7.独りの戦い『少女が隠す、戦いの要因』
イースフォウが目を覚ますと、そこは見知らぬ場所だった。
「……ん」
彼女は身体を動かそうとすると、身体が軋むのを感じた。そのまま力を入れて……手足は動く。背中と背部に痛みは感じるモノの……、激痛と言うほどのものはなかった。
身体のことを確認したところで、イースフォウは自分がどのような場所に居るのかを理解した。
白いベッド、嫌味なほど清潔感がある部屋。静かなようでいて、慌ただしく部屋の外を走り回る足音。
「……病院?」
上半身をゆっくりと起こす。ジワリと体がいたんだが、やはり起きられないほどではなかった。
「……ん、ふう」
イースフォウは自分の腕に違和感を感じた。良く見ると右腕に針がさしこまれていた。針から管が伸びており、その先には液体の入ったパックがある。栄養剤か何かだろうか、点滴だった。
そしてそのすぐ横に、イスに座って目をつむっている少女が一人居た。
「……森野……先輩?」
不意に目の前の人物の名前を呼んでしまった。しかし、森野は目を開けない。眠っているのだろうか?
イースフォウは未だ少しばかり混乱する頭で、状況を整理する。
(自分は確か、公園であの少女と戦闘していた。で、確かあの謎の攻撃を受けてしまって……)
その後から、イースフォウは自分の記憶が無くなっていることに気付いた。意識を失った事も大いに予想がついた。
(……私は、あの後どうなったの? あの子は……? 私は無事だったの?)
と、そこまで考えて、イースフォウは重要な事を思い出した。
「……クロ!! ヒール!!」
あわてて周囲を見渡す。しかし、部屋にはベッドと点滴、あとは小さな戸棚しか見当たらない。
戸棚の中、もしかしたらそこにあるかもしれない。
イースフォウは手を伸ばす。しかし、点滴が引っかかってとどかない。
「……っく、クロ。ヒールッ!!」
(間違いなくあの時、自分は戦闘中に気絶してしまった。ということは、その後あの少女に黒とヒールを奪われた可能性は高い)
だとしたら、すぐに取り戻さなくてはならないとイースフォウは考えた。少女があれを何かに利用しようというのなら、それはとても危険で、恐ろしい話だ。あれのどちらか一つでも世界を混乱に導く力がある代物だ。もし獲られたとしたら、イースフォウは彼女からクロとヒールを取り戻さなくてはならない。
しかし、まずは身の回りを探さなければならない、手近な戸棚に探し物があれば、問題は無いのである。
「ちょ!! イースフォウさん、何をしているのですか!?」
不意に、病室の入り口から声がした。
銀髪の、イースフォウと同じくらいの年齢の少女であった。
レテルである。
イースフォウはレテルを見るなり、半ば食いかかるように問いただす。
「クロとヒール……!! わたしの伝機はどこ!?」
「で、伝機ですか!? ええと、確かその戸棚に……」
パタパタと駆け寄り、イースフォウが手を伸ばす戸棚をあける。すると、中からカード型の伝機と、黒い石と紫の水晶ペンダントが出てくる。
「……あ。……クロ、ヒール」
レテルは、イースフォウにそっとそれを手渡す。
イースフォウは手の上にあるそれを確認する。
「……無事だったの」
ひどく安心した。意識が飛んでしまっていたこの状況、イースフォウとしては確実に奪われてしまったと思い込んでいた。
