6.再会『少女が語らない、欲する理由』


「……あなたの負けよ」

静かに、そう通告する。

「ここまでやったんだから出るとこに出てもらうけど……出来れば理由を話してほしいわ」

しかし、イースフォウのその言葉に、少女はなにも答えない。

「………」

ただただ、しんと暗い瞳で、イースフォウを見つめるだけである。

無表情かつ冷たく、感情が読めない。あの時親身になってイースフォウの悩みを聞いてくれた少女は、そこには居なかった。

イースフォウの表情が、ぐにゃりと歪む。

「……私はあなたに会えるのを心から楽しみにしていた。あの時くれた言葉が、私を……今の私を作ってくれたから。……お礼が言いたかった!!」

感情が噴き出す。頬にツーっと涙が流れる。

三週間だ。イースフォウは三週間、ただただ彼女に会いたいがために、この公園に通い続けたのだ。

自分が勝てたことを、迷わず進めたことを、一番伝えたかったのは彼女なのだ。

その彼女が、自分に襲いかかってきたのだ。

訳が解らなかった。混乱している。

でも、イースフォウは理解する。

ヒールとクロ。少女の狙いは二つの人工知能なのだ。

いや、人工知能ではない。この二つは、伝機に搭載されている戦術補佐の人工知能などではなく……。

イースフォウは涙をぬぐうこともせず、尋ねた。

「……旧文明の遺産なんて手に入れて、どうするつもりなの?……使い方によっては、世界が消えるのよ?」

その言葉に、少女はピクリと反応する。

「何に使うつもり? 話によっては、協力したっていい。……でも、場合によっては、私はあなたを帰すわけにはいかない」

ここで逃がせば、きっと再度彼女はイースフォウを狙うだろう。何度も戦えば、さしものイースフォウもクロとヒールを奪われてしまうかもしれない。そうなれば、世界は大きな危険にさらされる。

ヒールとクロ、その正体は旧文明の世界で作られた道具であるのだ。

何百年も前に滅びた、旧文明。その時代の技術や物品は、基本的には残されていない。しかし人が生きた名残は消えないもので、たびたび旧文明の遺産は発掘される。それは小さな小道具から、大きな施設までさまざまであるが、その多くが現代の仙気学では再現できない強大な力を秘めていた。

ヒールことプロダクト・オブ・ヒーローと、黒こと黒影黒闇石。この二つも、そんな旧文明の遺産であった。今はその機能のほとんどを封印しているが、その力のすべてを開放すればこの二つの石は文字通り世界をも揺るがす。

故に簡単には渡せないし、簡単にここから帰すわけにもいかない。

(……とは言っても、この秘密を知っている人なんてほとんどいないし……、どうすれば良い?)

イースフォウの父、ワイズサードがこの二つの持ち主である。彼の場合、この二つの存在がばれた時には、他の旧文明の遺産を使い相手の記憶を消していたらしい。

しかしイースフォウが預けられた旧文明の遺産はこの二つのみ。相手記憶を消す術など持ち合わせていなかった。

(……でも、この秘密は父さんも世間に公にしない様にしていた。だから警察や軍に頼ることはできないし……)

「――おい、フォウ――」

不意に、クロがイースフォウに話しかけてきた。

「何? クロ」

「――たぶん知らんと思うから教えておいてやるけど、ヴァルリッツァーの当主、レジエヒールはサードの秘密をしってるぜ?――」

その言葉に、イースフォウは驚く。

「そうだったの? 伯父さんが……」

しかし、ならばそれは朗報だ。ヴァルリッツァーの当主に頼めば、あるいは良い方法を考えてくれるかもしれない。

良くも悪くも、ヴァルリッツァーの力は政界や軍にも通じる。この旧文明の遺産をかくまってくれるかもしれない。

ともなれば、起こす行動は一つ。

「悪いけど、おとなしく付いて来てもらうわ」

その言葉に、少女はちらりと、背後に突き刺さった伝機を見た。

「残念ね、この距離ならあなたがあの杖を取りに行くよりも先に、私の術が発動できる。……仙気で防御もできない状態じゃあ、ただでは済まない」

仙気は進化した人間が手に入れた超常の力である。それを操れない状況と言うことは、その攻撃を受けたらひとたまりもない。

「……だからお願いだから、抵抗しないで」

その一言は、切なる願いであった。

イースフォウも出来れば彼女を傷つけたくない。

そんなイースフォウの気持ちを察したのか、少女は少しだけ、さびしそうな表情をする。悲しそうな、すまなそうな、そんなどうしようもない表情。

そして少女はため息をつき、

「……………ごめんね」

そう呟いた。

不意に風が吹き荒れる。

「何!?」

イースフォウはストーンエッジに仙気を流す。つきつけられた伝機からの、不意な仙気の流れに、少女の顔がゆがむ。

しかし、その一瞬後に、少女が無表情に呟いた。

「……ごめんね」

イースフォウはとっさに少女と距離をとる。

いや、少女ではない。本当に危険に感じたのは……。

「――あの伝機!! 何か変だ!!――]

