6.再会『少女が守る、二人の平穏』

梨本森野はガードマンである。

彼女が養子として貰われた梨本家は、その夫婦が護衛業を営んでいた。

彼女のほかに養子は二人。森野の義姉は罠を駆使して拠点を守るプロ、森野の義兄は格闘でどんな丸腰の状況になっても対象を守るプロであった。

故に、森野も護衛の仕事を少なからず意識して、現在も勉学に励んでいる。義父も義母も、護衛業を営むことを強要はしていないが、森野としては自分を育ててくれた存在。彼らの姿と言うものは、自分の将来のビジョンの一つであった。

さらにこの学園に入った理由として、その護衛業が密接にかかわることがあった。

「森野ちゃん森野ちゃん!! 今日は晩御飯どうしましょう?」

夕暮れの道、梨本森野と共に、もう一人の少女が並んで歩いていた

ショートヘアの銀髪におっとりとした瞳。体つきはグラマーで、どこかどのんびり印象を感じさせる少女。

ニコニコと柔和な笑顔で、森野に話しかける。まるで家族のように、信頼しきっている、そんな表情であった。

「んー。私は今日は煮る系が良いけど、レッテちゃんはどう思う?」

レッテと呼ばれた少女は、さらにニコニコしながら答える。

「あ、良いですね! 今日もやっぱり寒いですよね」

レテル・ネウイエル・パトリコラ。森野のクラスメイトにしてチームメイトにしてルームメイト。そして彼女がこの学園に入る要因の一つとなった、森野の護衛対象。

レテルは、とある理由からその身を狙われる危険性を持っていた。アムテリア合衆国は、もともと身寄りがないレテルをアムテリア学園に入学させることにより、あらゆる陰謀から守るため、管理、監視する計画を立てた。とは言っても、レテルも今年で14歳の年頃。プライバシーのこともあるし、屈強なガードマンや軍人を貼り付けることはできなかった。

そんな中レテルの強い希望もあり、友人で彼女の境遇も理解している森野に護衛の依頼が舞い込んできたのだ。

アムテリア学園の入学で再会した二人は、それからほぼずっと行動を共にしている。とは言っても、二人のプライベートはあるし、基本学園特区と呼ばれるこの地域は、軍の設備が多いためアムテリア国内では治安の良い区域であった。先日の森野の補修のように、少しばかり二人が離れることもなくは無い。

だが森野の補修が終わってからは、多くの時間を基本二人で行動しっぱなしである。もともと仲が良すぎるくらいの二人であった。しばらくお互い違う時間を過ごしていた反動か、遊びも買い物も毎日のように二人になっていた。

あまりに仲が良すぎるせいか、つい先日も彼女たちのクラスメイトのクルス・ハンマーシュミットに『君たちは仲が良すぎて、他のクラスメイトから変な噂が立っている。中には告白する前から身を引いた男子もいる』などと教えられたりもした。

まあ、二人とも現段階では恋愛にそこまで積極的ではない。その為気にも留めていない話題の一つであったのだが……。

「ところで、森野ちゃん。最近補習の子たちとはどうなのですか?」

「どうって?」

「ほら、ずいぶん仲良くなったみたいじゃないですか。私と一緒にいてくれてるのうれしいですけど、そちらの付き合いもあるんじゃないですか?」

「んー、まあそのあたりは大丈夫よ。ぼちぼち会ってるし」

もともと面識のあったハノンはもちろん、あれから時間を見つけてはエリスにもイースフォウにも会いに行っている。なかなか学年が違う生徒との付き合いもないので、違う人のつながりを得るというのは新鮮なことで、補習組はあれからも付き合いを続けていた。

「でもみんな忙しそうでねぇ。ハノンちゃんは入学前の準備とかあるみたいだし、エリスちゃんは自習に夢中。イースちゃんもなんだかんだであれから真面目に自主訓練の毎日だからねぇ。逆にレッテちゃんが心配するほど、あの子たちに会えるタイミングってないのよ。会えるときに会ってる感じ」

「それなら良いんですけど……」

森野にべったりのレテルだが、それなりにお互いのプライベートは大切に考えている。

最近の森野は、レテルから見ても珍しいほどに、補修で知り合った学生の話を楽しげに話していた。

森野と言う少女は、愛想は良いが必要最低限以外の事には、あまり興味を示さないところがある。その森野がいつもにも増して、補習組の話をレテルにしたのだ。

レテルとしては、森野が自分につきっきりで護衛してくれることは感謝している。その半面、そこまで真面目に護衛業を務めなくても良いのでは、と考える事もある。

確かにレテルはその身を狙われる立場だが、この学園特区に居れば、軍の目も光っている。そこまで警戒する必要もない。

それよりも、レテルは森野に学園生活を楽しんで欲しいと思っていた。森野は幼少時代、恵まれているとはいえない境遇に居た時期がある。自分も他人のことは言えないが、今の時間はとても平和で、掛け替えのない時間に他ならない。今はもっと、彼女にも今の人生を楽しんでほしい。

