7.独りの戦い 『少女が調べる、旧文明の遺産』



流石に一晩は、イースフォウも大人しく身体を休めた。森野やレテルに助けられたのは幸いだったが、勘の鋭い森野である。何かを勘付かれても問題だと思い、念のため少し時間を置いたのだ。

日を改めて翌日、イースフォウは学園の図書館に足を運んだ。

アムテリア学園の一角にある図書館。それは、アムテリア合衆国内でも最大規模の蔵書を誇る、巨大な施設である。

……が、その実態は整理がほとんど行きとどいていない、この国最大の物置であった。

もちろんその一部は図書館として機能している。しかし、探している本を見つけるのに一日かかる事もある。本棚に良くも解らない雑貨が放置されている事もある。

いや、それだけならまだマシなのかもしれなお。本を探しているのなら、図書館には数人ながら司書もいる。雑貨程度なら害は無い。

しかしこの図書館には、なんと旧文明の遺産も紛れ込んでいる事もあると噂されていた。なぜ過去の遺物が国立の図書館に紛れ込んでいるのか解らないが、職員が遭遇した事例があるというのだから信ぴょう性はけして低くも無い。そんな理由もあってか、なんとも危険極まりない施設である。

それでも最近は司書に混ざって、とある学生が進んで資料整理と発掘に勤しんでいるため、だいぶ使いやすくなってきたりしているのだが……。

「……いや、ほんとにめちゃくちゃな図書館だわ」

そんな呟きをするのも仕方の無いものである。イースフォウは間違いなく『旧文明資料』の区間に来ていた。来ていたはずなのだが……、目の前の本を手に取る。

「……美味しいお菓子の作り方」

確認の為、彼女が本の題名を読み上げたところでその事実が変わることは無い。……なぜに料理本。

ため息をつきながら、本を元の場所に戻した。

それでも諦めずに、彼女は目的の本を探す。

何としても、今は情報を集めなくてはならないのだ。

イースフォウは一晩考えた。今自分が、後どうすべきか。

まずクロとヒールが話してくれた『ヴァルリッツァー当主のレジエヒールは、ワイズサードの秘密を知っていた』という情報から、今朝一番に本家に通信をかけてみた。レジエヒールに頼めば、少なくともこの危険から身を守る手段に成り得るからだ。

しかしイースフォウに応対してくれた使用人は、『当主はこの数週間、家をあけたままだ』と伝えてきた。

イースフォウに敗れ行方をくらませたスカイラインは、言うまでも無く当主の娘である。当主は仕事の合間を縫って、自分の娘の行方を捜しているとの事だった。

……別に悪いことをした訳ではないのだが、イースフォウとしても自分が原因を作った件である。今の状況の当主に助けを求める気は、それを聞いた瞬間消えうせた。

他に助けを求める当てもない。イースフォウが次に考えた事は、次襲われても対抗できるように仙機術に磨きをかける事をであった。

しかし、相手は旧文明の遺産を操っている。ともなると、まともに打って出ては勝てない。

だが攻撃を仕掛けてくるのは相手側だ。まともだろうがなんだろうが、向こうはこちらを諦める事は無いだろう。戦いは、きっと避けられない

一人での対応は難しい。だからこそ数人がかりで戦いたい……イースフォウとしても助っ人を頼みたい所ではある。

だが、クロとヒールの存在を考えると難しい。この件はイースフォウ自信が検討したとしても、その危険度は良く理解していた。クロとヒールとの付き合いや父親のことが無ければ、すぐにでも然るべき場に出すべき代物である。

だからこそどんなに信頼があろうが、金を詰もうがこの件がばれたら、誰であろうが国に軍に報告をするだろう。そうすれば確実に軍に回収される。

だがやはり、それだけはイースフォウも今はどうしても避けたく思った。

そんなこんなで結局、いろいろ考えてイースフォウは一つも答えが出せずに居る。

しかし、それでもイースフォウは迷って立ち止まることは無かった。昔と違い、行動を起こそうとした。

考えに考え抜いた結果最後に一つ思いついた事は、まずは相手の情報をなんとか集めようという事であった。

(旧文明の遺産だって、今までいろいろ発見されているし、彼女が使っていたあの杖も、何か情報があるかもしれない)

