないん? 元気になったら元気になったって言えばいいじゃん!!」

「む、むう。……いや、うん、そうだよね。ごめん」

「ごめんで済めば警察はいらないじゃん。イースはもっと反省すべきじゃフガ」

「ほら、ハノン。ストップよ」

不意にハノンの背後から、彼女の口がふさがれた。

「フガ!! ちょっとコル姉フガ!! なにすフガ!!」

「ハノン。あなたは感情が先走って、言い過ぎることが多いわ。イースさんは謝ってるんだから、そこで許すべきよ」

茶色の髪を背中まで伸ばした、赤い服を着た少女であった。少女といっても、イースフォウより年は上で、聞くところによると18歳との事である。見た目としては、もう少し幼くも見えるのだが……。

「イースさんも、解ってあげてくれると助かるわ。この子、友達が大事だから、すごく心配していたのよ。で、大切な友達から連絡もなかったんで、拗ねちゃったの」

「ちょ!! コル姉!! 余計なことフガ!!」

「コルダさん……。そう……ですよね」

赤い服の少女、コルダの言葉に、イースフォウは深く反省し、そしてハノンの気持ちを、素直にうれしく思った。

「ち、違う!! 私はただ単に礼節の問題を指摘してるわけで!! 別にイースが心配とかそういうゴフフガガフゴフガガフガ!!」

最後のほうは、笑顔のコルダに口を思いっきりふさがれた。

お蔭でイースフォウの攻めが止まる。だからイースフォウは真っ直ぐに、ハノンに伝えることが出来た。

「うん、そうだよね。ごめん、ハノン」

頭を下げて、謝った。

それを見たハノンから、体の力がスーッと抜けた。

そして、ポツリとつぶやいた。

「友達なんだから、もっと教えてよ」

本当に心の底からの言葉だったのだろう。

その言葉に、イースフォウは大きく感謝した。

「ま、ハノンはイースさんの後輩になるんだから、ちゃんと学校に入ったら、先輩って呼びなさいよ?」

コツンと頭を小突きながら、コルダがハノンに釘を刺す。

「……えー。イースが先輩とか、なんか変じゃん?」

「この子は……」

ゴツンと、さっきよりも強めに頭をはたくコルダ。

「いや、私は別に、今のままでいいんですけど……」

そう、友人なのだ。だったら、そんな些細なことは気にしない。

だが、コルダはコルダですでに社会に出て働いている身。上下関係の礼節には譲れないところもあるのだろう。

「だめ。そう言うところは社会に出て大切な礼節だから。今のうちから、ちゃんとしておくことに越したことは無いわ」

「とは言っても、親しい間柄で、そこまで硬くなることは無いだろう。第三者がいる時に、そういう呼び方を気をつければいい話だろうな」

そう口を挟みながら、部屋の奥から褐色の肌をした男性が現れた。緑色の服を着て、髪は濃い黒。まだ成人していないにせよ、それなりの年齢には達していそうである。

「ハノンにいい友人が出来て嬉しいよ。良かったら、これからも末長く、このじゃじゃ馬な妹と仲良くしてやってくれ」

そう言って、お茶とスポンジケーキを並べた。

「あ、モミジがケーキ作ったん?」

「ああ、俺が作った。ハノンの友人なんて初めてのことだからな」

「あんがと、モミジ!!」

ハノンは飛び上がって男性に抱きつく。

「……ほら、客の前なんだからおとなしくしろ」

そう言って、モミジと呼ばれた男性は、少々強引にハノンをイスに座らせた。

「口に合うかわからんが、良かったら食べて行ってくれ」

「ありがとう、モミジさん」

「じゃあ、俺はそろそろ仕事だから、準備したら行ってくる」

「解ったわ。ジオと交代だっけ?」

「ああ。たぶん一時間くらいしたら、ジオも帰ってくるんじゃないか?」

「悪いけど、一人分夕食が足りなくなると思うから、モミジは今日はどこかで済ませてきてくれない?」

「ああ、そうだな。良い提案だ、俺の分は気にしないでくれ」

その言葉に、ハノンの表情がぱぁッと明るくなった。

「コル姉!! それって」

「ええ、イースさんに食事食べて行ってもらいましょ」

その言葉に、イースフォウは手をぶんぶんふる。

「あ、いや!! 悪いですよ!!」

「いいのいいの。ハノンのお友達だもの。良かったら食べて行ってくれない? もう一人の家族にも紹介したいから」

「ね、イース、いいじゃん!! 寮には連絡しておけばいいんじゃん?」

「……確かに、そうだけど」

「「じゃあ、ね!?」」

どうやら、断ることも出来ないようである。

連絡できなかったことも、彼女としては少々負い目ではある。

イースフォウは観念して、食事を頂くことにした。

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