などというレテルの考えなどつゆ知らず、森野は笑いながら話す。

「ま、今はレッテちゃんと一緒に居るのが一番だから、気にしなくていいわ」

そんな言葉に、どんなに自分の時間を大切にしてほしいなどと考えていたとしても……。結局レテルは、とても幸せな気持ちになった。

「うん。わかりました」

彼女たちはお互いに笑い合う。今の幸せをかみしめる。

この学生生活こそ、この瞬間こそ二人にとっての幸せであった。

「さて、早く帰らないと門限にも間に合わな……」

不意に、森野が言葉を止める。

「どうしたの? 森野ちゃん」

森野は立ち止り、じっと夕暮れの道の先を見つめる。

レテルも、同じ方向を見る。しかし、特に何か変わった様子は無い。

もう一度、レテルは訪ねる。

「……森野ちゃん、どうしたの?」

「いや……なんか変な音が聞こえたような」

「変な音?」

「なんか、爆発音っていうか……」

「……この付近で演習場なんてありましたっけ?」

学園特区には様々な教育機関や軍営の施設が存在する。その中には仙機術を研究したり修練したりする施設はいくつもある。

そう言った施設ともなれば、爆裂音等が聞こえてもおかしくないが……。

「……いや、このあたりに施設は無かったんじゃないかな。廃工場がいくつかあって、いつ撤去されるのかってクラスの誰かが言ってた気がする」

「じゃあ、何か事件でしょうか……」

レテルのその言葉に、森野がすっと目を細める。そうして、周囲を警戒した。

「……レッテちゃん。一応、警戒してね」

森野の言葉に、少しだけ身をこわばらせるレテル。

森野は、背後にレテルをかばう。

しばし二人とも黙りこんで、耳を澄ましたが、特に変わった音は聞こえない。

「もしかしたら、少し遠いところからの音かもしれないわ」

「どっちのほうから聞こえたのですか?」

「……ほとんど勘になっちゃうけど、この道の先かな」

二人は、コクリと頷きあうと、じりじりゆっくりと前方に進み始めた。

「この先って何だっけ、レッテちゃん」

「確か……いくつか事務所ビルと空き地が続いた後に……いつも人がいない公園があったはずです」

「公園か……。何となく、そこが怪しいかな」

「なにか事件なら、すぐに様子を見に行ったほうが良いんじゃないでしょうか」

「それもそうかな……。レッテちゃん、私の後ろにちゃんと付いてきてね」

「はい!!」

少しばかり小走りに、しかし周囲の警戒を怠らずに、二人は先に進む。

公園は、先ほどの地点から50メートルほど先にあった。二人は入り口手前で立ち止まる。

そこそこの広さがあり、そこそこ綺麗に整備されているが、場所のせいか人気がない。

「この辺りって工場地帯なんですね。人が集まる施設もあまりないし、住宅街からも離れているみたいです。……夕方人が集まるような感じじゃないですし」

「ここから見た感じだと誰もいないみたいだけど……」

「……いえ、ちょっと待ってください」

レテルはゆっくりと公園内に入って、そして、一点の空間に手を伸ばす。

「……空間にゆがみがあります」

「………結界?」

「おそらくは……」

結界。仙機術使いが使う、基礎的な術の一つ。

仙機術を用いる戦闘は、それなりに破壊力もあるため物理的に被害をもたらすことが多い。そのため術者は特殊な異空間を発生させ、その中で戦闘を繰り広げる事により被害を最小に留めることが出来る。