まったく同じものの情報でなくても、似たような道具が発見されている可能性もある。それさえ調べれば、相手の弱点や対処法が解る可能性がある。

雲をつかむような話かもしれないが、イースフォウとしては今自分に出来ることはこのくらいであった。

……のだが。

「この図書館から物を探すということは、きっと砂場でノミのコンタクトレンズ探すよりも難しいかもしれないわ」

そんなふうに、ため息交じりに彼女は呟いた。……呟いたところで事態は好転しないのだが。

なんにせよ、彼女が話に聞いていた以上に整理がなされていない。そのうえで施設は広大である。区間の移動を動く歩道で行うくらいである。しかも、地上には4階層あり、さらには申請次第では、その下10階層の地下もある。いったいどうやって、なんの予備知識もなしにお目当ての情報をこの広大な物置から見つけ出せというのか。

元より、方法は一つしかなかったのかもしれない。

「司書に、聞いてみるしかないか」

なるべく、人知れず調べ物をしたいと思ってはいた。今はどんな事から自分のこの状況を勘付かれるか解らないと、彼女は警戒していた。

だが見つからないのならば四の五のも言ってられない。流石に顔見知りに聞かない限り、調べものに深く関与はしてこないだろう。イースフォウは司書を探す。

(図書館のスタッフに知り合いなんて居ないしね)

彼女は周囲を見渡す。しかし、司書どころか人っ子一人見当たらない。旧文明の遺産の資料は、それなりに需要がある筈なのだが……。この冬季休みの時期に、わざわざ勉学の資料を探しに来るものも少ないのだろう。図書館の入り口付近のエンターテイメント作品を並べているエリアは、それなりに人も多いのだが……。

「……いないなぁ」

取りあえず入り口まで戻ればいいかもしれない。あそこならまだスタッフがいるだろう。往復は少々面倒だとも思ったが、イースフォウは入り口付近のエリアまで戻ることにした。

と、不意に物音に気付いた。

今自分が見ている本棚の、裏側に誰かいる。

イースフォウは、不意に興味が湧くのを感じた。そんなことを気にしている場合でも無いのだが、本来なら旧文明の遺産の資料が置かれている場所だ。こんな時期に勉強熱心な人間の顔は少し見てみたい気もした。

イースフォウは、何気ない足取りで、本棚の裏に回った。

するとそこには少し小柄な、白衣を着た少女が何やら本を整理していた。

黒髪で短髪。室内だというのに白い帽子をかぶっている。

(研究者かな?)

学園都市にはいくつか大学も存在する。この図書館は、学園都市に住まうすべての人に解放されている。研究者がこの図書館に資料を探しに来ることは、別におかしな話ではないのだが……。

……が、イースフォウはその考えをすぐに改める。

(にしては少し幼すぎる気がするな)

イースフォウから見ても、同世代かそれ以下か。低い背で懸命に本を片付けている姿は、むしろ危うい可愛さを感じてしまう。

と、そこまで観察して、少女が手にしている本がイースフォウの目にとまった。

『アムテリア史における旧文明の発掘』と題された本は、間違いなくイースフォウが探していたジャンルの本だった。

「あ、その本」

ついつい、声が漏れた。

「ッ!?」

が、その声に、少女はビクリと反応した。

かなり驚いたようで、イースフォウ振りかえって目を見開く。……までは良かったのだが、大量に積み上げられていた本に、少女の腕がぶつかった。

バサバサと、大量の本が地面に散らばる。

「あ……、大変、大丈夫?」

イースフォウは少女に駆け寄る。

少女はというと、近付くイースフォウに若干警戒するも、しかし目の前の本を放置しておく事も出来ずにわたわたしている。誰の目から見ても、人とのコミュニケーションが苦手な様子である。

