6.再会 『少女が牙をむく、最悪の再会』
迷いにはいくつかの種類があるのだと、イースフォウは痛感する。
少し前までの自分は、『どうすればいいのか』を迷っていた。それは二択ではなく、無限に答えが広がる、浅いかもしれないが広い選択であった。
しかし今イースフォウが直面しているのは、たった2つの選択肢。
「っくぅ!!」
切り裂かれる空間。少女は、何の躊躇いもなくイースフォウを攻撃してくる。
避ける。だが、それではいつまでも持たない。
決めなくてはいけないのだ。戦うか、戦わないかを。
「ちょっと待って!! どうして!?」
そう言いながらも、イースフォウは自分の胸元のペンダントを両手で包みこむ。
「クロ、ヒール!! 開放して!!」
その動作には躊躇はない。
どの道自分も武装しなければ、相手と同じ土俵に立たなければ話も出来ない。この状況はイースフォウにも即座に理解できた。
光に包まれ、イースフォウは伝機を武装した。
学生服は豪華な刺繍のような模様が現れ、スカートはショートからロングへ。そして、さらにその上に銀色のアーマーが展開する。
伝機を構え、イースフォウが相手の少女をまっすぐ見つめる。
「――……なんだ、フォウ。あいつはいつかの公園の女じゃねえか――」
「――フォウ、油断しないで。相手は本気みたいよ――」
伝機の柄の部分から、男性と女性の声が聞こえる。
「解ってるわ。しかも、相手はあなたたちのことをよく知っているようよ。プロダクト・オブ・ヒーローと黒影黒闇石……」
イースフォウのその言葉に、二つの石は息をのんだ。
「……なんで知っているかなんて聞かないけど、あなたは、この子たちがどういう存在かを理解しているの!? ……簡単に渡せるものではないわ」
「だから、こうしてあなたを襲っている。イースフォウ・ヴァルリッツァー」
「話し合いくらいはして欲しいのだけど……」
だが、イースフォウも理解している。もしこれを手に入れるつもりならば、実力行使しかないだろう。何故かと言えば彼女としても、これは絶対に他人の手に渡してはいけないモノだからだ。ならば相手としても力尽くしかあるまい。
話し合いの余地などは無いのだ。
「Please protect me!! 石の剣!!」
イースフォウは、術式を展開する。鉄壁の防御を誇る、ヴァルリッツァー第一の型である。
だが、敵は構わずイースフォウに襲いかかる。
少女の持つ伝機は、オーソドックスな槍タイプ。イースフォウのストーンエッジよりもリーチが長めで、掴む部分も長いため、力が入りやすい。
しかしイースフォウは、その槍の攻撃も、冷静に受け止める。
(……鋭いし速いし重い。だけど、スカイラインほどじゃない。実力は……訓練生レベルと大差も無いかな。石の型と水面の応用で切り抜けられる?)
何度も斬りつけてくる少女の攻撃を受け流し、イースフォウは間合いを詰める。
(こちらのほうがリーチが短い。ならばこちらは間合いを詰めたほうが有利に戦える)
イースフォウの読み通り、少女の猛攻は少し和らぐ。
その隙をついて、イースフォウは一気にストーンエッジを振りぬいた。
「っぐ!!」
ふっ飛ばされる少女。しかし、攻撃は相手のダメージにはつながっていない。案の定、少女は吹っ飛ばされながらも綺麗にに着地をする。
イースフォウは再度声をかけた。
「なんで!? なんで攻撃してくるの!?」
その言葉に、少女は無表情のまま答える。
「何度も言わせないで!! ……あなたのそのプロダクト・オブ・ヒーローと黒影黒闇石。それを奪うため」
「クロとヒールを……っ」
イースフォウは息をのむ。
「……この石を求める、その意味が解っているの?」
イースフォウは結局同じ問いかけをしてしまったが、少女は変わらぬ表情で答える。
「解っているから力尽くなのよ!!」
その答えも変わらない。そう言って、再度突っ込んでくる。
(そりゃあ、確かに頼まれても譲ることはできないけどっ!!)
しかし、問答無用というのも随分と容赦がない。
唯一の救いは、謎の少女の実力であった。動きはそこまで鋭くは無い。
……鋭くは無いが、どこか鬼気迫るところもある。どちらにせよ、イースフォウが油断して勝てる相手ではないよう。
(ダメだ!! 本気で掛からないと!!)