とは言っても、やはり結界を張るのが得意な使い手もいれば、苦手な使い手もいる。

おおよそは、A♯、A♭使い以外ならば、問題なく使えるのだが……。

「ん~、私には解らなかったなぁ。さすがレッテちゃん」

「私も、見つけるくらいが関の山ですけど……」

レテルは、ある能力のために、異空間などの術に敏感であった。逆に森野はA♯使い、結界はもちろん、さまざまな探知能力は低い。

「……でも、こんなところに結界なんて、ちょっと変です。どうしましょう、森野ちゃん」

レテルの言葉に、森野は腕を組む。

「ん~。レッテちゃんの力で開けることはできる?」

「ええと、結界術自体は私も得意ではないじゃないですか。上手く干渉して入り口を開けることは出来ないですね。……無理やりこじ開けるくらいしか」

「なるほど、だったら私がやればいいか」

そう言いつつ、森野はポケットからキーホルダーを取り出し、天に掲げる。

「花よ!! 花よ!!」

瞬間、森野は光に包まれる。そして、次第に光が弱まって……。

空色の戦闘服に身を包み、森野が姿を現した。

「一応、レッテちゃんも戦闘準備したほうが良いんじゃないかな」

「そうですね。解りました」

そう言うと、レテルは手を胸の前で組んで祈るようにつぶやく。

「太古に生れし誇り高き十二の獣。汝、天の流れにて生きる王。我、召喚の姫。汝に協力を求む……」

すると、レテルから仙気が流れる。しかし森野の様に伝機を使っていない。

レテルは現代には珍しい伝機を使わない術師。『仙気術使い』である。レテルの能力はAB♭♭に分類されるが、彼女は一つのことしかできない。

一つのこととは召喚。はるか彼方の野獣を呼び出し、その野獣と共に戦う、現代にも数人しかいない特殊な使い手。それがレテルであった。

「来たれ!! RURU王!!」

彼女の仙気は徐々に空間のある一点に纏わり付いたかと思うと、それらは空間に穴を開けた。

人が二人くらいくぐれる大きさの穴が出来上がると、そこからゆっくりと青い生き物が出てくる。

「グルルルルルゥ……」

ゴツゴツとした肌、真っ赤な口。鋭くとがった白い牙に、ギョロリと睨みつける瞳。

これがもう少し小さければ、トカゲとでもいえよう。だが、その大きさは、ゆうに2メートルを超えていた。

ドラゴン。近年の生態系の異常進化が生んだと言われる獣。しかし、一説によると、旧文明時代から存在していたともいう。何かと他の獣よりも、神秘的に思われる存在である。

「こんにちは。呼びかけに応じてくれてありがとうございます」

レテルがそう言うと、ドラゴンはグルグルと喉を鳴らしながら目を細める。

「うん、良い子良い子」

ドラゴンの頭をなでるレテル。

「ドラゴンか……。また結構強力なの選んだわね」

「大げさです?」

「頼もしいわ」

そう答えると、森野はレテルの示した空間に銃口を向ける。

「砲撃術を使うわ。空間が切り裂けたら、ドラゴンで突入しましょう」

「解りました。タイミングはこちらで合わせますね」

レテルの言葉を聞くと、森野は仙気を練り始めた。

ゆっくりと、しかしたっぷりと、身体の奥底から力を練りだしていく。

深呼吸の感覚に似ている。だが、それよりももっと集中力が必要で、精神的に披露する行為であった。

やがて森野の周囲に、力が渦となって騒ぎはじめる。

「花よ、花よ」

森野が、唱える。

「気高く咲き誇る二色の花よ。深き蒼、軟らかき桃。たっだ撃つ事のみ許された妖精よ。我は汝封印せし黄金の勇者」

仙機術を行使するための術式。森野は通常、伝機に刻み込まれている簡略式で、無詠唱仙機術を中心として戦闘を行う。しかし、それには欠点があり、『ある一定の力の弾を撃つ』事だけしか無詠唱魔術として使えない。

その『ある一定の力の弾を撃つ』以外の術では、術式を編まなくてはいけないだけでは無く、さらに固定された簡略式を解除する式を編まなくてはならない。

ようは森野は無詠唱以外の術を使う時、呪文や印が複雑化してしまうのである。

「今、許しを与える。言霊を乗せ、艶やかに咲け。汝、黄金の勇者が無垢なる手足」

少し時間をかけて、術式は組み立てられた。二つの拳銃型の伝機の銃口に、練り上げられた力が蓄えられる。

「……じゃあ、行くよレッテちゃん」

「うん!!」

森野は、カッと目を見開いた。

「ピンク&ブルー!! バァァァァスト!!」

瞬間、蓄えられた力が解き放たれる。

轟音、爆風。そして、空間をつきぬく螺旋状の桃色と空色の光。

その衝撃で、レテルの指摘した空間が一瞬ねじれたように見えたかと思うと、まるでガラスのように割れた。

「君!! お願い!!」

レテルの指示に、ドラゴンは森野とレテルを抱えて、その空間に飛び込んだ。


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