しかし素早く本を集め始めたイースフォウに、取りあえず害は無いと判断したのか、すぐに並んで本を拾い始めた。

イースフォウは本を拾い集めながら、散らばっている本の傾向に気付いた。

(……どれも、旧文明に関する資料だわ)

歴史、種別、使用方法、対処方法。さまざまな内容ではあったが、どれも旧文明の資料、とりわけその時代にあったであろう技術に関するものである。

イースフォウが探し求めていた資料である。

「あの、ちょっと聞きたいんだけど」

イースフォウがそう話しかけると、少女はやはりビクリと反応する。

おずおずと視線を上げて、イースフォウの目を見つめる。

「……な、なに?」

片付けるのを手伝ったからか、イースフォウに対しての少女の警戒心は若干少なくなった。これならば質問されたとしても、どうやらすぐに逃げ出すような事は無いだろう。

「ええとね、このあたりの資料って、この裏の本棚にあったみたいなんだけど……」

もしかしたら、片付ける場所を間違えているのかもしれない。

しかし少女は少し申し訳そうな顔をして、

「ええと、資料が多くなったから……。今本棚ずらして整理中」

「あ、なるほど」

どうやらタイミングが悪かったらしい。やはり初めから図書館の司書にでも聞けばよかった。

と、イースフォウは気づく。本の整理をしているということはつまるところ、目の前の少女は図書館の司書……ではなくともスタッフなのだろう。

この少女にいろいろ聞けば、資料も楽に探せるかもしれない。

「あ、ちょっと良いかな?」

「……何?」

「私、今旧文明の遺産についての資料を探しているんだけど、出来るだけいろいろな種類の遺産が調べられる書籍ってあるかな?」

「いろいろな種類の遺産……。どうだろ」

スッと立ちあがって、少女は並べてある書籍を眺めながら話す。

「旧文明の遺産って、それこそ数え切れない。だから、必然的に系統や技術なんかで本が分かれる。……辞典みたいな本はあまりないし、あっても参考にならない。……調べたい遺産があるのなら、それ自体の専門書を見つけたほうが良い」

と、淡々と少女はつぶやくように解説した。

しかし、その言葉にイースフォウはため息をつく。

「いや、でも見たことあるだけで、名前も詳しいことも全く分からなくて……」

「それは施設規模? それとも道具?」

「ええと、道具かな。……と言っても、本当に旧文明の遺産かも不明確で……」

「……? 見ただけで判別できない? 現代に良く見る何かと同じ形状?」

「ええと……」

ここまで話して、イースフォウははたと気づく。

(少し喋りすぎかな?)

如何に他人とは言え、今調べていることはそこまで大っぴらにしないほうが好ましい。今日初めて会ったこの少女に、どこまで話して良いか判断が難しかった。

イースフォウが交戦した相手の武器の話なのだ。それを伝えれば答えはすぐに出てくるかもしれないが……、そこから不審に思われないとも言い難いのは間違いない。

……が、しかし彼女一人の知識だけでは間に合わないのも事実だった。目の前の少女は、間違いなくイースフォウよりは知識も豊富である。

とりあえず、適当にごまかしながら、知りたい情報を得るしかない。

「ええと、いやなんか昔見た旧世界の遺産に、伝機っぽい形をした道具があったような気がして……。でももしかしたら、ただの新型の伝機だったかもしれないし、ちょっと調べてみようかなって……」

イースフォウは内心自分のなかなか上出来だな作話にほっとする。これならへんに怪しまれることもないだろう。

「伝機のような形をした旧文明の遺産ってあるのかな?」

「伝機の形の遺産……」

少女も腕を組み考えるそぶりを見せる。

伝機とは、旧文明の時代が過ぎ去ったかなり後に、現代の人間が作った道具である。そもそも、旧文明時代には仙気という力を人は持っていない。伝機が発明されるわけがない。。