なにせあの状況での気絶だ。援軍でも来ない限り、相手の思うがままだっただろう事はイースフォウにだって想像できる。
だが、だとしたらなぜ奪われなかったのか、新たな疑問が浮かび上がった。
「ええと、気分はどうですか? イースフォウさん」
レテルが心配そうに問いかける。その時になって初めて、イースフォウはレテルの存在……と言うか、『自分の目の前に人が居る事』に気が付く。
「…あ、ご、ごめんなさい」
何も見えなくなっていた。取り乱してしまった。起きぬけが重なった混乱としても、少々度が過ぎている。
しかしレテルは、くすりと笑う。
「大切なものなのですね、その伝機は……」
一瞬イースフォウはドキリとする。これが重要なモノであることは、今のイースフォウの反応から見れば、レテルだって容易に想像が出来る。
今ここで、変に感付かれることは、イースフォウとしても避けたい。
しかしすぐに気付く。杞憂が過ぎる。これがイースフォウにとって大切なものである事は別にむずかしい理由なんていらない。
イースフォウは自分のあまりの戸惑いぶりにため息をつきながら、苦笑しながら答えた。
「……今となっては、父さんの最後の贈り物だから」
イースフォウとしても、上手い言い訳を口に出来たと思った。
「そうですか……」
レテルはさして気にしたそぶりも見せず、森野の隣に座る。
森野はというと、今のひと悶着に気づくこと無く、スースーと寝息を立てている。
「………森野ちゃん、ついさっきまで起きてたんですよ」
「ええと、……今何時くらいなんですか?」
「朝の9時くらいかな。イースフォウさん、一晩寝っぱなしだったんですよ?」
「……あれからそんなに経っているの」
とは言え、あれだけ強い攻撃を受けて一晩で済んだのだ。当たり所は良かったのかもしれない。
「ええと、あなたは」
イースフォウはレテルに問いかける。
「あ、ごめんなさい。自己紹介がまだでしたね。私はレテル・ネウイエル・パトリコラ。森野ちゃんのクラスメイトでルームメイトなんです」
「あ、あなたがレテル先輩ですか。森野先輩から話は聞いています」
「私もイースフォウさんのことは聞いていますよ。すごい頑張り屋さんだって」
「そ、そうなんですか」
頑張り屋。自分の事とは思えない評価であるが、それでも先輩の評価がそうなのはイースフォウとしても素直にうれしかった。
と、ここまで話してイースフォウは気づく。
(そう言えば、一晩私の事を見ていてくれてたってことは……)
「あの、先輩たちが、私を助けてくれたのですか?」
あの場にもし偶然にでも森野が現れたとしたら、イースフォウは助かったかもしれない。
だが、レテルは首をかしげる。
「ええと、病院に運んだのは確かに私たちですけど……。なんか、通り魔はイースフォウさんがどうにかしたんじゃないですか? 私たちが駆け付けた時には、その場に立っていたのはイースフォウさんだけでしたし……」
「……え?」
立っていた。確かにレテルはそう言った。
違和感を感じた、イースフォウは確かにあの場で気を失い倒れたのだ。
普通に考えれば、立っていた訳がない。
イースフォウからしてみれば、それは無意識のうちにそのまま戦っていたと言われたようなものである。
だが、もし不自然ない展開として考えられるとしたら、イースフォウには思い当たることがあった。
(クロかヒールの力かな?)