イースフォウは後ろに大きく飛びのいた。今度は間合いを大きく取ったのだ。
そうして、『石の剣』を解除する。
「ヒール!! 術式のサポートをお願い!!」
「解ったわ!! フォウ!!」
イースフォウは剣を構え直し、術式を唱える。
「Please hampered the penetration!!」
石の型よりも、さらに高度なヴァルリッツァーの術。
イースフォウが最近習得した、新しい技。
「水面木の葉の波紋!!」
瞬間、ストーンエッジから仙気が噴き出す。
イースフォウはそれを器用に滑らせて、敵に見えない、薄い膜を作りだす。
そうとは知らず、少女はイースフォウに斬りかかった。
「っ!?」
しかし、その斬撃は、思わぬ方向に逸れる。
何とか体制を立て直すも、何度か振った少女の槍は、すべてが見えない壁に阻まれるように、イースフォウに届かなかった。
(実戦では初めて使ったけど!!)
イースフォウは術の制御を問題なく行えていた。
スカイラインとの戦いから数週間が経ったのだが、その間のイースフォウの上達は、目覚ましいものがあった。
今まで使えた『石の型』はもちろん、『水面木の葉の型』もほぼ問題なく使用できるようになった。『逆流の型』はまだ研究と修練が必要だが、それでもこのまま続けていけば、マスターするのも時間の問題だった。
さらに……。
「ウルゥア!!」
イースフォウはストーンエッジを振るう。
水面木の葉の型は、その軌跡に仙気の壁を作る。
だが、それでは終わらなかった。
「Please flying wall!! 水切りの刃!!」
その瞬間、見えない仙気の膜は光を放ち空間を裂く。
「っくぅ!!」
少女は突然の攻撃に、思わず歩を止めて、防御する。
その様子を見て、イースフォウは喚起した。
「使えるわ!! 私のオリジナルスペル!!」
それは、イースフォウが水面木の葉から派生させた、新たな戦法である。
防御のヴァルリッツァーの術を、あえて攻撃に転じさせる技。
今までのヴァルリッツァーの使い手が、考えても実行に移さなかった戦法。
ヴァルリッツァーにそこまでこだわりが無い彼女だからこそ、実行に移した術である。
「ちゃんと攻撃できる!!」
歓喜するイースフォウ。
しかし、ヒールはそれを窘める。
「油断しないでフォウ!! その技には弱点があるんだから!!」
「……ん、そうね」
そう言って、イースフォウはまた間合いを取るために、背後に飛ぶ。
「Please hampered the penetration!! 水面木の葉の波紋!!」
再度、術式を唱えた。
(……確かに攻撃としては優秀な技になったけど、術が解除されちゃうのは痛いか)
一度目は相手の意表をつけたが、二度目は解らない。
敵の手の打ちもまだわからないのだ。堅実な戦いをしたほうが良いかもしれない。
(とりあえず、水面木の葉で攻撃を受け流して、相手の隙を作ろう)
ヴァルリッツァーは対人戦で最強の戦闘技法のひとつと言われている。
その実態は、相手の攻撃を防いで反らして邪魔して、相手が思い通りにならない状況を作りだし、一瞬の隙を作りだし付け込む、言わばカウンター戦法であった。
だからこそヴァルリッツァーの技で、大きな攻撃と言えば『逆流の型』くらいしか上がることがないのだ。
一撃でいいのだ、隙を見せた相手を倒すには……。
故にイースフォウは、積極的に攻撃を防ぐことにする。。
(ヴァルリッツァーの防御は、そう易々と崩せない。相手がムキになればなるほど、私が有利になる。隙を見せたら最後、伝機を弾き飛ばして、格闘技で押さえつけても良い)
とにかく、相手を行動不能にしなければならないが、焦ってはいけない。
イースフォウは感覚を研ぎ澄ませて、相手の攻撃をいなしていく。
「………」
しかし、相手も冷静に攻撃を繰り出してくる。なかなか隙を見せない。
無理な戦い方をしてこないのだ。
(……まずいなぁ)
ヴァルリッツァー流仙機術の弱点の一つに、その高出力の仙気消費があげられる。
一つ一つの技の燃費が悪く、持久戦に向かないのである。
相手の攻撃を無効化し、それに焦った相手に対して隙を突くのが基本戦法であるため、その防御技は一切の妥協無く、仙気を惜しみなく使用する。
だが、逆にいえば相手が本気で攻撃してこなかったり、こちらの様子をうかがっていたりする場合は……。
(このままじゃ持たない)
「はぁッ!!」
イースフォウは防御を解き、ストーンエッジを振りぬいた。
しかし今度は、少女もそれを受け止めず、一歩引くことで回避する。
少しできる間合い、イースフォウは少女を見つめて再度問う。
「……本当に話し合いはできないの?」
三度目の問いかけ。
しかし、その言葉に少女は返答しない。
杖型の伝機をイースフォウに向け、叫ぶ。
「撃ち抜け、風の弾!!」
いつの間にか術式を編んでいたようだ。発動まで時間が短い。
集束された仙気の弾がイースフォウに向けて、ほぼ零距離で放たれる。
「っく!!」
しかしすんでのところでイースフォウはそれを受け流した。
そのまま距離をとる。
「撃ち抜け、風の弾!!」
そこに、さらに追い打ちのように、仙気の弾が放たれた。
「砲撃術!?」
今まで斬りつけてきた少女だったが、ここにきて杖から弾を撃ち込んできた。
(重い!! 斬りかかってくるよりも鋭い攻撃だ!!)