つまり、普通に考えれば、旧文明の時代に、伝機に似せて何かを作ることは無いのだが……。

「そりゃ、伝機と似た旧文明の遺産なんて、腐るほどあるんじゃないかなー、どう考えても」

「……え?」

不意に、イースフォウの後ろから声がした為、イースフォウは後ろを振り返った。

……が、少々不可思議なことが起きていた。

そこには、今まで自分と話していたはずの白衣の少女が、ニコニコと笑いながら立っていた。

「……あれ?」

もう一度、今まで少女がいた方にむき直す。

と、そこにも変わらず、白衣の少女がたっている。

「……って、ええと……」

イースフォウは二人の前と後ろを交互にきょろきょろと数回確認し、結論に至る。

「……ええと、双子?」

でなかったらドッペルゲンガーという現象かもしれない。

ちょっと似ているんですレベルではごまかしきれないほどの同じ顔に、イースフォウは戸惑いを隠せない。

と、後から現れた少女が、イースフォウの言葉に反応する。

「なるほど、双子か……。……うん、まあそうね、そんなところかな。ねえ、マイ」

その言葉に、元からいた少女がコクコクと首を縦に振る。

「……へ、へえ、驚いたわ。……あまりにも瓜二つだから」

服装まで一緒である。どう見分けをつければいいのかわからない。

が、その事はとりあえず置いておくことにする。イースフォウは後から現れた少女に尋ねる。

「ところで、今、伝機と似た旧文明の遺産なんて腐るほどあるって言ったよね。どうしてそう言いきれるの?」

その言葉に、少女はきらりと目を光らせて、尋ね返してきた。

「じゃあ、そもそも、伝機って何かな?」

「伝機とは何か……?」

伝機とは、仙気術を万人が扱えるようにと開発された道具である。伝機の開発により、仙気術が使えなかった大半の人類が、等しく同じレベルの力、仙機術を使えるようになった。

「仙気を万人が使えるようになる道具……では違うの?」

その答えに、少女はちっちっちと指を振る。

「確かにその通りなんだけどねー。じゃあ、仙機術を使うってことはどういうことかな? 一体仙機術って何に使うの? なんで人類はそれを使わなくちゃいけなかったのかな?」

「なぜ使わなくちゃいけないか……」

「そそ。たとえば技術を革新するだけならば、ごく限られた人材が仙気術を使って、出来ない人はそのフォロー。そうやって大きな力を生み出せばよかった。仙気を使えればその人は優遇されるかもしれないけど、万人が絶対に使わなくてはいけない理由にはならないのね」

仙気は始め、ごく限られた人間しか使えなかった。しかし、確かにその時代、使える人間は人を導き技術を革新し、使えない人間も導かれながら協力して技術の発展に貢献していた。

確かに少女の言うとおり、全員が使えなくてはいけないというわけではなかったのだ。

だが、イースフォウは知っている。先日の補修で、いやというほどヤマノ教師から、そのあたりの歴史については再度学ばされた。

「……二度の大戦。……そうか伝機は……」

「戦う武器として生み出されたのね」

一つ目の大戦。現代の人類が初めて遭遇した大規模な旧文明の遺産、その自立兵器との戦い。その戦いでいくつかの国は滅んだものの、伝機の発明により、人類は旧文明の遺産との戦いに辛くも勝利する。

「伝機の一番初めの形状はただの棒だったんだけど、戦いやすさを求めて改良されていくのね。戦いやすい形を模索するその過程で、その答えはそれまで人々が使っていた武具に他ならなかったのね」

イースフォウは、首から下げているカード型のストーンエッジに触れる。ストーンエッジも、剣の形を模してつくられている。

「伝機のもととなった道具、剣や槍といった武具。そう言った武具は旧文明の世界にも存在したのね。つまり旧文明の世界でも戦いに関する道具は、それまでの武具に模してつくられると思うのね」