少女の背後で、地面に突き刺さっている伝機。それが突如として風をまき散らし始めたのだ。

伝機は、仙気を才能のあるなしにかかわらず、誰もが自由に上手く扱うための道具である。だからごく一部を除いて、人の手を離れて動くことは無い。

もちろん、遠隔操作で動く伝機が無いわけではない。仙気を操る行為自体、同じ仙機術師ならすぐに解る。

仙気は人の体内からあふれ出るもの。しかしイースフォウは、少女自体からは何も力を感じることが出来なかった。

そう、あの伝機から不気味な力を直接感じていた。

「――……やばいな――」

クロがつぶやく。

「――何かわかったの!? クロ!!――」

イースフォウの問いかけに、ヒールが答えた。

「――……魔力よ、フォウ――」

「……魔力!?」

魔力。それは旧文明の遺産から発せられる力の一つ。

現代ではまだ解明されていない、仙気と似ているようで全く違う力。強力な旧文明の遺産には、魔力と呼ばれる力が多く含まれている事が多い。

「――あの杖から、膨大な魔力が吹き出ているわ!!――」

「――やばいな、あれはもしかしたら、伝機じゃないのかもしれねぇ――」

その言葉に、イースフォウ理解する。

「あれも旧文明の……遺産?」

イースフォウは剣を構える。

とっさに飛びのいてしまったのは、全く問題ない判断であったと思う。あの力の正体がわからない限り、近くに居るのは危険、それはまっとうな考えだ。

だが、間合いを取ってしまったということは、少女にあの杖を手に取るチャンスを与えてしまったという事にもなる。

時すでに遅し。すでに少女の手には、力を振りまく杖があった。

ただの杖ではない。旧文明の遺産なのだ。

「――フォウ!! やべえぞ!! ここは逃げたほうが良い!!――」

「――私もクロと同意見だわ!! 旧文明の遺産じゃあ、分が悪すぎる!!――」

「で、でも……!!」

ここで逃げたら、これから付け狙われる事になってしまう。そんなことが頭をよぎったイースフォウは、一瞬動くのを躊躇ってしまった。

「……行くよ、『四風』」

少女がそう呟くと同時に杖の先端から、どす黒いエネルギーの暴風が吹き荒れた。

「ぷッ!! Please hampered the penetration!! 水面木の葉の波紋!!」

何とか術式は間にあう。イースフォウは迫りくるどす黒い暴風を受け流そうとした。

しかし

「――ダメだ!! フォウ、避けろ!!――」

クロの叫び声。しかしその声を聞く頃には、イースフォウはその攻撃を受けてしまう。

「ッ!?」

ギャリリリリリ!! そんな音が聞こえただろうか。

イースフォウの腕が軋んだ。

走る激痛。

「っぐあああああああ!!」

そして、衝撃をもろに受け、吹っ飛ばされる。

そのまま、公園に生えている木に背中からぶつかる。

ビリビリギリギリとしびれる手。そして痛み。

だが、なんとか感覚はある。動かすこともできる。

(……こ、粉々になったかと思ったわ)

なんとか、両手は無事である。

だが、背中を強く打ってしまったため、息ができない。イースフォウはこの苦痛の中、良く冷静に思考できると、自分で自分に感心した。

が、思考はできても体が追いついていない。

(やばい、次撃にそなえな)

