7.独りの戦い 『少女が悩む、再戦の機会』

風の音が木々の葉を揺らす。自然の中あらゆる喧噪は無いが、ただただ静かであり騒がしくもある。

いやその中に一つ、自然の音ではないものが混じっていた。風を切るような音が、一定のリズムで響いてくる。

赤毛の少女が、一心不乱に伝機を振るっていた。

とは言え、彼女の敵はここにいない。

ただただ虚空を、少女は繰り返し繰り返し、斬り裂く作業を続ける。

昔から行っている修練、鍛錬、訓練。

ただ敵を倒す為の動き、伝機をよりスムーズに振るうよう身体を調整する、それだけを目的とした行為。

ヴァルリッツァーの奥義により近づくための、唯一の方法。

少女、スカイライン・ヴァルリッツァーがただの一時もサボることなく続けてきた事であった。

そう、彼女は真面目に迷わず修練してきたのだ。信じて鍛錬してきたのだ。

だから、初代ヴァルリッツァーに一番近いと、そう評価されるまでに至ったのだ。

なのに、負けた。

よりにもよって、彼女が知る限りだれよりも不真面目なはずの少女に負けた。

あってはならなかった。間違ってもそれだけは許されることではなかった。

だが、現実に起きてしまった。

覆ることも無かった。

「ッふ!! ッふ!!」

初めの一週間は、眠れぬ夜が続いた。悔しさと、納得できない感情と、信じたものに裏切られたような思い。さまざまな感情が渦巻いて、スカイラインに襲いかかった。

次の一週間は少し冷静になる。現実を受け止め、彼女はなぜ自分が敗れたのかを分析していた。イースフォウに対しても未だ心に引っかかるものがあったが、自分を負かした人物としてしっかりと今までの認識を改めた。

そしてこの一週間、スカイラインは一心不乱に訓練に励んだ。

今まで行ってきた修練。

新たに取り入れた修練。

それこそ寝る間も惜しんで、伝機を振り続けた。

この頃になると、スカイラインの心は随分と安定してきた。

ただただ真っ直ぐな心。目標に向かうスカイラインの昔からの心。

一途だが、それゆえ迷わない、不屈の心。

スカイラインと言う少女の、人となり。

「いやぁッ!!」

一際気合の入った一線で、空を切った。

そのままぴたりと止まり、ゆっくりと残心しながら、伝機の構えを解く。

「次こそは、勝つ」

けして大きくはない、しかし芯の通った声。

スカイラインの決意であった。

ここは、学園特区からだいぶ離れた山岳地帯。多くの異常進化した怪物が住まう、危険区域である。

スカイラインは、イースフォウに負けたその日から、ずっとこの地で鍛錬を続けていた。

三週間、キャンプを続け食材は現地調達。特にこの一週間は朝から晩まで仙気術の訓練と、彼女は自分を追い込んでいた。

この日も朝から鍛錬を続け、現在は日が暮れる一時間程前。急いで夕飯の準備をしなければならない。

スカイラインは展開していた伝機を待機状態にすると、寝泊りをしている一角に向かい歩きはじめる。

残りの食材を思い出しながら、途中小川で水を汲む。

水のせせらぎが心地よい。その川の流れを、じっと見つめる。

水面に映る顔は、三週間の鍛錬の影響で細かな傷がいくつか付いていた。

しかし、スカイラインは感じる。今の表情は、あの戦いの前の自信に溢れていた表情を取り戻しつつある。

あの頃の自分に戻る。……いや、あの頃よりもさらに自分は強く成った筈だと、スカイラインは確信した。

「そろそろ、再戦を仕掛けたいわ」

しかし、彼女は悩んでいた。

彼女が戦いたい相手イースフォウ・ヴァルリッツァーは、果たして個人的な再戦をすんなりと受け入れてくれるのか、それが疑問だった。

以前のイースフォウは、戦うことや行動することに迷いを感じていた。そのために、どんな挑発にも乗ってこない時期があった。

それは前回の公開模擬戦の時に克服されたようで、少なくと昔のような躊躇はしないだろう。

しかし、とは言っても今のイースフォウに、スカイラインとどうしても戦わなくてはならない理由は無い。頼み込めば再戦してくれはするだろう。しかし彼女の性格を考えると、訓練的なもので収まってしまうだろう。

本気の何かを賭けたがむしゃらなイースフォウと戦うには、現状はあまりにも難しいと言わざるを得ない。

だが、スカイラインは悩む。そのがむしゃらなイースフォウでないと、再選の意味は無いのだ。少なくともスカイラインは、本気でがむしゃらに戦うつもりだ。だからこそ、そうでないイースフォウなど敵にもならない。何も賭けてない本気ではない相手を叩きのめしたところで、そんな戦いに意味など無いのだ。

「いっそのこと、正体隠して闇討ちでもしようかしら」

物騒な方法だが、案外これが一番有効かもしれない。

……しれないが、バレたらアムテリア学園は退学させられるだろう。ただの暴力事件である。そんな事に成ったら実家にもかなり迷惑をかけるし、ヴァルリッツァーの名にも泥を塗ることになるだろう。

さすがにそんなバカなことはできないなぁと、肩をすくめてスカイラインは立ち上がる。

「ずいぶん物騒なお話ですわね」

不意な声。

「ッ!!」

スカイラインは驚いて振り返る。

そこには、黒いローブを羽織った女性が立っていた。

顔は少し隠れて見えないが、輪郭や声色から、成人した女性であることは間違いない。

しかし、そんなことは問題ではない。ここは異常進化した怪物も生息する危険地帯。一般人は簡単には入り込めない。

(……隙のない身のこなし……、仙機術使いよね)

スカイラインは警戒しながらも、その女性に尋ねた。

「どなたですか? わたしに何か御用かしら」

その言葉に、女性は笑う。

「ええ、探しましたわ。『迅雷のヴァルリッツァー』」

『迅雷のヴァルリッツァー』スカイラインの誇り高き二つ名である。

「……詳しいですね。私を迅雷と知って、何用でこんなところまで来たのかしら?」

「いえいえ、あなたの実力を見込んで、少々お手伝いをお願いしたかったのですわ」

その言葉に、スカイラインは首を横に振る。

「悪いけど、私は忙しい。見ず知らずの人の頼みなど受けている暇はないわ」

だが、女性は静かに笑いながら、あることを口にした。

「イースフォウ・ヴァルリッツァーに関してのこと……と言えばよろしいかしら?」

その名前だけで十分だった。スカイラインは目を見開いた。

「……なんですって?」

その反応に満足そうに、女性は不敵な笑みを浮かべた。

「単刀直入に言うわ。イースフォウと再戦させてあげるわ。本気の彼女とね……」

もうすでにスカイラインには、風の音も、水のせせらぎも聞こえていなかった。

ただただ、その女性の言葉だけが耳に響くだけであった。


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