「そうか……もともと模したものが同じだとしたら、伝機も旧文明の遺産も似てしまうのは当然」

「そ。それが旧文明の時代に作られた武器だとしたらねぇ」

たとえば森野の使うローズ社製の伝機は、『銃』という形を模すものが多い。しかし、この『銃』とは、旧文明の時代につくられた武器であり、現代には存在しない。数少ない文献から、ローズ社の社長が伝機に応用し、その形が現代によみがえったのだ。つまるところ、伝機は旧文明の影響を強く受けている事があるのだ。

伝機に似ている旧文明の遺産ではないのだ。旧文明の武器に、伝機が似てしまうのだ。

だが、

「でも、あれは確かに仙機術を使っていた……」

魔力反応もあり、旧文明の力を行使もしていたが、同時にその直前までそれを使って仙機術を行使もしていたのだ。

そんなイースフォウのつぶやきに、後から現れた少女は答える。

「だとしたら、伝機に旧文明の遺産がとりついているケースかな」

「とりつく?」

「旧文明の遺産っていうのはね、とにかく別の技術を取り込もうとする傾向が強いのね。仙機術っていうのは旧文明の遺産にとっては未知なる技術だから、進んでそれにとりついたり取り込もうとしたりするケースも多いのね」

その解説に、イースフォウは思い当たる。自分の伝機をぎゅっと握った。

(なるほど、取りつくか。私は良く知っている。……それはヒールとクロのことよね)

確かに言われてみれば、自分の伝機は旧文明の遺産が取り付いている。逆に言えば、相手がそのような状態の伝機を持っていたとしても、全くあり得ない話ではないのだ。

「えっと、あなたはここの図書館の人? だとしたら、そう言った旧文明の遺産が書かれている書物を探してるんだけど……」

その言葉に、少女は笑居ながら、もともと本の整理をしていた少女に声をかける。

「んー。マイが整理していた本が、そんな感じのやつだったかな。 よさそうなのあるかな?」

「……ええと、……これ」

と、本を整理していた少女、マイが一冊の本をさしだしてきた。

「……でも、持ち出し禁止。閲覧のみ許される本だから……って、ユーナなにするの!!」

その本は、後から来た少女、ユーナに取り上げられる。

「あのねぇ、こんなマニアックな本、別に持ち出し禁止にしなくてもイーじゃない」

ぱらぱらとページをめくり、ユーナはスッと本をイースフォウにさし出した。

「あたしが許すから持ってっていいよぉ。どーせこんな整理の行き届いていない本が、一冊に二冊無くなったって誰も気にしないのね」

「……あの、もしかして、あなたはこの図書館の偉い人?」

しかし、イースフォウのその問いかけに、ユーナは手をひらひらさせて否定する。

「あはは!! そんなことないよぉ。あたしはただのお手伝いさんの、学生さん。まだアムテリア学園二年生だし、権力なんてもってないのね」

その言葉に、マイはげんなりとした表情をする。

イースフォウとしても、なんで勝手に本の持ち出しを許せるのか、そんな疑問は解消されなかった。

しかし、それよりも驚くことがあった。

「あ、先輩でしたか。失礼しました。第一学年のイースフォウ・ヴァルリッツァーです!!」

小柄な外見もあり、てっきりもっと年下かと思ってしまっていた。

「うん、知ってるよ。この前の模擬戦闘も見てたから。あたしはユーナ・セルマー。そっちの子はマイ・セルマー。よろしくね」

「あ、はい先輩。よろしくお願いします」

先輩なんて照れるねー、などとマイに話しながら、ユーナはイースフォウに尋ねる。

「で、他に知りたい情報はある? あなたは本来、いろいろ探したいものがあるんじゃないかな?」

その言葉に、イースフォウは少々息をのんだ。まるで、……こちらの何かを見透かされたような感じがした。

確かにイースフォウは探したいモノがそれなりにある。

例えば彼女の父の消息。最近は彼女自身進んで探す事も無かった。だが元々彼女がこの学園に入ったのも、軍人になって父親の行方を捜す力を得る為である。

それだけではない。最近は更に行方をくらました、彼女の同門の少女のことも気がかりだ。イースフォウとしては他人事でもないため、早めに探し出さなければならないと思っている。

