6.再会『少女が倒れた、ある冬の日』
「………逃げたか」
イースフォウ……いや、イースフォウの体を借りたクロは、抉れた地面を眺めながらつぶやいた。
相手の少女は、何度もこちらに攻撃を繰り出した。だが、クロの繰り出す炎は全ての風を弾き飛ばし、全てを燃やしつくす勢いで少女に襲いかかった。
何度か無理な攻撃を繰り返し、あの少女も理解したのだろうか。クロの攻撃の一瞬の隙を突いて、その姿を消した。
「セーフティがかかってたせいで、取り逃がしちまった」
「――……あのね、それでも限界ギリギリだったのよ? 実際のところ、イースフォウの身体に、それ相応の疲労が蓄積されたわ――」
「まあ、宿主が健康でいるのは、俺にとっても好都合だ。礼を言っておくぜ、ヒール」
「――……助かったわクロ。私じゃあフォウは救えないから――」
クロとヒール、二つの旧文明の遺産は、ひとまず戦闘が終わったことに安堵する。
「しかし、あれだけ騒いで誰も来ないってことは、結界でも張られていたってことか?」
「その可能性は十分だわ。フォウもこの公園に入ってから無防備だったし、おそらくそのくらいの時間はあったはずよ」
クロは腕組みをしながら思考する。
「となると、俺達じゃあここを脱出できねえな」
「――私たちからしてみれば、仙気術なんて未知の力だからね。やるとしたら、力技で次元をこじ開けるくらいしか……。クロ、あなたが無理やりこじ開ければいいんじゃない?――」
ヒールの問いかけに、クロは首を横に振る。
「いや、悪いがそれはできない。俺は大半の機能が封印されていて、ごく限られた場合にしか力を行使できない事は知ってるだろう?」
「――……ええ――」
「さっきは、『宿主に対し敵が居つつ、戦闘不能に陥る』って言う状況だから、一時的に俺の力の封印が解けたんだよ」
「――……ふうん。じゃあ、今は……――」
「敵が眼前にいないからな。ただ意識の無いフォウを操るくらいしか出来ねえよ」
「――……フォウが意識を取り戻すまで、動けそうに無いという事ですか――」
ヒールがため息交じりにつぶやく。敵は去ったが、いつまでもこのままでいるのも問題である。
出来るだけ早く、イースフォウの身体を休ませなければならない。
とその時、イースフォウが立っている場所から少し離れたところで、バキバキバキと爆発が起きた。
「ん? なんだ?」
「――また敵!?――」
何もないところでの爆発、ヒールは慌てこそしたが、クロは冷静に分析する。
「敵じゃないな。殺気もないし、大方何か気づいた近隣の仙気術者が、結界をこじ開けたんだろ」
黒がそう言ったすぐ後、こじ開けられた空間のひずみから、大きな影が飛び出してきた。
「……ドラゴン? またずいぶん珍しい援軍だなぁ」
しかし、そのドラゴンの腕に抱かれている人物を見て、クロはつぶやく。
「……少し厄介だなぁ」
「――かもしれないわ――」
ヒールも全く同じ意見だった。
クロはすぐに気絶した振りでもしようかと考える。だがそれより先に、ドラゴンに抱かれた少女がこちらを見つけてしまった。
「イースちゃん!? イースちゃんじゃない!!」
梨本森野は、周囲の警戒をしながら、ドラゴンの腕からすり抜けると、イースフォウのもとに駆け付けた。
「なんなの、この結界!? それに、見るからに戦闘後みたいだけど」
結界内は、その外の公園と同じ情景をしている。が、地面は抉れ、器物は破壊され、木は折れ曲がっている。
結界とは、その空間コピーして並行世界を展開する術である。その為、結界内と外は全く同じ情景をしている。もちろん、結界内がいくら破壊されようとも、結界の外では器物は破壊されていない。
しかし、重要なのはそんなことではない。
クロは、どうしようか悩む。
『クロがイースフォウを操っている』などという状況は、知られてはならないのだ。
そのような事は、一般的な伝機の人工頭脳には出来る訳がない。いや、現代の仙気学をもって他の方法を考えたとしても、可能かどうか曖昧な現象である。
つまり、クロとヒールが『ただの伝機の人工頭脳ではない』事がばれてしまう。
ここは、なんとかイースフォウに成りきるしかない。クロはそう判断した。
「あー、えーと。ちょっと通り魔に襲われた」
「通り魔……!!」
その言葉に、森野は息をのむ。
「……ちょっと前も通り魔事件が相次いでたけど……、それはもう解決したはずよ。というか、通り魔っていうレベルじゃないでしょ、この戦闘跡は」
「ええと、そんなふうに言われてもそれ以上の話では無いんだが……」
と、そこで森野は怪訝な顔をする。
「……ねえ、なんかイースちゃん、しゃべり方が」
と、そこでヒールがあわてて口をはさむ。いくらなんでも、クロは演技がなってなさすぎる。話題を変える必要があった。
「――森野さん!! 今は悪いけど、フォウを病院に連れて行ってくれないですか!?――」
剣のつかから聞こえる声に、森野は訪ねる。
「ええと、イースちゃんの伝機の人工頭脳か。なに? 怪我でもしているの? 割とそうは見えないけど……」
「――見ての通り、かなり激しい戦闘だったんです!! フォウもかなり消耗しているし、今も立っているだけでいっぱいなんです!!――」
強引だが、周囲の状況だけみれば説得力もあった。ヒールの機転に、クロも合わせる。突然ふらりと、イースフォウの身体を倒れこませた。
「あ、わるい。力が入らない……」
「ちょっと!! イースちゃん!?」
あわてて森野はイースフォウを支える。そしてすぐに理解した。イースフォウは気絶していた。
そのままクロは、イースフォウの体から自分の意識をすり抜けさせる。
そして、いつものように、黒い石の部分から声を発する。
「――限界だったんだな。きっと、本人も半分無意識な状態で戦ってたはずだ。起きても、記憶が残っているかどうか……――」
「……そうだったの?」
「――ああ。ダメージもそれなりに大きいし、仙機術も使いすぎている。疲労困憊なはずだ――」
まるで、今までずっと意識をその黒い石の中に入れていたかのように、クロは語る。
イースフォウの体を支えながら、森野は背後で待機しているレテルに声をかける。
「レッテちゃん。どうもこの子病院に運んだほうが良いみたい!! 気絶しちゃったわ!!」
「え!? 大変じゃないですか!! すぐにドラゴンの背中に乗せましょう!!」
「解ったわ、手伝って!!」
森野とレテルは、イースフォウを抱えながら、流の背中に乗る。
「この子が、森野ちゃんが話してくれてた、補習の子なんですか? ……でも、いったい何があったんでしょう」
「ん~。この子は確かに、いきなり勝負を吹っかけられる理由はあるんだけど……」
森野は、イースフォウが先日戦いで打ち負かした、赤毛の少女を思い浮かべる。
だが状況を見て、彼女は絡んでいないという結論に達した。
「……スカイライン関係なら、隠す必要もないわよねぇ? イースちゃんが『通り魔』と言ったのなら、きっと別件かな」
森野は、イースフォウの伝機に向かって声をかける。
「病院に着くまでの間、あなたたちの記録していること、全部教えてもらうからね」
そう、クロとヒールに森野は言った。
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