クロはもともと、持ち主を利用して世界を滅ぼす道具。ヒールは持ち主を支援して世界を救わせる道具。真逆の役割を持つこの二つだが、『人を操る』事は、この二つの道具が持っている本来の能力的にはあり得るのだ。
だが、イースフォウは未だ安心してレテルと会話できないことに気付く。
(上手く話を合わせないと、面倒なことになるかな)
クロとヒールは、伝機に備わっている人工知能ということになっている。
その理由はひどく簡単で、もし旧文明の遺産とばれてしまえば、この二つは軍に回収され、安全な場所に保管されてしまうからである。
ワイズサードを見つけるためにも必要なこの二つの道具。この二つを手放すことはイースフォウと彼女の父がさらに離れることを意味している。
それに意思を持つこの石たちは、イースフォウにとって家族と言っても過言ではない。彼女としても、みすみす離れ離れになるのは避けたくもあった。
(なんとか、昨日クロとヒールがどんな感じだったかが解かればいいんだけど……。)
「あ、でも確かその伝機の人工知能さんも言ってましたね。『激しい戦いで、もしかしたら記憶もあいまいになるかも』って」
イースフォウは、クロとヒールに感謝した。そういう状況だとしたら、ある程度会話がかみ合わなくても、問題は無いかもしれない。
「ええと……。ええ、実はちょっと記憶があいまいで」
「そうでしたか……。昨日一通り検査したんですけど、いくつか打撲はあるものの、ただちに危険な状態ではなかったようです」
とは言っても仙気術の使い過ぎで消耗していたから、栄養剤は投与されましたけど、とレテルは付け加えた。
その時、コンコンとドアがノックされた。
「いいかな、失礼するよ」
ガラリとドアを開け、白衣の男が入ってきた。
「あ、先生」
レテルはお辞儀をする。
「ん、イースフォウさん、目が覚めたかね」
イースフォウは理解した。どうやら、この人物がこの病院の医者らしい。
「あ、はい。ご迷惑をおかけしました」
「まあ、なに。これも仕事だからね」
そう言いつつ、イースフォウに近づき、体温計を手渡し、血圧を測り始める。
「顔色は悪くないね。意識が戻らなかったのは少し気になるけど、昨日の検査は問題なかったし、もういくつか精査したら、昼過ぎには自宅に帰れるよ」
「そうですか……」
「良かったですね、イースフォウさん」
「そんなわけで、今からもう少し検査をしたい。起き上がれそうかい?」
イースフォウは試しに体を動かす。
やはり問題はなさそうだ。歩くこともかないそうである。
「はい、大丈夫です」
「では、こちらについてきてくれ」
そう言いつつ医者は、イースフォウに手を貸し、ベッドから立ち上がらせる。
「私は、森野ちゃんが起きるまで、ここで待ってますね。森野ちゃん、一度安心して寝付くと、なかなか起きないから……」
「解りました。ちょっと行ってきますね」
そう言って、医者に連れられて、イースフォウは席をはずした。
レテルは、それを見送った。そして誰もいなくなったのを確認すると、ゆっくりとつぶやく。
「どう思います? 森野ちゃん」
その言葉に、森野はスッと目を開く。
「……記憶があいまいだか何だかなのは本当みたいだけど、イースちゃんは自分が無事だったことに違和感を感じていたみたいね。初めは、私たちに助けられたと勘違いしてたし」
「伝機に対しても、少し不自然な反応でした。そこまで慌てふためくことでしょうか?」
「まあ、イースちゃんの伝機は、ヴァルリッツァー家で用意されているものだから、それなりに大切な理由はあると思うけど……」
「そうでしょうか……」
二人はしばし黙り込む。不自然と言うほどでは無いものの、違和感を感じることはいくつかあった。
結界もそうだし、何者かを撃退したイースフォウの曖昧な記憶もそう。イースフォウの伝機に対する少しばかりオーバーな反応に、彼女が受けた数々のダメージ。
検査結果に大きな問題は無かった。だが、一晩気絶していたのだ。体には打撲があるわけだし、仙気術の使い過ぎという検査結果も出ている。無傷ではない、本気の戦いをした形跡があるのだ。
「ただの通り魔や喧嘩なら良いわ。でも、そうと決めてかかるには、ちょっと不可解な事が多すぎる」
「報告……したほうが良いでしょうか?」
レテルが提案する。彼女も森野も、そしてイースフォウもアムテリア学園の生徒である。まだ軍人ではないとはいえ、軍の関係する教育機関に在籍している身。それ相応のことに対しては、上層部への報告を義務付けられているのだ。
だが、森野はゆっくりと首を横に振る。
「……いや、もう少し様子を見るわ。イースちゃんはどうも何かを隠しているように思えるけど……。悪い理由で隠し事をする子じゃないわ。理由もあるだろうし、もう少しいろいろ調べてみましょう」
「……森野ちゃんがそう言うのなら、そうしましょうか」
再検査をしても、イースフォウの体から大きな問題は見つからなかった。
このまま入院していて異る理由もないため、医者の言うとおり、昼ごろにはイースフォウは自分の足で家に帰ることとなった。
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