イースフォウは驚愕し、理解する。
(この精度、A♯使いじゃない。……きっと中距離砲撃使い、O♯)
思考する間にも、少女は弾を撃ってくる。何発も何発も、嵐のように。
イースフォウは間合いを取りながら、その攻撃を受け流していく。
受け流してはいるのだが……。
「――まずいわよフォウ!! 相手の攻撃を流しているだけじゃ、本当にこっちの方がバテるだけだわ!!――」
「――しかも接近できないってのはまずいな。相手の隙をついて攻撃するにも、こう間合いが空いてちゃ……――」
クロもヒールも、現状を芳しく考えていない。しかし、今のイースフォウの技に、この状況を打破する技は、ほとんど無い。
(……いつも訓練するときは、スカイラインを意識してたからなぁ)
同じ流派のスカイラインなら、まず接近戦の戦いになる。もちろんそれ以外の訓練も行っていたが、接近戦の訓練を意識しすぎていたことは否定できない。
近いうちにきっと再戦することになるだろうと、イースフォウは強く意識していたのだ。
(その考えを後悔はしてないけど……)
それでも、今の状況を打破できない自分に、イースフォウは反省した。
しかし、なにはともあれ今の状況をどうにかしなければならない。
イースフォウは伝機を構え直し、今の間合いのまま走り出す。
とにかく、止まっていては状況は好転しない。砲弾の嵐は、絶え間なく降り注いでいるのだ。
(考えろ。ヴァルリッツァーの術は、この程度の状況で負けはしないはずだ)
イースフォウは、未だヴァルリッツァーの術のごく一部しか学んでいない。今使っている戦術のいくつかも、『そうなんだろうな』と予測して、自ら組み上げていったものが多い。
そのため、イースフォウがまだ知らない、術の使い方や体捌き、ヴァルリッツァーにはあるはずなのだ。
砲撃使い相手に立ちまわるにはどうすればいいか。間合いを詰めるのか、間合いを取るのか。……いや、ヴァルリッツァーの基礎技術を用いて、相手に攻撃を加えるには……。
イースフォウがそのような思考を繰り広げていると、一瞬、砲弾の嵐がやんだ。
そして集束される、彼女の仙気。
「大きいのが来る!!」
イースフォウは仙気を集中させる。
「風の導きに従い、吹き荒れる渦よ、敵を貫け!!」
一瞬、少女の伝機の先端が輝いた。
「撃ち抜け、風の螺旋砲!!」
瞬間、イースフォウに向かって、猛スピードで仙気の竜巻が襲いかかった。
だが、
「これだ!!」
イースフォウはその竜巻を見るや否や、ストーンエッジを縦代わりにしながら、竜巻の側面を滑るように接近し、少女に向かって突っ込む。
(近距離も砲撃も同じ!! つまりは相手が大技を出した時こそ、ヴァルリッツァーの好機!!)
少女はというと、大技を使ったため、それの制御に集中してしまい、動けずにいた。
「Please flying wall!! 水切りの刃!!」
瞬間、イースフォウの伝機から放たれる仙気の刃。
その刃は、少女の伝機を絡め取り、吹っ飛ばした。
ひゅんひゅんと回転しながら、少女の後方の地面に突き刺さる伝機。
その瞬間を逃さない。イースフォウは丸腰になった少女にすぐに近づき、ストーンエッジを突き付けた。
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