しあし今はそれよりもまず、身に降りかかる火の粉をふり払わなければ彼女に明日は無い。そう、せめてその正体を知らなければ。

きっと近いうちに、あの公園の少女は現れる。イースフォウはその時のために、用意できることを出来るだけしなければならないのだ。

「今は……大丈夫です」

「そう、大丈夫なのかな、『今』は」

そう言って、ユーナは、さらに二三冊の本をイースフォウに渡した。

「ついでにこの本も見とくといいかもねぇ。あたしの身近な人が、実際に体験した事をつづったものだから、下手な本よりも役立つかもねぇ」

良く見ると、本ではない。何かのノートであった。

「……あ、……それ」

「良いじゃない。どうせマイは頭の中に全部はいってるんだからね」

ユーナとマイの不思議な会話に多少引っかかりながらも、イースフォウはその本も持って行くことにした。

おそらく目の前の少女が渡すものに、間違いは無い。そんな気がしたのだ。

「ええと、では、ありがたくお借りします、先輩」

「おっけー。いつかそのうち返しに来てくれればいいからぁ」

「では、失礼します」

そう言って、イースフォウはその場を後にした。

残されたユーナとマイは、しばしイースフォウの去った方を眺めている。

すると、不意に電子音が鳴った。ユーナは待機状態にしている伝機を、懐から取り出した。赤い、ビー玉のような形状である。

ユーナはそれを操作し、通信機能を立ち上げた。

「はいはい、ユーナだよ」

『森野よ。首尾はどう?』

「んー、まあおおよそ森野の言ったとおりだったよぉ」

『……そう。じゃあ、資料も渡したのね?』

「断る理由は無いから~」

ころころと笑いながら、ユーナは答える。

『……で、どのタイプだったの? 魔族? 旧文明の施設?』

「うんにゃ、武器関係だったのね」

『武器……か』

少し考え込むような森野の声に、ユーナはさらに情報をつけたす。

「でも、もしかしたら寄生型の遺産かもねぇ」

その言葉に、森野はさらに考え込むように沈黙した。

『…………どちらにしても、自立兵器や魔獣、施設でもなさそうなら、大きな事件にはならないと思うけど』

「どうかな。もし旧文明の遺産が絡んでいたとしても、たかが学生風情が、所見でなにかを判断できるとは思えないのね」

『……大規模な事件になる恐れがあるってこと?』

「さーて、あたしは解んないのね。でもあの子はやっぱり、ただの通り魔に襲われたわけじゃないのね。事件の届け出もしないで、明らかにそれがきっかけでの調べ物、わかりやすいねぇ」

その言葉に、森野は同意する。

『……そうね、やっぱり私もそう思うわ。……で、イースちゃんはどこに向かったのかしら』

「そこまではあたしも解んないよぉ。ま、自室に戻るかなんかして、資料を読むんじゃないかな?」

『……そうね』

「ま、まだ館内にいると思うけど、じきに図書館から出てくるんじゃないかな? そこから付ければイーじゃない」

その言葉に、森野は数秒沈黙する。

そして、声を絞り出すように尋ね返した。

『……まあ、確かに外で待ち構えてるんだけど。……話したっけ?』

誰にも話さずに、身を潜めていたはずなのであるが。

「うんにゃ。森野ならこれから数日はあの子に付きまとうはず、って思っただけ」

『……付きまとうって……、少しは言い方を考えてよ。……事実だけど』

そんな森野の非難を、ユーナは軽く流した。

「じゃ、今度駅前のケーキ奢るのね。手伝ってあげたんだから」

相変わらず敵わない面があるなと、森野はため息交じりに答えた。

『はいはい、じゃあ通信着るわね』

森野は通信を切った。

ユーナは、無言となった通信機をちらつかせながら、隣で黙々と本を片付けていたマイに話しかけた。

「マイ、面白そうなことになってきたよぉ」

そのユーナの言葉に、マイは小さくため息をつくのであった。

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