そこまで考えたところで、腹部に何とも言えない衝撃を感じた。

「……っか!!」

イースフォウの腹に、黒い暴風が突き刺さる。

「――フォウ!!――」

「――……ヤッベ!!――」

二つの石が悲痛に声を上げる。

しかしその声は、もうすでにイースフォウには届かない。

彼女はゆっくりと膝をつき、そのまま前のめりに倒れた。

「――フォウ!! しっかりして、フォウ!!――」

ヒールは何度もイースフォウの名を呼ぶ。しかし、イースフォウはピクリとも動かない。

「――……大丈夫だ、死んじゃいねえ。気絶しているだけだ――」

冷静に、クロがつぶやく。

だが、その事実に何の意味があるというのか。

「――同じことよ!! 旧文明の遺産を使われているのよ!? 最悪、殺されるわ!!――」

コツッ。そんな音が公園に響いた。

少女が、イースフォウに近づいてくる。

コツ、コツ。冷たい足音が響く。

その手には、未だ黒いエネルギーがあふれ出る旧文明の杖。

「――……確かに、命の危機かもだなぁ――」

黒もそれを認める。

「――そうよ!! だからクロもフォウを起こして!!――」

その言葉に、クロは笑う。

「――だめじゃね? 完全に伸びてるし――」

「――諦める気!? このまま、やられるのを待っていろっていうの!?――」

その言葉に、クロはさらに笑う。

「――いやぁ、そいつぁ困るなあ――」

「――だったらあなたも……ッ――」


その瞬間。不意に、『何か』が変わった。


「……?」

イースフォウを襲っている少女も、その違和感を感じ取る。

何かが、空気と言うか雰囲気というか。

その場の何か決定的に、変わった。

一瞬だが少女も、背筋がゾクッ刷るのを感じる。何か、とても恐ろしいものが解き放たれたような、そんな感覚をひしひしと感じていた。

「――~契約の三。宿主の生命の危機に対する対応~――」

低い、地面が揺れるような声。

黒髪の少女も、一瞬なにの声かわからなかった。

だが、ヒールは理解した。

「――……クロ?――」

クロが、黒影黒闇石が出した「声」であった。

「――~宿主の体を一時的支配。有事につき、敵を排除する~――」

ザッ。そんな音が響いた。

「……まさか」

少女が驚愕の声を上げた。

イースフォウの腕が動いたのだ。そのまま彼女は上体を起こす。

ゆっくりと、しかししっかりと、イースフォウは身体を起こす。膝を立て、足を踏み出し、そして立ち上がる。

「………」

しかし、その眼の色は、曇っていた。意識が戻ったような様子ではない。

彼女の意思で体が動いている様には見えない。何かに四肢を操られているかのような、そんな生気が無い顔をしている。

この状況に、ヒールは気づいた

「――……クロ、あなたなの?――」

「ああ、俺だ」

イースフォウの口から、しかし、イースフォウの声とは異質の何かが発せられた。

「ある条件を満たさないで宿主を失うと、俺は消滅してしまうからな。……封印を免れた俺の能力の一つだ」

「――……気絶した宿主を乗っ取って、代わりに戦うっていうの?――」

ヒールが尋ねると、イースフォウを乗っ取ったクロは、伝機を構える。

「いや、それだけじゃない。今の俺は、自分の能力をほぼすべて使える」

瞬間、ストーンエッジが黒く染まる。

黒い炎。それがストーンエッジを包み込む。

「『四風』!!」

それを見た少女はすぐさま、自分の杖から黒い暴風を、イースフォウに向けて放つ。

「……ふん!!」

しかし、クロの操る炎は、その風を真っ二つに斬り裂いた。

「……っ」

少女の表情が焦りの色を浮かべる。

一方、クロは不思議そうな顔をする。

「あれ? 思ったよりも力が出ないな」

そのつぶやきに、、ヒールは叫んだ。

「――な、何が『自分の能力をすべて使える』よ!! そんな力を100%で使ったら、フォウの体が壊れるじゃない!!――」

その言葉に、クロは納得する。

「ああ、お前の能力、『制御』か」

「――わたしの力がなければ、一撃でイースフォウの身体は、内部からボロボロだったわ!!――」

その言葉に、黒はクックックと笑う。

「……死にゃあしないだろう? 俺はこいつが『生きて』いれば問題ないわけだからな」

「――させないわ。あなたの力は、イースフォウが許容できる限界のところで私がセーフティをかけるわ――」

「ま、別に良いさ。敵の杖は、俺やお前ほどヤバい物じゃなさそうだし……なっ!!」

そういいつつ、クロはストーンエッジを振った。

どす黒い炎は、少女に襲いかかる。

しかし、少女は攻撃を予想していた。その攻撃を、杖ではじこうとする。

「……っえ?」

少女が目を見開く。

力の大きさが違ったのだ。予想していたよりもさらに大きな力に、少女は吹っ飛ばされた。

今度は少女が、壁に叩きつけられた。その表情は苦痛にゆがみ、驚きを隠すことが出来なかった。

それを見てイースフォウを乗っ取っているクロは、さも愉快に笑った。

「はっはっは。あまりの威力に声も出ないか? ……衝撃はその杖が多少防いだようだが、そんな程度の低いものを引き合いに出して、『同じ旧文明の遺産』なんて考えて、見誤らない方が良いぞ」

そう言いつつ、クロは再度伝機に魔力を込める。どす黒い炎が、変わらず揺らめく。

少女は理解した。言われるまでもなく、自分が相手にしている存在が如何なるものか理解した。

相当に危うい代物だった。。彼女の持つ力も相当なものがあるが、それでもクロには太刀打ちできない。

少女の戦い方に間違いはなかった。戦術、戦法、戦力、どれをとっても別に間違いは無かった。

だが会えて言えば、正面切って戦いを挑んだのは間違いだったのかもしれない。

正面からぶつかることによって、少女はとんでもない封印を解いてしまったようであった。

「物が違う。お前のその杖と俺とじゃあ、全く次元が違うのさ」

ニヤリとイースフォウの顔で笑う。

その、なんとも残酷で、人を嘲笑するような顔を見たとき、少女の頭の中に『撤退』の文字が浮かんだ。

あれは自分を、きっと逃さないだろう。

それと同時に、目の前にあるそれを諦めこのまま逃げ帰る選択を、少女はどうしても納得できなかった。

アレを持ち帰らなければ、どんな状況だろうが少女にとっては意味は無いのだ。

少女は、杖を構えた。

その姿に、イースフォウの顔で黒は笑う。

「覚悟でもしたか? 逃げれば良いのにな」

その瞬間、炎は再び少女に襲いかかった。

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